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【コラム】背面跳びの物理学

立正大学データサイエンス学部 講師 成塚拓真

走り高跳びを例に物理学について考えてみましょう.

■はじめに

 皆さんは走り高跳びという競技をどの程度ご存知でしょうか?オリンピックや世界陸上を見ると分かるように,今のところ最も効率的な跳び方(と信じられているの)は背面跳びです.実は,この背面跳びには,物理学(特に力学)のエッセンスが詰まっています.物理学というと,数式がたくさん出てきてなんだか難しい学問のように思えるかもしれません.ですが,普段色々なスポーツをしている皆さんは,物理学を身体で理解しているはずです.ここでは,背面跳びを例に,物理学を頭で理解してみましょう.

図 背面跳びの助走から着地まで

■助走

 背面跳びでは,まず直線助走によって十分な助走スピードを獲得します.このように速度が増加する度合いは「加速度」という量で表されます.皆さんは,加速度を得るために地面に力を加える必要があることを身体で理解しているはずです.一方,このことをちゃんと数式で表したものが,「ニュートンの運動方程式」です.これは,物体の加速度が加えた力に比例し,質量に反比例するという関係式です.
 直線助走で十分に加速できたら,後半は曲線上を走ります.曲線助走は,車のハンドルを切るようなものなので,身体が外向きに引っ張られます.このときにはたらく力は「遠心力」と呼ばれ,曲がり方(曲率)がきつくなるほど,助走スピードが速くなるほど大きくなります.遠心力に対抗するには,スピードを調整しながら身体を曲線の内側に傾ける技術が重要です.さて,助走の後半で,なぜこのように曲線上を走るのでしょうか?その答えは,実際に背面跳びをやってみると分かります.背面跳びとはその名の通り,背中からバーを越える跳び方ですが,曲線助走をすることによって踏み切り後に勝手に身体が回転してくれるのです.物理学では,このように身体が回転する勢いを「角運動量」という量で表します.曲線助走の大きな目的は,自然に角運動量を獲得することにあるわけです.

■踏み切り

 助走が終わったら,いよいよ踏み切りです.踏み切りの目的は,助走で得た速度を上向きの速度に効率よく変換することです.このときに重要になるのは,大きな力を長い時間地面に加えることです.物理学では,これを「力積」という量で表します.初心者が背面跳びをやると,ほとんどの場合,垂直跳びのようにゆっくりと屈んでから踏み切ることで力積を大きくしようとします.しかし,実は走り高跳びではこのような踏み切りは現実的ではありません.というのも,走り高跳びには,片足で踏み切らないといけないルールがあるからです.
 では,どうするかというと,固い棒を地面に対して斜めに叩きつけるように踏み切ります.このとき,なるべく身体を一本の棒のようにして力が逃げないようにすることが重要です.このように踏み切ると,踏み切り足を支点にして一本の棒が起き上がる「起こし回転」という現象が起こります.この起こし回転では,踏み切り足の筋肉が強制的に引き伸ばされた後に急激に収縮することで力が生まれます.これは「伸長反射」と呼ばれ,垂直跳びのような踏み切りよりも短い時間で大きな力が発揮できるため,効率的に力積を獲得できるのです.

■空中動作と着地

 踏み切りが上手く決まったら,後は背中からバーを超えるだけです.ただし,ここで頭に入れておくべきことがあります.それは,身体が描く軌道です.実は,踏み切った後に自分でコントロールできるのは,身体の回転だけです.これは「クリアランス」と呼ばれる技術です.一方,空中でどんなに身体を動かしても,(空気抵抗が小さければ)身体の重心は必ず「放物線」を描きます.これは,ニュートンの運動方程式から導かれる絶対的な物理法則です.身体の重心が放物線を描くということは,バーのあたりに放物線の頂点が来るように踏み切れば良いことになります.そうなると,バーが高くなるほど遠くから踏み切る必要がありますね.皆さんが直感的に理解しているこのような事実も,物理学を使えば数式で説明できるのです.

■おわりに

 物理学を頭で理解することはできたでしょうか?今回のように,人の動きを物理学によって理解する分野は「バイオメカニクス」と呼ばれます.立正大学データサイエンス学部では,「データ分析のための物理」という授業でバイオメカニクスの基礎を勉強します.なお,ここで紹介しきれなかった細かい技術も含めて,もっと深く知りたい場合には文献[1]を読むことをおすすめします.

【参考文献】
[1] 真鍋周平,走り高跳びの教科書,https://highjumper.jimdofree.com

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