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妖瞞の国(4)

○内裏・蘭林坊    
 供物御書が収められた葛籠の数々。
 隅の暗がりで飛蝗の話を聞く公達1。
 飛蝗、公達1の書いた恋文を眺める。

公達1「何故かの? 何故我が想いが伝わらぬ。誰ぞ文に呪いをかけておるのではないかえ?」    
 
 飛蝗、びりびりと恋文を破る。

公達1「何をするか」
飛蝗「急急如律令!」    
 
 有無を言わせず公達1に凄む飛蝗。

飛蝗「字が細い! 筆に気が入っておりませぬ。故に貧乏神がとり憑く隙を与えております」
公達1「貧乏?厄病神では」
飛蝗「こ、心の貧乏神って事よ! まずはそう。とにかく体を鍛えなさい。その腹肉と頬肉が目立たなくなるまで筆を持つのは厳禁」
公達1「そ、その方、無礼であるぞえ!」
飛蝗「これからもフラレどおしでいいの?」
公達1「う……」    
 
 公達1、黙り込む。

○草原    
 狩装束に弓矢を携えた公達2と飛蝗。
 草むらを跳ねる兎を追う。
 
飛蝗「急急如律令急急如律令。急いで急いで」    
 
 汗で溶けた白粉、兎を追う公達2。

飛蝗「あの白兎を捕えればもう二度と御前の儀式で失敗など起こりませぬ。館でくよくよ悩む暇があったらとっとと捕まえなさい!」    
 
 公達2と一緒に野山を走る飛蝗。

飛蝗「財を成す程、心も努力を強いられるのよ」

○朱雀大路(朝)    
 朝靄の中内裏へと徒歩で向かう橘に、
 徒歩の公達1、2、3が駆け寄る。

橘「おお。貴公らも徒歩かえ?」
公達1「ここの所、気が漲っておりまする故」
橘「さては安倍飛蝗の占術だな」
公達3「全く腹の立つ御仁なれど。言はよし」
公達2「財を成す程努力とは言うてくれるわ」    
 
 笑いながら朱雀門へ向かう公家達。 

○陰陽寮・廊下    
 位の隔てなく、    
 部屋に向かってずらりと並び    
 順番待ちをしている公家達。

○同・部屋1    
 机の上に亀を放ち、    
 甲羅を叩いては    
 公家をどやしつける飛蝗。

○同・部屋2    
 陰陽師たち、飛蝗を気にする。

○同・陰陽頭の部屋(夜)    
 高坏の上の果物を、    
 口に放り投げる飛蝗。

安倍「亀占い、大層評判がよいぞ。陰陽寮の威信はそちが回復してくれたも同じだ」
飛蝗「民も人、公家も人にござりますれば」
安倍「そちは申したの。唐の密教呪術が山で育って修験道、平地で育って陰陽道。山伏と陰陽師は兄弟も同じだと」    
 
 上座の安倍、眼光が鋭くなる。
 飛蝗、それを察し何も言わない。
   
安倍「山で育った修験道は、既に穢れ鬼に通じておる。山伏と陰陽師は最早兄弟では無い」    
 
 飛蝗、何も答えない。

安倍「鬼の話をしよう。飛蝗、お前は鬼をなんと見る」
飛蝗「常世に現れし魔の眷族。あらゆる病、災い、けがれを振りまく妖怪。都では、時折襲来せし大江山の茨木童子一派が有名かと」
安倍「この私にたわごとを語るか?」
 
 安倍、飛蝗を睨む。

○羅城門(夜)    
 弓矢を手に公達2、    
 松明を手に公達3、    
 千鳥足で肝試しをしている。

安倍の声「鬼とは……」
公達3「これ鬼ども。いざ出て来い」
公達2「正体は盗賊か? 追い剥ぎか?我らの気は漲っておるぞ。さあ射抜いてくれん」    
 
 門の向こうの闇、
 無数の鬼火と夥しい数の鬼が
 唸り蠢きながら近づいて来る。
 公達2、3悲鳴をあげて逃げだす。

安倍の声「鬼とは人が目を背けし物の全てではないか」

○坊城小路(夜)    
 百鬼夜行から逃げる公達2、3。

安倍の声「失うものが多ければ多いほど」

○馬代小路(夜)    
 逃げる事無く、    
 百鬼夜行を眺める非人達。

安倍の声「豊かであるほど、幸せであるほど、人は鬼を見る。鬼を恐れる」 

○朱雀大路(夜)    
 鬼達、夷へと変わる。    
 一つ目の鬼は隻眼の夷。    
 青鬼は茨木童子。    
 鬼の面を取って捨てる綱光。    
 手に尖棒、    
 衣冠は汚れ烏帽子は折れている。

茨木「手管はいつも通リ。明け方まであばれロ。検非違使が来たら逃げロ。内裏には近づくナ。小さな館だけ狙エ」
 
 散らばって逃げる夷達。    
 綱光、ひとり彼方へと歩き出す。

隻眼の夷「夜陰に紛れ始末してやろうカ?」
茨木「放っておケ。奴に帰る場所など無イ」    
 
 茨木、静かに綱光の背を見つめる。 

○土御門殿・庭園(夜)    
 広大な庭園。    
 舟が浮かぶ大きな池の向こうに、
 荘厳華麗な神殿造の館が見える。    
 琵琶の音が響く。    
 綱光、土を払い身なりを正す。
 
綱光「今こそ葛を断ちて想いを……」

○同・廂(夜)    
 目を閉じ琵琶を引いている凛子。
 凛子の手を握り琵琶を止める関白。
 関白、凛子の首筋に唇を這わせる。
 凛子の抗いは弱い。    
 白瓶子が倒れ、簀子から落ちる。
 綱光の沓の先に瓶子が当たる。    
 高欄の向こう、闇に立つ綱光。
 見つめ合う綱光と凛子。    
 綱光、尖棒を掴む手が震えている。    
 静かに口を開く凛子。

凛子「鬼」
綱光「……」    
 
 振り返る関白。

関白「百鬼夜行に堕ちてなお我が凛子に付きまとうか?」    
 
 関白、凛子を力強く抱き立ち上がる。

関白「鬼じゃ鬼じゃ! 鬼が出たぞ! であえ!」    
 
 関白に襲い掛かろうとする綱光。

綱光「おのれ!」    
 
 悲鳴を上げ綱光から目を背ける凛子。
 綱光の動きが止まる。
 関白の腕の中で震えている凛子。  

綱光「おのれ……」  
 
 綱光、闇の中へと去る。

○陰陽寮・陰陽頭の部屋(夜)    
 燈台の灯に照らされる飛蝗と安倍。

飛蝗「まるで鬼とはただの人と言う口ぶり」
安倍「そう聞こえたか」
飛蝗「陰陽頭様の言葉とは思えませぬ」
安倍「陰陽頭ゆえの言葉ぞ。お前も真はそう思うておろう」
飛蝗「……まさか」
安倍「森羅万象舌先ひとつで操れると思うておろう。それこそが、現し世の真理。この言霊の国を支配する力。そう思うておるのだろう」
飛蝗「……」    
 
 飛蝗と安倍、睨み合う。

安倍「新たなる御代の新たなる陰陽師安倍飛蝗ごのみの話と思うたまでよ。忘れてくれ」    
 
 薄く笑う安倍に怪訝な面持ちの飛蝗。    
 たいおん、飛蝗に一巻の巻物を渡す。

安倍「獄に繋がれし鬼共が増えてきた。明後日、鴨川にて、穢れ流しの祭を執り行う」
飛蝗「鴨川? 処刑は検非違使の役目では?」
安倍「最早あやつらでは荷が重い。今一度法力にて都全体を祓い清める必要がある。そちが私に成り代わり祭を執り行うのだ」
飛蝗「……」    
 
 巻物で肩をぽんぽんと叩く飛蝗。

飛蝗「我もまた荷が思うござりますれば」
安倍「上奏は済ませた。これは帝の命である」
飛蝗「帝の……」    
 
 有無を言わせぬ安倍の眼光。

安倍「『人の王』には従えぬか?」
 
 飛蝗、巻物を掲げ頭を垂れる。

飛蝗「ははーっ! かしこまりましてござりまする!」

○二条(夜)    
 屋敷の築地塀が連なる通りを、
 暗闇と同化した綱光が彷徨う。
  地面に烏帽子が落ちる。 
 烏帽子は主に踏みにじられる。

○陰陽寮・部屋1(夜)    
 しとみ戸を開ける飛蝗。    
 月光は薄暗い。    
 飛蝗、机の上に巻物を広げる。

たいおん「……儀式の手引き、しっかり覚えい。陰陽寮の名に泥を塗らぬようにのう」    
 
 たいおん、隅で膝を抱えている。

飛蝗「トチ狂った検非違使共が右京の放浪人を手当たり次第に検挙しているそうだな」
たいおん「だから何じゃ」
飛蝗「この分では穢れ流しとやらはさぞ盛大になるだろうなあ」
たいおん「だから何じゃ」
飛蝗「鬼が増えてゆくなあ。鬼が作られてゆくなあ」
たいおん「だから何じゃ! われは式神じゃ! 俗世の煩いなど知った事ではないわ!」    
 
 激昂するたいおんを一瞥する飛蝗。
 たいおん、また膝を抱えて顔を隠す。

○五条堀川・廃屋敷(夜)    
 神殿造の荒れ果てた公家屋敷の簀子に
 腰を下ろし、贓物を確認し合う夷達。    
 門をくぐり踊りこむ検非違使達。
 検非違使を引き連れた陰陽師2が、
 毘沙門天の真言を唱える。    
 夷達、顔を見合わせる。    
 片足の夷、仲間たちに頷くと、
 陰陽師2の前に出て仁王立ちになる。    
 他の夷達は逃亡する。    
 検非違使、深追いすることなく、
 ただ片足の夷を粛々と捕らえる。

○五条堀川(夜)    
 贓物を抱えて走る夷達。   
 「来世ら」「来世ら」と叫び、
 泣きながら走り続ける。

○四辻(夜)    
 闇の中を、ふらふらとさまよう綱光。
 築地塀の影から検非違使達が現れる。

検非違使「鬼じゃ! 清めよ!」    
 
 検非違使達、刀を抜いて綱光を襲う。
 綱光、必死に太刀をかわして逃げる。

○一条戻橋・橋の上(朝)    
 ゆるゆると進む牛車。

○牛車の中(朝)    
 巻物を睨み、暗記に四苦八苦の飛蝗。
 なむあみだぶつを唱えだす牛飼の声。

飛蝗「どうした?」
牛飼の声「鬼です。外を見られませぬよう」
飛蝗「鬼が怖くてお役所勤めができるかってんだ」    
 
 飛蝗、鼻を鳴らし物見を開く。    
 窓の外ざんばら髪の綱光が、
 牛車とは逆方向に向かって
 歩いてゆく。
 
飛蝗「判官」    
 
 綱光、飛蝗に目を向ける。

○一条戻橋・橋の上(朝)    
 物見から綱光を見る飛蝗。    
 綱光、飛蝗を一瞥し笑う。 

綱光「何が見える?」    
 
 読経と共に去ってゆく牛車。
 飛蝗、顔色を変えず戸を閉める。    
 空を見上げる綱光。

○空(朝)    
 朱の空に一点の金星が輝いている。

○右京・破屋街    
 検非違使に連行される放浪人。
 歩くたいおん、
 ふと立ち止まる。    
 蓆に瘡を患った童が寝かされている。
 検非違使、童に目もくれず去る。


○(回想)右京・破屋街    
 蓆の上に倒れているたいおん(3)
 雲間から覗く太陽に目をこらす。
 逆光の中で烏帽子水干の男が、
 たいおんに手を差し伸べる。

男の声「安心せよ。今日よりおぬしは我が式神ぞ」

○右京・破屋街    
 童、顔にたかる蠅を払う力すらない。
 蠅を払い童の頭を撫でるたいおん。
 たいおん、己の無力さを感じる。

○飛蝗の小屋・中(夜)    
 巻物を見て祝詞を暗唱している飛蝗。
 小屋の隅で膝を抱えているたいおん。
 飛蝗、祝詞をつっかえる。

飛蝗「ちょっと待ってちょっと待って! 今噛んだよね……俺が」
たいおん「……」
飛蝗「駄目だ。どうしても同じところで噛んじまう」
たいおん「……」
飛蝗「ふるくりのきのふるきりくちのらにょらいのらにょらい」
たいおん「……」
飛蝗「大日如来薬師如来釈迦如来」
たいおん「……」
飛蝗「そこで睨まれると凄く気が散るんだけどよ」    
 
 たいおん、塞ぎこむ。

飛蝗「なんでえ。式神にも苦労はあると言いたげだな」    
 
 飛蝗、巻物を閉じる。

飛蝗「お前さん、三百年生きてるんだろう? この都がナントカ親王の怨霊から逃れる為に、前の都から遷されてきたって話は本当か?」    
 
 たいおん、答えない。

飛蝗「その折、この地に元々住んでいた者達を山へ追いやったって話は本当なのか?」    
 
 たいおん、答えない。    
 蝋燭に照らされる土器の数々。

飛蝗「山へ追いやられた者。それは神代の昔から、この地に住んでいた民。ヤマトの王権に抗い不順(まつろ)わぬ者と呼ばれた民」    
 
 たいおん、ゆっくりと顔を上げる。
 
○鬼の巣(夜)    
 火を囲み、肉を食らい、声高に歌い、
 骨を並べては博打をしている夷達。

飛蝗の声「不順わぬ者達は野を駆け獣を狩り、血に塗れ生きていた」 
 
 朦朧と夷達の前を素通りする綱光。    
 毛皮の敷物の上に胡坐をかき、
 酒を飲んでいる茨木。    
 摺衣がはだけ、    
 刺青の施された胸元が見えている。
  今度は綱光が茨木を、    
 力ずくで押し倒す。

飛蝗の声「死と生を受け入れ、あるがままに生きていた」    
 
 灯の下、絡みあう綱光と茨木。
 
○土御門殿・母屋(夜)    
 しとねで凛子を抱き寄せる関白。

飛蝗の声「ヤマトの王権は野を開き田を作り、獣を避け稲を育てる。ゆえに血を拒み、死を恐れ、艶やかに密やかに生を全うする」    
 
 燈台の下、むつみあう関白と凛子。

○飛蝗の小屋・中(夜)    
 独り言をこぼし続ける飛蝗。

飛蝗「どちらが正しいかなんてもう分かんねえさ。ただヤマトは不順わぬ者と戦い、駆逐した。そうして屈服した者達を奴隷とし、屈服せず山に籠った者をこう呼んだ」    
たいおん「……鬼」
 
 飛蝗、目を閉じる。

○(回想)十七年前の森(夜)    
 武者達に討ち滅ぼされる夷達。

飛蝗の声「ヤマトの末裔達は疫病や天災が起こるたびに鬼退治をする。そうだ。不順わぬ者達は退治されるために道の奥で生かされているんだ。災いをふりまく鬼として」    
 
 武者の一人が夷の子に矢を放つ。
 子を庇い、矢を受ける理忠。    
 その光景を見て絶句する綱光。    
 夷の子を見つめ、何かを喋る理忠。
 夷の子にはその言葉が分からない。

○飛蝗の小屋・中(夜)
 目を開く飛蝗。    
 たいおん、顔を伏せ震えている。

たいおん「山だけではない。都にも鬼はおる。殿上人の都合で捕えられる、哀れな鬼達が」    
 
 飛蝗、たいおんの頭を軽く叩く。
 たいおん、声を殺して泣く。    
 静寂。    
 たいおんの啜り泣きだけが響く。    
 亀が土器から顔を覗かせている。      
     ×  ×  ×    
 たいおん、涙を拭き姿勢を正す。    
 ふと並ぶ土器に目をやるたいおん。

たいおん「……ときにあれは何じゃ?」
 
 飛蝗、うやうやしく亀を手に取る。

飛蝗「神の亀、いや亀の神だったかな? 神亀様の甲羅はこの世で一番硬いんだぜ」
たいおん「あの縄目文様の土の器の事じゃ。スッポンの話なんぞ、どうでもよいわ」
飛蝗「石亀だ! いや神亀だ。罰当たりめ」    
 
 飛蝗に撫でられ目を細める亀。
 たいおん、微笑む。

○鬼の巣(夜)    
 屏風の奥から現れる半裸の綱光。
 鍛え上げられた体が汗ばみ赤く火照り
 乱れた髪からぎらつく瞳が覗く。    
 綱光の異様に息を飲む夷達。    
 綱光、奥から茨木を引きずり出す。

綱光「何だこれは」    
 
 茨木の胸の入れ墨。
 それは五芒星のしるし。    
 茨木、目で夷達を促す。    
 各々体に印された五芒星を見せる夷。    
 怒りに身を振るわせる綱光。 

綱光「うぬら……陰陽寮と通じていたのか!」
茨木「……」
綱光「鬼めが! 俺を見張り、攫い、堕としたか!」
茨木「生きる為ダ。このヤマトの世デ」
綱光「マヤカシマヤカシ……どこもかしこもどいつもこいつも、マヤカシだ。真を見ろだと? よくもぬけぬけと申したな」
茨木「生きる為ダ!」    
 
 綱光を取り囲む夷達。

茨木「鬼となり山に住むカ、都で襤褸を纏うカ。我らにはもうそれしか道はなイ。我らは都人の禍の依代。検非違使の式神。この国の人身御供」
綱光「鬼の正体が陰陽寮や検非違使の面目の為に作られたマヤカシの穢れだったとはな。そうとも知らず俺は。我が父は」

○(回想)十七年前の森(夜)    
 倒れている理忠を抱え泣き叫ぶ綱光

○(回想)十七年前の内裏・紫宸殿南庭
 衣冠束帯で頭を垂れる綱光。    
 広大な白砂の庭園に居並ぶ公卿達。    
 階の向こう、社殿の奥の高御座。
 御簾の向こうに帝(先帝)の影。

公卿3「疫病をふりまきし鬼どもの征伐まことに大義であった。亡き諸大夫理忠の子綱光よ、ますます帝に忠勤を尽くせや」

綱光「ははーっ!」

○鬼の巣    
 綱光ひとしきり自嘲の笑い声をあげる
 と、突如、キッと夷達を睨みつける。

綱光「知っているか? 鬼を殺すとはいわぬ。成敗するという。お前達は殺されるのではない。清められ消え去るだけだ。その恨みも呪いも、怒りも、都人には届かぬ。ようやく見えた。何が鬼か? 百鬼夜行か? 鬼など畜生にも劣る虫けらだ。牙も爪も棘すら持たず、この穴倉で蠢くだけの芋虫だ」  
隻眼の夷「ダマレエエエエ!」  
 
 隻眼の夷、絶叫して綱光を殴る。
 隻眼の夷を力づく抑え付ける綱光。    
 夷達、怒りに身を任せ綱光を襲う。    
 綱光、刀を取り夷達を払いのけると、
 年若い夷の少年に刃を突きつける。

綱光「清めてやる。有難く思え」
 
 夷の少年、綱光を睨む。    
 夷達、綱光を睨む。

綱光「そうだ。こうやって俺達は一番弱い者を選び虐げてきた」    
 
 茨木、少年を庇い、立ちはだかる。

綱光「ラッセラ……ラッセラ……ラッセラ」   
 
 太刀を手に大燈籠に駆けてゆく綱光。

綱光「来世ら。来世ら。来世ら……か」    
 
 綱光、刀を振り下ろし大燈籠を破る。
 大燈篭は炎を噴き上げ燃え上がる。   

綱光「穢れし鬼に来世など来ぬ!」
 
 夷達、綱光を睨み続ける。

綱光「清めらるれば怨念すらも残せぬ!」
茨木「来世など……無イ……」
綱光「ならば今恨めばよい。今呪えばよい。今怒ればよい。耳を塞ぎ目を背ける都人に真の我ら見せてやるのだ!」    
 
 綱光、夷達を見渡し太刀を掲げる。

綱光「あるがままを見せてやろうぞ! 鬼の……われらの、あるがままを! あるがままを! あるがままを!」    
 
 夷達、綱光の鼓舞に呼応するように
 次々と雄叫びを上げる。    
 同胞の狂騒に戸惑い、    
 綱光を見る茨木。

茨木「お前は……一体何者ダ?」    
 
 燃える大燈籠の向こうに
 綱光の姿が揺らめいている。

綱光「何に見える?」

○(回想)空(朝)
 朱の空に輝く一点の金星。

○鬼の巣(夜)    
 綱光、炎を見つめ呟く。
 
綱光「朱点……俺は朱点童子だ」

(つづく)

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