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ウマ娘・アストンマーチャンのいる世界線へ移動してきた話

はじめに

恥ずかしながら、私はウマ娘で実装されるまでアストンマーチャンのことをほとんど知りませんでした。

名前に聞き覚えはありました。私が以前に記事に書いたこともある、ウオッカとダイワスカーレットがいた最強牝馬世代。阪神ジュベナイルフィリーズで、桜花賞で、実況にその名前は何度も呼ばれ、耳に残っていたからです。

ウマ娘となった彼女は、カメラにひょっこり入ろうとする不思議ちゃんキャラとして造形されていました。

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1st Anniversary Special Animation より

「なるほど、強烈なライバルの陰に隠れてしまいがちなので、少しでも自分をアピールしようとしているのか。可愛いところあるじゃないか……よし、ちょっと史実を調べてみよう。今週走る産駒がいたら応援するのもいいな」などと考えつつ、競馬情報サイトで産駒の一覧を見ようとしました。

母・ラスリングカプスのページには「産駒一覧」へのリンクがあるが……
アストンマーチャンには、ない

産駒一覧へのリンクが、ない。

それは、この馬が繁殖成績を残せなかったことを意味します。忘れていました。競走馬は現役を全うし、繁殖に上がって、それも引退したら無事に余生を過ごせることが奇跡的であることを。それを思い知らされた瞬間、私はアストンマーチャンのトレーナーとなることを決意したのです。

アストンマーチャンの史実や、当時の空気感については、こちらの東スポさんのブログ以上の資料はないと思いますので、詳しく知りたい方はこちらをご覧ください。

スプリンターズステークス優勝時の相棒、中館元騎手(現調教師)のインタビューも素晴らしい記事ですので、是非どうぞ。

ここから先は、私がシナリオを読了して気がついたこと、表現の一解釈などを延々と語り尽くす内容となります。基本的には育成を経験された方を対象として書きますので、まだ未見の方はご注意ください。

泣きゲー文化との恐ろしいまでの親和性


Key作品の中でもKanon, AIR, CLANNADといった初期作品を思い浮かべる人が多い様子

ウマ娘アストンマーチャン(以下「マーちゃん」で統一します)の感想としてよく挙げられるのが、2000年代の美少女ゲームで流行した「泣きゲー」と呼ばれるジャンルとの相関です。悲しい運命を背負った少女と主人公が出会い、一度は引き裂かれるが最後は一緒になったりならなかったり、といった筋書きを基本とするノベル系ゲームのジャンルで、特にKeyというブランドがこの作風で大ヒットを博したため、Twitterのトレンドにも「Key作品」というワードがランクインする事態となりました。

かくいう私も当時はこのジャンルにがっつりハマっており、その文脈は熟知していました。しかし、早世した競走馬をモデルとしたキャラを、この作風でストーリーテリングすることでここまで破壊力が出るとは思っていませんでした。

鯛焼き食べさせたのには「そこまでやるか!」と噴き出しもしました

しかし、ここで泣きゲー的描写の元ネタをいちいち拾っていくことはしません。マーちゃんのシナリオは単なる泣きゲーのパロディではなく、競走馬にまつわる悲しみとどう向き合うか、そのためにウマ娘というコンテンツはどうあるべきか、を示したメルクマールとして描かれたと思うのです。

医者の子、という設定に裏打ちされた死生観

アストンマーチャンの馬主さんはお医者さまです。その設定がマーちゃんにも受け継がれていて、シナリオ中でも母親は医者だと語られます。

キャラストーリー3話より

命は川の水がごとく流れ、やがて海にたどり着く。

幼い頃から死や別れを見てきたからこそたどり着いた境地でしょうか。一見エキセントリックな不思議ちゃんですが、育成シナリオのプロローグでもある、キャラクターストーリーでこれが語られるため、ただの不思議ちゃんではないことをプレイヤーは理解でき、一気に引き込まれていくのです。

マスコットになりたい、という願いの真意

マーちゃんが何故あそこまでマスコットになることにこだわるのか。彼女は3歳秋にG1レースであるスプリンターズステークスを優勝しています。ならば、ぬいぐるみになっていても良いのでは?と思われるかもしれません。

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私の現役最推しの1頭デアリングタクト
彼女もぬいぐるみ化されたのはオークスを勝ってから

しかし、JRAの競走馬が公式グッズである「アイドルホース」になるためには、G1レースを2勝しないといけないのです。史実では4歳春の高松宮記念で2勝目に挑む予定でした。その舞台に立つことが叶わなかったことから、なんとしてでもマスコットになって、形あるものとして残りたい……という願いが発露した結果、あのこだわりようとして表現されているのだと思います。

実際、ウマ娘がブームになったことで「家にあった馬のぬいぐるみが、かつての名馬のものだった」という発掘エピソードをよく見かけるようになりました。デジタルコンテンツが隆盛を極める昨今ですが、物質としてモノが残ることの意義深さも、マーちゃんは説いているのかもしれません。

勝ったのに悲しくなる高松宮記念

他のウマ娘の育成シナリオでは、史実で不調だった期間にはいわゆるデバフ(能力低下)が付いたりして、競走生活の浮き沈みを再現していることがあります。マーちゃんにもそういったものがあるのかな?と予想していました。

しかし、何もありません。史実では出走できなかった、高松宮記念にも出られますし、勝てます。ゲームですから、ウオッカやダイワスカーレットにも勝てます。適性を継承すればトリプルティアラだって不可能ではありません。その代わり、存在が周りから認識されなくなるという、この上なく残酷な運命として描かれるのです。

本当は、あなたはここにはいない。

システム的に処理された方がまだマシでした。それすら許さない、運命修正力とでも言いましょうか。そういったセカイを改変するような描写も泣きゲー文化の得意とするところなのを忘れていました。これほどまで、これほどまでに臓腑をえぐってくるとは……。

運命のシニア4月

シナリオ上ではここが大きな分水嶺となります。とはいえ、育成シナリオではプレイヤーはトレーナーですから、きちんと物語は続きます。問題は、そうでなかった場合の可能性です。

私が以前に書いた、ウオッカとダイワスカーレットのシナリオに関する記事では、アストンマーチャンについて一切触れていません。存在を認識もしていません。何故そうなってしまったのかといえば、このシニア4月にプレイヤーがマーちゃんのトレーナーでなかったから、ということになります。

もはや「うお~最強牝馬世代のライバル!熱いぃ~!!」などと脳天気に振り返ることはできないのです。その陰で命を散らした1頭のことを、もう忘れることはできないのです。

このシナリオでトレーナーが叫ぶセリフは、全ての競走馬に携わる人々の願いではないでしょうか。この記事ではあまり引用はしないつもりでしたが、ここだけはさせてください。

アストンマーチャンは、ここからなんだ

他の誰でもない――
ウオッカでも、ダイワスカーレットでもない。

アストンマーチャンが、ターフを駆ける。
観客席は期待にざわめき、胸躍らせる。

何度も土を蹴り上げ、
瞬きする間にターフを駆け抜けて――

何度でも、何度でも、夢を見せてくれる。

ずっとずっと、輝き続けてくれる。

そのはずなんだよ

「また、映してくれますか」より

きっと今でも、こうやって馬や自分たちを鼓舞し、管理・調教に励んでいる陣営は数多くいるに違いないのです。それを想いつつこのシーンを読むと、何度でも熱いものがこみ上げます。

育成シナリオでは、ここで史実の運命をねじ曲げるわけですが、そのことに対して自覚的で、どこか控えめなのも心をくすぐられるポイントです。

本当はここでおしまいだけど、そうじゃないことにしてしまおう。それは、競走馬を擬人化して育てて競わせるなんていう変なゲームに付き合ってくれてる、あなた(プレイヤー)が変なヒトだから。

こんな風に言われたら、もう忘れることなんてできないでしょう。

最高のライバルたち

マーちゃんが存在する世界線において、ダイワスカーレットとウオッカは良き友人として優しく接してくれます。それを見られるのが嬉しいし、この世界線以外でそれが見られないのは、運命が残酷であったが故、と納得することもできてしまいます。

キャラストーリー1話より

ダイワスカーレットとウオッカが走るマイル重賞で勝利すると見られる隠しイベント「マーちゃんにも言って」「マーちゃんにも教えて」がまた最高です。存在がかき消されなかった世界線において、彼女らはしっかりマーちゃんを認識し、ライバルとして競い合ってくれます。

そして、距離適性の継承が厳しくなりますが、シニアの天皇賞・秋で「三強対決」を演じることができます。ここでのやりとりは、まさに運命を乗り越えたマーちゃんへの祝福そのものです。是非ご覧になってください。

そしてたどり着く場所

育成目標を全て達成すれば、シナリオとしてはハッピーエンドを迎えます。しかし、それだけがマーちゃんの物語の全てではありません。

先にも述べた、ウオッカやダイワスカーレットとのライバル対決はサイドストーリーとして、育成を重ねて親密度を上げて見ることができる、キャラクターストーリーの7話はアフターストーリーとして、温泉旅行のイベントは、それまでマーちゃんと積み重ねた時間を振り返るグランドエンディングとして位置付けることができるのです。

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ちょうど35回目の試行で当たるという、運命めいた結末

私が福引きで特賞を当てるまでには、1画面丸ごとマーちゃんで埋め尽くすほどの試行回数を要しましたが、今思えばすぐ当たってしまわなくて良かったと思えます。

そのテキストを読む時に、プレイヤーがどういう時間を経てそこに至っているのか、までライターさんが計算し尽くしたかのような体験でした。改めて、ウマ娘というコンテンツと、それに並々ならぬ情熱を注いだであろうCygamesのスタッフ各位に謝意を捧げたいと思います。

受け継がれていた想い

マーちゃんをホーム画面に設定していると、こんなセリフが出てきます。

そろそろ家のあばれ妹から連絡が届く頃です。さてさて今晩はどんな返信をしてやりましょうか。

ホーム画面会話より

あばれ妹……?これはいわゆる姉妹馬を示唆してるのでしょうか?調べてみましょう。

いた!ジャジャマーチャン!じゃじゃ馬であばれっぽい名前なので恐らくこの子でしょう。父も母も、馬主も調教師も一緒です。レースには未出走ながら、繁殖に上がれているようです。しかも代表産駒には……

今年のスプリンターズステークスにも出走したトゥラヴェスーラがいます!アストンマーチャン自身の血は残せませんでしたが、全妹の子は今でも元気に走っていました。

推測ですが、アストンマーチャンが早世したことを受けて、同血のジャジャマーチャンはなんとしても子を残すべく、馬主さんが決断されたのではないかと思います。

サラブレッドのアストンマーチャンは、4歳の春に力尽きました。それが史実です。しかしながら、ウマ娘を通じて彼女のことを知った人が増えて、彼女が示した血統の価値を妹が継いでくれている。これもまた、現実なのです。

もしまた「アイドルホースオーディション」があるのなら

前述した通り、JRAオフィシャルのぬいぐるみ「アイドルホース」になるためにはG1レース2勝が必要です。しかし去年と今年、それを覆す特例とでもいうべきイベントが、京都競馬場の企画によって実施されました。

それが「アイドルホースオーディション」です。G1レース勝利数によらず、ファン投票で上位を獲得した過去の名馬、いまだG1レース2勝に至っていないが奮闘している現役馬を、ぬいぐるみ化するプロジェクトです。

今年は既に終了していますが、もし間に合っていたのなら、そしてもし来年また実施されるなら……私はアストンマーチャンに投票することを辞さないでしょう。

私個人のポリシーとして、こういった投票に際して広く呼びかけて、何が何でも実現させよう!という事の運びは苦手です。次の機会があるかもわかりませんし、それを煽っても仕方ないという気もします。

ですが、もし、もし次の機会があった時に、この記事を読んだあなたの心に、アストンマーチャンという名牝の存在が引っかかっているのならば、どうかその1票を投じてくれたらいいなぁ、と勝手に期待してしまいます。そうすることで、アストンマーチャンの記憶はより確かなものとなって、未来永劫、いつまでも残り続けるでしょうから。

キャラストーリー7話より


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