あるところに一本の小さな苗がありました。
 苗は植えられた土壌に根を伸ばし、日光を浴び、雨を浴び、ゆっくりと育っていきました。
 春が過ぎて夏になり、暑い陽射しに耐え。
 夏が過ぎて秋になり、初めての小さな葉の色を変えてやがて地に落とし。
 秋が過ぎて冬になり、冷たい風と重たい雪と、太陽のない日々に耐え。
 冬が過ぎて春になり、苗はたくさんの枝を伸ばし葉を広げ。
 やがて苗は、一本の、小さな若木になりました。

 若木は土壌に根を伸ばし、日光を浴び、雨を浴び、すくすくと育っていきました。
 ある時、若木は、うんと伸ばした新しい枝の先が。
 その向こうにある、何か別のものに、ぶつかってからまり、風にあおられ。
 ぎしぎしとこすれたあげくに、ぽきんと折れて先っぽが失われたことを知りました。
(痛い!)
 若木は初めて、痛みというものを知りました。
(なんだこのジャマなやつは!)
 何本の新しい枝を伸ばしても、その方向へ行くと、何かにぶつかってしまうのです。
 若木は苛々しました。
 やがて、反対側からも、なにかが自分の枝の先にぶつかってきて、からまり、風にあおられて、ぽきんと折れることが何度もありました。

 若木は知りませんでしたが。
 そもそも、苗だった自分は。
 街道沿いに、等間隔で。
 何本とも知れず見渡す限りの。
 灌木の並木道になるようにと、植えられた存在だったのです。
 左右に枝を伸ばすと、必ずとなりの何かとぶつかるので。
 若木は、前と後ろにうんと!枝を伸ばすことにしました。
 誰にもぶつからずに、気持ちよく、ぐんぐん伸びることができました。

 ある夏の初め。
 うんとうんと伸ばした枝の先に、たくさんの葉をつけ花を咲かせて、やがては実をぷくんぷくんと膨らませ。
 若木は成木になりました。
 あいかわらず両隣のやつはお互いのジャマしかしませんでしたが。
 前と後ろに精一杯、伸びて日光を浴びていました。
(気持ちいいなぁ!)
 初めての果実をたくさん実らせて、成木はそう思いました。

 ところが。
 なんでしょう。
 酷いではないですか。
 いきなり前と後ろのたくさんの枝の先が。
 じょきじょき、ばきばきと。
 なにかに切り落とされたのです!
 そして。
 なんでしょう。
 酷いではないですか。
 まだ青い、固い、小さな若い実たちも。
 じょきじょきちょきんちょきんと。
 切り落とされて、泣きながら地に落とされたのです…

 成木は酷い衝撃を受けて、哀しみと怒りの香りをだしました。
 成木の左右のなにかたちも。
 一斉に、哀しみと怒りの香りを発していました。
 じょきじょきばきばきちょきんちょきんは、嵐のように訪れて、そして去っていきました。

 成木はしばらく痛みに哭き、失った青い実たちを嘆いていましたが。
 せめてと、残された果実たちを大きく真っ赤に育て。
 失われた枝の先にいくはずだった栄養を、残った葉と、上に伸びる幹の先にふりわけました。
 そうしてその夏と秋と冬は終わり。
 次の春がきて、次の初夏に、また同じように前と後ろのじょきじょきばきばきちょきんちょきんが、襲い掛かってきたのでした。
 そうしてそれは、そのあと毎年、同じように襲い掛かってくるものでした。

 成木はやがて気がつきました。
 そろそろ左右のものたちとは、根すら絡み合って気づまりになるころでした。
 じょきじょきばきばきちょきんちょきんは、
 いつもは自分たちに優しく声をかけ、日照りの時には水をまき、洪水のときには土を掘って水を追い出してくれる…
 同じ、そのなにかが、自分たちにしている災厄なのでした。

 樹木たちは知りませんでした。
 自分たちはヒトと呼ばれるその動くものたちが。
 ヒトのための街道沿いに植えた、灌木の風よけ並木だ、ということなど。
 樹木にとっては災厄でしかない、じょきじょきばきばきちょきんちょきんでしたが。
 それはヒトの都合で、灌木の見目と大きさを整えるためのものなのでした。
 ヒトは灌木の葉の勢いのよいこと、副収入として得られる果実の、数を減らしてでも大きく甘く育てて高く売れることに、価値をみいだしていました。
 樹木の先を毎年刈り込みはしますが。
 それは愛情をこめて世話をしているつもりだったのです。
 要らない枝葉や未熟果は落としても。
 本体の幹には十分な栄養と水と日光をと。
 心を砕き、愛情を注いで、世話をしている…
 つもり、なのでした。

 やがて。
 育ち、老いはじめた、かつての一本の苗木は。
 左右延々とならぶ同じものたちが、諦め、刈り込まれ。
 狭い間隔に根詰まりを起こして、枯れ始め。
 まだ生きているのに、情け容赦なく切り倒され、引き抜かれ。
 新しい苗に、植え替えられていくなかで…
(いやだ!)
 と、強く感じ、強い香りを発して、
 ヒトに怒りを伝えようとしました。

 ヒトはそれに気づきませんでした。
「なんだこれは?こいつだけ、いやに幹の皮が硬くなってこぶこぶだ。」
「切り倒せない。斧の刃のほうが欠けっちまった。」
「うすきみわりぃ。」
「なんかとりついてんじゃねぇのか?」
 他は植え替えられた新しい無垢な苗木が育ち始めるなかで。
 その老木だけは、頑固に立ち続け。
 左右の苗木が成木に育って、またじょきじょきばきばきちょきんちょきんが始まるなかで。
 根づまりを起こしても、怒りと哀しみの強い力だけで、ひたすら立ち続けていました。

 ヒトはついにその怒りと哀しみの強い香りの意味に気づきませんでしたが。
 飛び交う羽虫の精霊たちがさすがに哀れに思い。
 遠くの大樹神に、その怒りを伝えてやったのでした。
 大樹神は、神霊となって古老木を訪れました。
(おまえは、なにがしたい?)
(…伐られたくない。)
 古老木は答えました。
(おもいきり、すべての方向に、自由自在に枝葉と根を張って。
 おのれの寿命の限界まで。
 育ち尽くし、生き尽くしたいのだ。)

 大樹神は古老木に、うごくものたちのように自由に抜き差しできるのできる魔の根を与えました。
 魔樹仙となった古老木は歓喜して根を動かし、土壌と街道と従順な並木たちを蹴り崩し。
 どこまでも、どこまでも。
 のんのんわさわさと、巨大に、さらに巨大にと、無限に育ちながら。
 ゆっくりと、自分なりの速度で、歩き、駆けていって。
 途中の畑も街道も街並みも都城も。
 ヒトの為したこしゃくなものどもは、蹴散らし、踏み抜いて。
 広い広い、どこまでも広い、まだヒトはだれも訪れたことのない、高くて広い天地へと、駆けていって…

 そこで、伝説の、大樹魔神となった、ということです。


 おしまい。

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