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[Vol.9] データ利用と法的リスク

立正大学データサイエンス学部データサイエンス学科 准教授 南部あゆみ

「できること」と「やっていいこと」
 数年前、就活情報サイトの運営会社が、利用者の内定辞退率を企業に販売していたことが分かり、大きな問題になりました。運営会社は、利用者の閲覧履歴などをもとに内定辞退率を算出していました。閲覧履歴というデータを分析・集計することで、内定辞退率という商品を生み出したのです。しかし、これは個人情報保護法に違反するだけでなく、倫理的にも問題のある行為です。
 こうしたデータ分析は、やろうと思えば可能です。しかし「できること」と「やっていいこと」はイコールではありません。難しいのは、その線引きがハッキリしないことです。

J社の事例1
 J社という会社が起こした、2つのトラブルを見てみましょう。J社は、タクシーの配車アプリを提供する会社です。タクシー内に設置されたタブレット端末には広告が映されます。J社は広告を効果的に流すために、端末のフロントカメラで乗客の顔を撮影し、自動的に性別を推定した上で、広告を選択していました。
 顔の画像は個人情報です。個人情報を取得するには、その利用目的を通知または公表しなければなりません。しかしJ社は、カメラが存在することや画像の利用目的について、十分に説明していませんでした。個人情報保護委員会は、J社に対して行政指導を行いました。

J社の事例2
 J社は、配車アプリで取得した位置情報を、利用者の明確な同意なしにインターネット広告会社に提供していました。位置情報については、利用者が設定します。ただ、利用者が位置情報の取得を「常に許可する」と設定した場合、配車以外の時でも位置情報が提供され続けていました。
 この位置情報をもとに、効率的な広告を配信することが目的です。もちろん、位置情報は匿名化した上で提供されます。また、プライバシーポリシーには「位置情報などを第三者の広告配信・表示に利用することがある」旨が明記されていました。
 位置情報だけでは、個人を特定できません。しかし利用者からすれば、様々な情報を組み合わせることで個人を特定できるのではないかと不安になり、ネット上で炎上する事態となりました。結局、違法行為ではないものの、J社は広告利用の停止とデータ削除に追い込まれました。

 事例から何が分かるのか
 事例1のように、個人情報の不適切な利用は違法行為です。論外です。しかし、個人情報でなくても、やはり不適切な利用は問題なのです。事例2のように、たとえ合法であっても利用者に不信を抱かれたら、簡単にSNS等で炎上します。それは、ビジネスとしては失敗です。
 データを分析して、効率的な広告配信ができるのだとしたら、やりたくなりますよね。しかしそこで「やっていいのか」を見極める必要があります。法律の知識は、リスク感覚を養うのに最適です。明確な理論や基準が存在し、思考の型を習得できるからです。また、様々な教養も欠かせません。データを扱う人は、そのリスクを認識して行動することが求められるのです。