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【創作大賞2024応募作のご紹介】「神隠しの庭で、珈琲を」

 小説の中でなら、思い切り「お節介」ができるのではないか。それが、本作を執筆するきっかけとなった思いです。

 生きていく上で、悲しみや苦しみが絶えることはありません。
 悲しみや苦しみを消すことはできません。

 けれど、もしも、人生に疲れた時に、こんな世界に迷い込んだとしたら。
 
   自分の話にじっくりと耳を傾けてくれる人がいて
   美味しい食事を、美味しく食べることができて
   夜は、星空を仰ぎ、太陽の匂いがする布団で、ぐっすり眠れたなら

 この小説の舞台は、私自身が求めた理想郷なのかもしれません。
 創作大賞2024、ファンタジー小説部門への応募作品のご紹介です。

 さあ、森は開いています。
 
 神隠しの庭で、美味しい珈琲を飲んでいきませんか?
 
 永遠の春の世界で、灰色の目をした老婦人がお待ちしています。

あらすじ 
 森の奥深く、白狐が案内する先に、永遠の春の世界である常世とこよは存在する。常世の入口には、常世に迷い込んだ人のための、常庭とこにわという宿がある。常庭で働く瀬名朝来せなあさきは、現世うつしよでの記憶を失い、常世に迷い込んだ過去を持つ。難病を抱える音楽家や、教え子を第二次世界大戦で亡くした教師、地震の被害を脳内でシミュレートできる小学生など、様々な時代を生きる人々が、常庭を訪れる。「お客様」との交流を通して、朝来は少しずつ記憶を取り戻していく。朝来が常庭に来た理由とは。そして、嵐の夜に扉を叩いた人物とは。 

 森の神である老婦人は、迷い人たちに寄り添う。
「あなたの話を聞かせてちょうだい」 
 耳を傾けることから始まる物語。連作短編集。

300文字(ルビ除外)

 私にとって、現世うつしよからやってきた迷い人のための宿、常庭とこにわは、パラレルワールドのように明瞭な存在です。

 それでは、常庭で働く、私の親愛なる友人たちをご紹介いたしましょう。

 主人公は、自らも現世からの迷い人である、瀬名朝来せなあさきです。名前の通り、とびきりの笑顔が朝に似合います。現世での記憶を失っているため、自分が何者かが分かりません。とても素直で、春に咲くスミレのように、飾らず、温厚な性格です。人を喜ばせることが好きで、人の幸せを自分のことのように喜びます。

 常庭のオーナーは、フサヱさんという老婦人です。フサヱさんは、常庭をぐるりと三百六十度取り囲む、古い森を司る神様です。趣味は、リネン類の洗濯と、自分が着る洋服や着物を手作りすることです。フサヱさんの作る、春の山菜を使ったお料理は、何人ものお客様を幸せな気持ちにしてきました。フサヱさんの淹れる珈琲は、いつもお客様の心を解きほぐす、最高の一杯です。

 彼の存在を忘れるわけにはいきません。三本の尾を持つ白い狐の化身、雪夏せつかです。雪夏は、現世と常世を行き来できる存在で、森で迷った現世の人々を、常庭へと案内しています。十七歳くらいの少年に見えますが、実際の年齢は不明です。美しい白銀の髪の毛と、金色の瞳を持つ雪夏は、常庭きってのミステリアスな存在です。

 少し、常庭の周りを散歩してみましょう。 
 常庭は、桜の老木に守られた、古い石造りの洋館です。桜の下には、杉の一枚板でできたテーブルがあって、森を見渡しながら、美味しい珈琲とお菓子を頂くことができます。屋敷の壁は蔦で覆われ、扉の周りには、つるばらが這っていて、心地よい香りを放っています。

 屋敷の中も、ちょっとだけご案内しましょう。
 屋敷の居間には、薪ストーブと古いピアノ、壁一面を埋め尽くす大きな書棚があります。ゲストルームは、屋根裏部屋で、夜になると、天窓から満天の星空を眺めながら、眠りにつくことができます。
 
 常庭を訪れる人々が生きる時代は、様々です。迷う人、悩む人、苦しむ人に、フサヱさんは、必ず、こう声をかけます。
「あなたの話を聞かせてちょうだい」
 常庭の住人達が、耳を傾けることで、お客様は自分の物語を紡ぎ、人生と向き合います。

 さて、ここまで、常庭をご紹介してきました。
 私の親愛なる友人たちは、今日も元気に常庭で働いています。
 もしよろしければ、彼らに会いに行ってみてください。

 美しい庭と、とびきりの珈琲で、おもてなしさせていただきます。

 お読みいただき、ありがとうございました。



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