歌詞のクオリティをグッと上げる「暗示」と「距離」の話【DTM初心者向け】
僕は歌詞を書くのがめちゃ好きだ。
小説だととても大変だが、歌詞のサイズなら頑張って世界を書き切ることが出来るから。
身の回りに1人くらい居ただろう、痛ポエムをノートに書いてるやつ。あれをセキュリティがバッチリなスマホに置き換えたら、それが僕だ。
僕は作曲始めたての頃「自分が好きな歌詞が何故好きなのか」を説明することが出来なかった。辛うじで「カッコイイ単語ですよね、へへ」くらいを言える程度だ。
今はちょっと言える。
夏の星座にぶら下がって上から花火を見下ろすのがなぜカッコイイのか。
今日はそんな歌詞の良さの大きな要因になる「暗示」と「距離」についてのお話。
❶暗示とは?
暗示というと、なんだか催眠術みたいな感じもする。
それもそうなんだけど、この記事では『間接的な表現』を指している。要は比喩だ。てか要はほぼ暗喩だ。
「りんごが美味しい」を直接的な表現とするなら
「手に取れる太陽が私を潤す」が間接的な表現になる。
は? となった方も居るだろう。少し待って欲しい。言い訳を聞いて欲しい。
間接的な表現による暗示ってこんなものなのだ。
こんなん前提条件無いと分かるわけないだろ!ってものから、なんとなく単語だけでも分かるぞってものまであるのだ。
その全てを包含するのが暗示ってやつなのだ。暗示は懐が深くて優しいのだ。
暗示のとっても良いところは直接的な表現よりも情報量が増えやすいというところや、書き手がその表現に対してニュアンスを込めやすくなるところだ。
「今年も春がやってきた」という表現だと、春が来たなぁとしか分からない。
「またお別れの季節だ」と暗示表現にすれば、なんか寂しそうとかまで分かる。すごい。
僕が暗示表現が好きなのはこういうところだ。わざわざどういう感情なのかを直接書かずとも言葉使いだけで大体伝えることができる。
あと何よりちょっとオシャレだ。オシャレなのは皆好きでしょ。
この暗示、最初に例で見せたようなものを見ると「難しそう」となった人も居るだろうが、そんなことはない。
暗示は作る方が解釈する方より簡単なことすらある。暗示は創作者に優しいのだ。
そんな優しい暗示表現だが、手法別に難易度がある。
簡単なのは文節の置き換え。これは今さっき僕がやったことだ。1つの文節に対して1つの暗示を。要は「りんご」に対して「手に取れる太陽」を対応させることを言う。
これはもうめっちゃ簡単だ。マジカルバナナに近い。バナナと言ったら黄色、そんな感じだ。
形とか性質とか特徴の近いものにサッと置き換えてあげよう。
逆に難しいのが文章全体の暗示。
ちょっとこれを今即席でパッと作るのはテーマ決めが大変だから、僕の過去作から引用させてほしい。
これは、この文章全体で『好きな人と夏祭りに行った』を暗示してる。
かなり分かりやすい文章にしてるので、読んでる人も何が起きてるかすぐに分かっただろう。分からなかったら僕の実力不足だ。ごめん。
直接的に書くと一瞬で終わることを、のんびりと書き回す。
すると沢山のニュアンスが込められるからオシャレっぽくなる。
この歌詞でも「あんまり人と付き合ったことなさそう」とか「ちゃんと浴衣着てそうだけど不慣れなのかな?」とかそういう推察が出来る。
これは文体を工夫したり、歌詞だからリズム意識したりで大変な上に、どこまで間接的に書くかのバランスが難しいがトライする価値はある。というか歌詞は自ずとこういう性質を帯びることが多いから無意識にやってる人も多いかもしれない。
ここまで説明したところで、実際に暗示表現を取り入れた歌詞を作ってみよう。
まずは直接表現の歌詞を作る。
はい、とりあえずこんな感じ。20秒くらいで出来た。
ぶっちゃけると、これはこのままでも十分良いケースがある。歌詞っぽさは無いが日常的なテーマと文体が近いので、なんかそういう詩集のあんまり目立たないページに置かれてる詩みたいだ。
とは言え、それでは実例にならないので無理やり暗示ってみよう。暗示は優しいから無理やりやってもいいのだ。
まずはテーマである焼肉から置き換えていく。
焼肉と言えば「肉」「網」「美味すぎる」とかそんな感じなので、今回は「網の上で踊る幸せ」とする。網の上に乗せるものってそんなに無いから多分焼肉とかBBQじゃない?ってなる。多分。
ではこれを軸に前半部分である「肌寒くなってきた今食べる焼肉が一番おいしいと思う」を再編成する。
こうした。サッと書いてるように見えて、その実15分くらいかかってる。
焼肉なので、どうしても「いつ焼けるかなワクワク」を入れたかったので入れた。
また肌寒い季節感をネガティブに見せないように、ワクワクな時間を主語に置き、寒い要素をなるべく前向きな表現にした。
だから文章自体はポジティブに見えると思う。
しかし、構造が少し難しくなってしまった。
ヘンテコな主語にしたのと、「網の上で踊る幸せ」が6+7文字でちょっと文字数を合わせにくいからだ。5+7文字なら簡単なのに。
どうやって後半を書き換えるか、かなり迷う。
迷うが、後半言いたいのは「食べるあなたが好き」くらいの物なので、この辺を遠回り遠回りしていけば良いのでは?と判断したので、やってみる。
こうした。
30分くらいかかってる。疲れた。
「ペラペラと口の上手いことより、美味しそうに食べる君が良いよ」みたいなニュアンスになった。
その分「いっぱい食べる」が削られたがこれはシンプルに僕がまとめきれなかっただけなので、許して欲しい。
このように、最初の直接表現の文章からすると情報やニュアンスが劇的に増えているのが分かると思う。これがまさに暗示パワーだ。
ただ失われた物もある。それは素朴さや身近さだ。この辺の話は次の『距離』の話でするので割愛。
この手法を意識したこと無い人は、まず単語の置き換えからチャレンジしてみてほしい。
❷距離とは?
続いてはコチラ。距離の話である。
速さ×時間で求まるやつではなく、文章が持つ「聴き手との距離感」のことを指している。
これを意識して上手くコントロールするとそれだけで印象的にしたり、色んなジャンルの歌詞が書けたりが出来るようになる。
どういうことか。これは実際見た方が分かると思う。
これは距離のコントラストをもうこれでもかってくらい効かせた歌詞の例である。
最初の2行、正直何言ってんだか分からない。ワイも分からん。なんかネガティブなことくらいしか分からない。
分からないってことは実感や共感を伴わないから聴き手から遠くなる。
そこから急にJ-POPよりもシンプルな「キミが好き」が飛んでくる。しかもカタカナで「キミ」ときた。
これはめちゃくちゃ分かりやすい上に口語っぽいので聴き手に近い言葉である。
この2つの差が、ここでいう『距離のコントラスト』だ。
歌詞は音楽に乗って強制的に時間が進む都合上、一文一文を精密に聞き取られるってことはほぼ無い。
「ほう、小夜曲はセレナーデと言う音楽形態の一つで〜」などと調べる時間が無い。セレナーデくらいは分かろうもんだけれど。
なので、分からない単語は分からないまま進む。これがかなり良いのだ。
他の文章形態と違って、作家側が意図した距離にコントロールしやすいのである。
「抵当、嘘、なんて不均等」
→微妙に分かるが分からん(やや遠い)
「大団円の静寂へ、寄せては返す」
→微妙に分かるが分からん(やや遠い)
「あんなに泣いたのに」
→ア!! 分かった!悲しいのね!(近い!)
こういう風な心理効果を期待出来るのだ。
これは経験則的にそうなのだが、人は分からないと共感出来ないが分かりすぎるとつまらない、となる。僕らは我儘なのだ。
この距離感を自在にコントロールすることで歌詞により深みや親しみを与えることが出来る。
❸実践:暗示と距離を活かした実例
それじゃあ実際に暗示表現を使ったり、距離感を操作したりしてみよう。まずは例歌詞を作る。
なんか文字数がぐちゃぐちゃしてて気持ちが悪いが一旦こうする。
さて、文章は一見よくあるタイプの歌詞なのだが、ちょっと全体的に距離が近い上にパッと見で何が言いたいか分かりにくい。
これは僕の手癖だ。簡単な単語で口語、それから主目的をややぼかす。この手が悪いよこの手が。
まず、主目的をハッキリさせる。
これを読んでいる鋭い読者諸兄方なら分かるかもしれないが、要は『新年度を迎えて君と離れるのヤダヤダ』みたいな歌詞だ。卒業ソングかもね。
ということでこの文体のまま、一旦中途半端についてる暗示表現を外して主目的をハッキリさせたベタ歌詞にダウングレードして整理しよう。
ダウングレードした。元からそんなに良くなかったのが明確にダサくなったが、分かりやすくはなった。
もし最初の歌詞で拾いきれなかった読者の方が居たとしても、この文章なら拾えるはずだ。
では、今回は最後1行で書かれている『まだ春になって欲しくないの』の距離を近くして、おぉってなる感じの歌詞にしていこう。
距離は常に相対的なものなので、ここをより近付けるには他を遠ざける必要がある。そこからトライしていこう。
まずは最初の2行『貴方は春になったらどこかへ行ってしまう』を遠ざける。シンプルな手法はやはり「難しい単語の使用」だ。
Googleで『春 難しい言葉』で検索したところ【花冷え】という言葉が出てきた。ウヒョー!カッコイイ!
これを使っていこう。
……。
想像よりダサいけども、まぁなんか一旦いいか。一旦こうしよう。
さてこのままだと、距離感は確かに1/4歩くらい離れたけれど大した効果は出てないので、なんとかしよう。
こういう時は比喩だ。
かなり最初の方に話した暗示表現を使う。
「遠く」を「知らない街」と変更する。暗示にしては柔らかいがしないよりマシになるのを期待する。
それから結構普遍的な比喩だが、主語を差し替えて擬人法にする。
「貴方は花冷えになったらどっか行く」を「花冷えが貴方をどっかに連れてく」に変えてみる。
アラ!となったのではないか?
さっきのよりだいぶマシに見える。いいね。
では「私はまだ心の整理が出来てないの」も遠くしよう。こういう難しくする単語が無さそうなのはさっそく暗示表現を使う。
1番最初の例文で「雪解け」ってあったのでそれベースで雪っぽい何かを取り入れてみよう。
こうかな。これでいきましょう。
なんにせよ人は何かに置いてかれると焦って思考回路ぐちゃるもんね。コレでいきましょう。
さあ、ここまで来たら後は上手いこと最後の一文をより近い表現にするだけだ。
恐らく、もう「春」という単語は必要無い。何でも良いから現状への停滞を示せるものがあればいい。
後輩としてみた。わかりやすい。近い。身分も明かしてる。
しかも「良い後輩」だから、コイツ全然アプローチ出来てないやんけ!のニュアンスも付く。何しとんねん春来てまうやろ!となる。
さて、見比べてみよう。
↓↓↓
どうだろうか。
やはり手癖で適当に書いたやつよりも、グッとメリハリがついて歌詞らしさが出てきたと思う。
最初の距離感がよく分からない文章よりも改善後の方が聴きごたえがありそうだ。
惜しむらくは、文章的に「貴方」にとっては春という季節が希望に満ちてそうなので、やはり「花冷え」は適して無かった。「春風」とか暖かくてポジティブなニュアンスのある言葉にすべきだったと思う。反省。
という風に改善点は幾らかあるものの、距離感を調節したことでちょっとしたコクのある歌詞にすることが出来た。
これが暗示表現と距離のコントラストの話です、で纏めます。試してみてね!
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