「なんだか乗れてるなー!」のときと、「なんだか乗れてないな・・・」のときの差について考える #内省録
何気なしにふと気になったテーマを取り上げ、自分の経験、思考、価値観と向き合いながら深堀りをしていくシリーズ。内省したものをこうして記録することで、
エンジニアとしての成長のロードマップ
自分が取り組んでいる分野の動向の推察
今後の活動に関する意思決定
のために役立てていこうというもの。要するに、思考・価値観の人間ドックである。
仕事をしながら、「なんとなく、自分乗れてないなぁ・・・」と感じることが増えた。気持ちが乗れていないだけではなく、身体もついて来ていないという感じがある。
先月の中旬まで、1日32時間働かないと終わらない業務を「気合と責任感でなんとかして」と指示を受けたが、結局なんともならなくなったわけだが、
休みをもらった時、気を張っていた状態からふと気が抜けたせいか、寝てても起きてても耳鳴りと頭痛が止まなくなってしまった。数週間経っても治る気配がなく、先日病院で検査したら聴力が基準値を下回っており「労働環境を見直さない限り、薬飲んでも治らない」と言われてしまったので思い切って休職。職場から離れたせいか、だいぶ体調は良くなってきた。
今の会社に入ってからのことを振り返ってみると、常にHPを削られるような余裕の無さで、仕事やら家庭やらが「波に乗った」と感じた瞬間はまったくなかった。「完全土日休み+祝日も休み」という勤務形態ではあるものの、波に飲まれたあとに息継ぎで浮き上がったと思ったらすぐまた飲まれる感覚に似た感じ。
今は無人島に不時着していて、これからどうしよっかなーと考えている。
ふと「そういや、自分が乗れてるなと感じていたのって、最後はいつだっけ?」と思った。
考えてみるとそれは、高校3年生が最後だったような気がする。
高校時代はどんな感じの学生だったかを思い出してみる。
高校では水泳部に所属していた。水泳は「バタフライ以外の3泳法が50m泳ぎきれる」程度の超初心者だったのだが、中学時代にバスケで膝に爆弾を抱える事になってしまい、医者に相談したら「水泳とかなら負担が少ないんじゃない?」と言われたのでやることにした。キツかったし、下から数えるほうがはやいぐらい遅かったが、なんだかんだ3年間やりきったし、自分が目標としていたタイムも達成できて満足だった。
友人関係は浅く広くという感じ。四六時中つるんだり、放課後もつるむような程の友人はいないが、各グループにちょいちょい首を突っ込んで、まんべんなく話をしたりしている感じ。ただ、そのグループの身内ネタみたいな話になると会話についていけないので、その時はしれっとフェードアウトしていた記憶はある。別にそのときはその時で「まぁいいや」という程度にしか思っていなかった。
休み時間のときに話す人がいないときもちょいちょいあったが、そのときは放課後の部活のために寝ていたか、数学の問題集をひたすらやっていた記憶がある。数学の問題集をやっていた理由は、数学が好きだったからである。夢中になりすぎて、国語や英語の授業中もお構いなしに数学の問題集をやっっていた気がする。他にもパズル系のゲームが好きで、ナンプレとか、お絵かきロジックとかにかなりハマっていた。
そんなことしていたせいか、高校時代はそんなに勉強に苦労した覚えがない。予備校とかは特に通っていなかったが、評定平均は常に4.8とかあったし、特に理系科目は学年1位をとった科目が何個かあった。そんなせいか、テスト前だけやたらと周りから声をかけられることが多かった。女子にも話しかけられることが増えて「モテ期が来たなぁ」と錯覚したりもした。
「勉強会しない?」と誘われてファミレスで友人と勉強したこともあるが、知らない間に友人がバテて帰っていて、自分は一人で5~6時間ぐらい勉強していた。X JAPANの「Silent Jealousy」のテンポに乗って積分を解いていたのが懐かしい。
親から「勉強しなさい」と言われたことはなく、テスト前にゲームしてたりしててもあまり口出しはされなかった気がする。
そんなこんなで3年生になり、部活を引退して受験モードに突入したわけだが、評定が高かったおかげで慶應義塾大学の指定校推薦が9月頃に決まり、心にゆとりを持って卒業までを過ごした。
「親のために」とか「将来のために」とか「世の中に貢献するために」とかっていう大義名分は微塵も思っておらず、なんか楽しいことに夢中だった日々だった。
総括すると、
・周りからプレッシャーをかけられることも比較されることもなく、
・自分を過度に追い込むこともなく、
・楽しいことを夢中でやっていたらタイムや成績が勝手に良くなっていたし、
・「褒められたいからやった」わけではなかったが、周りから「すごいなぁ」って言われて嬉しかったり、
・「テストで低い点とったらジュースおごり」の勝負でたまに負けたり、
という感じ。今振り返っても「あのときは乗れていたなー」と感じる。
一方、大学入ってからは調子の歯車が逆回転していった感じがある。
大学に行ってからも体育会系の水泳部に所属していた。相変わらず週4~5日練習していたが、「自分の目標」というよりは「少しでもチームのために貢献を」という色が強かったような気がする。自分は泳ぐのはチームの中でも遅い部類だったので、大会でチームに貢献するためには「自分が好きな種目」ではなく「競技人口の少ない種目」に転向し、結果が出ることを信じて練習するしかなかった。
結局長距離の自由形に転向したわけだが、長距離系の練習は練習量がダントツで多い。合宿なんかはキツかった記憶しかなく、メシが食えなくなった日もあった。でもメシを食わないと次の日の練習に耐えられないので、無理やりご飯大盛り3倍を水で流し込んでいた。
友達に旅行やフェスに誘われても部活の合宿と被ってるせいで断ってしまってたし、テニサーの友達は「もうすぐ合宿!」とかいってテンション上がっていたのが理解できなかった。今思うと、よく途中で水泳を辞めずにいられたなぁと感じる。毎日「辞めたい」と考えていたが、なんだかんだ最後の大会でチームに貢献することができた。そこには達成感はなく、ホッという安心感だけがあった。
一方で勉強はというと、授業には全然ついていけていなかった覚えがある。公式や法則の「そもそもの意味」とか、それを使うための「前提条件」とかを理解せずに乗り切ろうとした結果、ギリギリで「C」がもらえたみたいなのが多かった。おそらく無意識のうちに、一つ一つの問題のパターンを覚えてゴリ押しでやるような勉強をしてしまっていたからだろう。
研究室での研究も日々教授に怒られていたが、そこができていないことに気づけなかったからだろう。「もっとよく考えろ」というのが定型句化していたが、いったい何を考えればいいのかも分からず、ただ「早く帰りたい」としか感じていなかった。でもこのままでは卒業が怪しいことを察した私は一週間のうち半分は家に帰るのを諦め、夜通しで淡々とデータを取り、ある程度稼いだデータ量から言えそうなことを箇条書き感覚で論じて、卒論・修論を仕上げた。そんな生活を1年以上やっていた気がする。
そもそも「社会人になるために単位を取るのであって、単位を取るために勉強している」という感覚だったので、勉強や研究に対するモチベーションの低さは凄まじいものだった。なんだかんだで卒業をすることはできたが・・・。
休みがまったくなかったわけではなかったが、惰性でゲームをやっているか、バイトをしているかで時間を潰していたような気がする。バイトで稼いだお金は、食費かゲームでなくなって、貯金はなかった。
総括すると、
・「やりたいこと」をやっているというより、「やらなきゃいけないこと」をやっている感覚だったり、
・何かについて考えを深めることをしなかったり、
・体力的に無理をしたり、
・日々のストレスはゲームと暴飲暴食で現実逃避したり、
・ただ、なんとか最低限レベルで達成できた
という感じ。
社会人になって機械設計の仕事をし始めてからも、そんな感じの調子が続いていた気がする。おかげで体重は15kgぐらい増えていたと思う(今は水泳現役のときと同じぐらいにまで減った)。
機械設計の仕事自体は気に入っているのだが、
・「生産性」「責任感」「使命感」を求められたり、
・設計以外のやらなきゃいけないこともそこそこあったり、
・トラブル対応・長時間残業・夜勤などで体力的に無理する必要があったり、
・仕事上で周りと比較されたり、
・日々なにかに追われていたり、
という感じ。高校の頃とは、行動のきっかけとその結果の関係が逆転してしまっている感じというか。
成果が出ているかどうかは別として、今の自分が
・勉強してみたいことがたくさん見つかった
・なりたい自分の像がイメージできるようになった
・物事を深く考えることをする機会がダントツで増えた
のは大学時代からの大きな進歩だとは思う。
高校の頃は、「自分が楽しいと思ったことやる」->「(親や先生的に)やってほしいことが達成される」という感じだったのだが、
それ以降は、「(チームや組織・上司から)やれと言われる」->「できたり、できなかったりする」という感じ。
ただ自分的に上手くいっていないときでも、良くも悪くも「部活でしんどかったときと比べたらなぁー」と思ってしまっている。部活で一番キツかったメニューは「50mのダッシュを、目標タイムが切れるまで」というものだった。「目標タイム」は何故か勝手に決められており、多くの人は自己ベストと同じタイムに設定された。何人かは泣きながら泳ぎ続けたものの、夕食の時間になっても達成ができずリタイアしていた。私はやっている最中に膝が悲鳴を上げて歩けなくなったので、リタイアすることになった。
あと「スタートしてから30mは呼吸してはいけない+20mは全力ダッシュ。もし呼吸したらやり直し」というのも、最も嫌いだった練習メニューの一つだった。
こんな感じで水泳やっていたときは身体も精神も日々クタクタだったのだが、それと比較すると機械設計の仕事でしんどいと思っていても「まだイケるのでは?」と思ってしまうクセがついてしまった。たしかに耐力と精神が削られることもあったが、メシが食えなくなったり、無呼吸で泳がなければならないのと比べればマシかな・・・と。
そのせいで、湿疹が数週間続くようになったり、頭痛が治らなかったり、めまいや耳鳴りが発生したり、聴力が落ちていたりしていても目をそむけ続けてしまったが、今回の件を落ち着いて考えると身体的に無理が効くような歳でもなくなってきたのかなぁと思う。
最近気づいたのだが、自分は「自分より強い人」に憧れる性格のようだ。「強い」というのは、身体能力・仕事の能力・精神力・体力など、あらゆるジャンルでそうだ。
だから
・プロのスポーツ選手を見ると勇気づけられるし、
・自分より素晴らしい設計ができる人は素直にすごいと思うし、
・影響力のある人に惹かれたり、
という性格だ。その反面、
・少ない睡眠時間で生活できている人を見ると「自分も真似してみよう」と思ってしまったり、
・自らを追い込んで成果を出している人を見ると「自分もそれぐらい追い込んで見よう」と思ってしまったり、
する傾向がある。一見良さそうにも見える反面、自分の中に何かが満たされる感じはしなくなってしまった。「追い込む」とか「努力・気合・根性」とかといったように、他人のプロセスの表面だけを真似しようとしたためか、振り返ってみたら何も上手くいっていないことが多く、そしてまた削られていくという悪循環だ。
私は「結果がすべて」「とにかく結果を出せ」が口癖の人はものすごい苦手なのだが、「結果が出ていないのは、プロセスに問題がある」というのはとても納得ができる。これはコンサル系のYouTuberがたまたま言っていたことなのだが、なんだか妙に納得した。
今のところ思いついている改善のポイントとしては、
・「自分に何ができるか」「自分は何をやらなきゃいけないか」から考えるのをやめる
・自分自身が持続可能かどうかを定期的に振り返る(身心に大きなダメージを受けるような事態に陥らないようにする)
・人の経験談や書籍から学ぶ際に、表面的なことを真似するのをやめる。「どんな結果について、何が原因となっているのか」「自分がほしい結果は何で、そのためのプロセスとして使えるのか」を深く考え、時にトライアンドエラーを回す。
・夢中になっているのものに対して拘りを発揮するために、時間やお金をちゃんと使う
このあたりかなぁと。
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