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【コラム】AIとどのように付き合えばいいのか

立正大学データサイエンス学部 教授 北村行伸

近年急拡大してきている生成AIとの付き合い方について考察します。AIを過度に評価し追従するのではなく、また、不必要に恐れ、敵対するのでもなく、人間が今後の社会を運営していく上で、不可欠な同伴者として、切磋琢磨すべき対象として扱うべきでしょう。

■生成AIがもたらしたもの

 昨年、11月に対話型AI(生成AI)であるChatGPTがOpenAI社からリリースされ、またたくまに利用者が1億人を超え、多言語での対応も可能であり、世界的なインパクトを与える技術として注目されています。この生成AIは画像、文章、音声、プログラムコード、構造化データなどさまざまなコンテンツを、人間が作成するような自然な形で、しかも短時間で生成できるところに特徴があります。会議の議事録の作成や、講論の論点の整理などに使えるだけではなく、音楽や画像を作成するAIと組み合わせて、創造的な音楽を作曲し、空想的な絵画を制作することもできます。本文中のイメージ図は私が指示して生成AIに描いてもらったものです。プログラムコードを書き、具体的な数学の問題を解き、プレゼンテーション向けの挿絵を描いてくれるのは、われわれ研究者にとっては、有能な助手を得たようなもので大変助かります。
 このようにChatGPTは日常の事務作業や研究の補助的な分野で画期的な利便性を発揮してくれそうですが、同時に、学生にとっては、学校での課題やエッセイなどをあっという間に書いてくれる便利な道具として使いたくなることも否定できません。実際に世界中の多くの教育関係者や教育機関が、学生にChat GPTの授業中の使用を禁止し、これを用いて論文を作成すること自体を禁止する動きも出ています。
 ゴールドマン・サックスのエコノミストの予想では、人間の事務作業の60%以上をAIが取って代わるようになるということです。もちろん、このことは人間の仕事がなくなるという訳ではなく、AIが向いている仕事はAIに任せて、人間しかできない仕事に集中すればいいということでしょう。ただ、現状ではAIがどこまで人間生活に浸透し、どこまでAIが人間の仕事に取って代われるかが展望できてはいません。またAIが人間に取って代わるにふさわしいとされる仕事の多くが弁護士、税理士、銀行員、医師、官僚、教師などが担ってきたものです。これらの職業は、これまで社会的に高い地位が与えられてきた専門職で、それなりの資格や国家試験などによって参入が規制されてきた業種です。ChatGPTの最新版では、各国の司法試験や医師国家試験などを高得点で合格することが報告され、またIBMの医療AIワトソンの医療誤診率も、熟練の専門医と引けを取らないぐらい低いと言われています。これらの事実はAIが近い将来、人間の知的労働や創造的労働まで奪ってしまうのではないかという危惧を抱かせるものです。
 また、ChatGPTがいかに知的に高度な回答をするとしても、それは過去の人間が蓄積してきた書籍や論文、美術や音楽の芸術作品やポップミュージック、映画や演劇などを学習した情報の中から生み出した回答に過ぎないという議論もあります。さらに、AIが使う情報に制約をかけない限り、著作権や知的財産権を侵害するような作品を生成したという報告もあります。
AIが進化するにつれて、その危険性も増すという認識はもつべきであり、AIに関する適切な規制やAIに関する全般的な利用憲章のようなものを準備しておく必要はあるでしょう。
 実際、今年5月18日から広島で開催されたG7サミットでもAIへの対処が議題として取り上げられました。そこで討議され内容は(1)AIのルール作りに向けた国際的な議論の重要性、(2)生成AIの可能性と課題を早期に把握する必要性、(3)関係閣僚に対し、年内を期限に、生成AIに対するG7の見解をまとめるための協議を指示。著作権を含む知的財産権の保護、外国勢力による情報操作といった偽情報への対処、透明性などを対象とする、(4)経済協力開発機構(OECD)などの国際機関に、生成AIが政策に与える影響の分析を検討するよう要求、などと報道されています。
 今後はAIの利用の深化とともに、その危険性のコントロールについて社会的な合意の形成が急がれるところです。

Adobe Express(Beta版)を使ってAIが1分以内に描いた「キャンパスでプログラミングに励む学生達」のイメージ図

■AIとの真剣勝負

 AIは、恐らく人間にとんでもない恩恵をもたらしてくれるものとなるでしょう。そのプラス面をどのように生かし、マイナス面をどのように抑え込んでいけばいいでしょうか。
 最近、AIに関して極めておもしろい事例が起こったのでそれを紹介したいと思います。ChatGPTの登場以前に、我々がAIの進歩に関して衝撃を受けたのは、2016年に深層学習を使った囲碁対局用AIのAlphaGoが韓国のプロの棋士イ・セドル(李世ドル;Lee Sedol)に4勝1敗と圧勝した時です。当時は、大半の人が、まだ最高峰のプロ棋士には、AIは敵わないだろうと予測していた中、AlphaGoが当時、最高峰の囲碁棋士を完全に破ったことで、深層学習AIによる新時代が幕を開けたと感じた瞬間でした。さらに、AlphaGoは2017年5月に中国の最強棋士柯潔(カ・ケツ:Ke Jie)九段との対戦に3連勝し、対人での碁の対局は終了すると宣言しました。
 AlphaGoにしてみれば、現状で、これ以上、強い棋士は存在しないということで、対人での囲碁対戦を続けても得るものがないと判断したのでしょう。実際、韓国のイ・セドルは「たとえ私がナンバーワンになっても、負かすことのできない存在がある」と語り、2019年にプロ棋士を引退しました。
 Google(Alphabet)はAlphaGoを開発したDeepmind社を買収、その深層学習の技術を発展させ、2017年に深層学習モデルTransformerを開発し、生成AIの基盤を作り上げてきました。OpenAIの開発したChatGPTも基本的には、このTransformerの技術を使っています。しかし、話はここでは終わりません。
 AlphaGoが人間との対局は意味がないので、対人対局は中止すると宣言して6年後の今年、アマチュアでトップランキングの1つ下のレベルの米国人棋士のケリン・ペルリン氏がAlhpaGoクラスの囲碁対局用AIと対戦し、15戦14勝という圧倒的な強さで勝利したというニュースが入ってきました(『ファイナンシャル・タイムズ』、2023年2月18日付)。その裏にはトップクラスの囲碁対局AIと100万回以上対局させ、その情報から人間が利用出来る盲点を発見したカリフォルニアのFAR AIという会社があります。この会社とペルリン氏が組んで囲碁対局AIにリベンジを果たしたのです。
 ここでペルリン氏が用いた戦略は、自分の石でゆっくりと大きな輪の形を作り、相手の石を囲みつつ、盤面の他の隅の動きでAIを惑わすというもので、AIは囲いがほぼ完成していても、そのリスクに気づかなかったということです。このような戦略は人間なら簡単に気づくはずのものですが、AIの盲点を見事についた戦略であり、囲碁AIは、対戦中に学習して戦略を修正することも出来ず、15戦で14敗という惨敗を喫したということです。
 この戦略は明らかに囲碁AIに勝つための戦略であって、対人での囲碁で使える戦略ではありません。囲碁AIは人間の囲碁トレーニングに使うものであって、囲碁AIに勝つためだけの戦略を見つけてもあまり意味はないのではないかという意見もあるかもしれません。実際、イ・セドルやカ・ケツがAlphaGoと対局した時には、彼らは人間と碁を打つ時と同じような戦略で真正面から対戦しました。恐らく彼らは囲碁AIの過去の戦い方やそこから見えてくる弱点などについて事前に準備も調査もしていなかったでしょうし、囲碁AIと対戦するための独自の戦略という発想もなかったでしょう。それはトッププロのプライドから来たものかもしれませんが、囲碁AIが通常の対人対局でトッププロに負けないレベルに達している現在、囲碁AIに勝つための戦略を立てて真剣勝負を挑むことはAIに対する正しい付き合い方だと思います。今年になって、ChatGPTが大ブレークする中で、囲碁AIに再挑戦し、それを人間が打ち負かしたことは極めて示唆に富むことです。
 我々はChatGPTの回答や反応を見て、学習情報が明らかに不足している(嘘をついている)と感じることがあります。恐らく囲碁AIがペルリン氏の戦略にまともに対応できなかったのも、人間同士の囲碁対局では使われたことのないような展開に、AIが付いていけなかったということでしょう。そういう意味で、私はAIの弱点、盲点を見つけること自体に大きな意味があると思っています。すなわち、現在ブラックボックスになっている深層学習モデルの中で生成される反応の内、どれが確実な情報に基づくもので、どれが確率的に高い精度の答えで、どれが情報をほとんど持っていない領域の反応なのかを識別し、AIの弱点・盲点を改善していく必要があります。囲碁対局用AIも今回の惨敗に基づいて、新たな学習を重ねることで、その戦略上の盲点を克服して、より強力な囲碁AIへと進化していくことが期待されます。さらにその上で、検証用のAIによって囲碁AIの別の弱点・盲点を見つけ、それを実戦で使うことで、囲碁AIの改善を重ねていくというような自己修正過程を実施していくことが、すべての深層学習モデルAIに求められていることだと思います。

■AIとの共存

 AIが人間にかなり近い存在で、人間の社会的な行動の大部分を代替してくれる可能性があることは既に論じた通りです。同時に、AIと人間の違いを強く感じるのは、AIは感情や娯楽という意識を持っていないということです。
 SF小説や映画で人型AIロボットと人間の間に、感情や愛情が芽生えるという描かれ方をされることがありますが、少なくとも現状ではAIに感情があるという確固たる証拠はありません(一部の研究者は感情のようなものがあると主張していますが)。このことは何を意味しているでしょうか。
 例えば、囲碁、将棋、チェスなど碁盤を使うゲームでは、人間は楽しみながら対戦しており、その中でもとりわけ、いくつかの名勝負については、その勝負の流れを追うことで、通常の勝負とは全く違った喜びを感じることがあります。それに対して、AIは深層学習によって、人間よりはるかに複雑な戦略の計算結果をあっという間に得て、次の一手を打ってきますが、局面局面で次の一手を楽しんで考案しているとは思えません。また、通常の勝負と名勝負の間にAIとして違う味わいを感じているとも思えません。
 これは他の創作活動にも言えることです。絵画の構図や小説のあらすじを構想する時に、画家や小説家は大変なエネルギーを注いで、今までになかった作品を生み出そうとするものであり、それこそが芸術家の喜びであり、創造者としての本質がそこにあるとも言えます。それに対して、生成AIが生み出したとされる、絵画や音楽、小説は、本当に芸術家が費やした生みの苦しみを経ずに、既存の芸術作品を換骨堕胎して、要求されたテーマに基づいて組み替えたものを、ものの数分で「作品」として提供しただけに見えます。このAIの行為は、我々が芸術活動と考えるものとはかけ離れています。
 当面は、社会的に必要とされる事務処理などをAIが中心となって請負い、創造性が必要な芸術活動などは人間が中心となって取り組むといった分業が必要になってくるでしょう。もちろんAIが補助的な創作活動に関わることはあるでしょう。
 さらにその後、AIが人間の感情、創作の苦しみや喜びを感じられるレベルにまで進化すれば、AIに純粋な芸術活動の一端も担ってもらうようになるかもしれません。付言すれば、AIが言葉の上だけでなく、我々と同じような感情や愛情をもつためには、個人的な意見になりますが、深層学習モデルの枠を超えた自律的な生命体としての機能やそれに準じた機能を持つことが必要だと思います。もちろん、AIがそこまで進化することを許すかどうかは、人間の判断にかかっています。

Adobe Express(Beta版)を使ってAIが1分以内に描いた「AIによるネットワーク社会と自然との共存」のイメージ図

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