見出し画像

Pilier



今日タクシーの中で自分のInstagramを読んでいて泣きそうになっていた。
カレンダーを見返すとあれからちょうど一年が経つ。

同じ文章にはなるが、追記して再記とする。


Pilier

私が忘れない為にインターネットにタトゥー を彫ります。

ODD Foot Worksのライブに新木場STUDIO COASTへ彼と向かった。
珍しく早く到着したので工場地帯の歩道を散歩して過ごし日も暮れて会場に向かう途中、「ニャー」と聞こえた。
私は反射的に「ニャー」と返すと草むらから猫が顔を出した。少し育った子猫だ。

やけに人懐っこいが周りを見ても親猫もおらず、飼われている形跡も地域猫の印もない。
ひたすら私達の足にまとわりつき、ずっと鳴き声を上げている。
怖がる様子もなく、少し動くと着いてくる。
ここは工場地帯。トラック交通量が多く小雨も降っていた。
とはいえ今すぐ何かできる訳もなく、大きな怪我もしてなさそうだった。
抱き抱えてしまった私はその場から動けなくなった。
ライブの時間も迫り、後ろ髪引かれる思いでそっと歩き進むと猫はある一線を越えてこなかった。彼が「きっとここにまだいるよ」というのでその場を離れた。

ライブも終わり(最高)、早歩きでさっきの場所に戻ると猫の姿はない。もう居なくなっちゃったかと思いながらも私が「ニャー」と鳴くと「ニャー」と返しながら草むらから出てきたのだ。感動した。

何が正解で何からが保護で、生態系を崩してしまわないか。
車のドアを開けたまま、来るか来ないか。
車に乗ってきても「どうしたい?」と猫に何度も聞いたし私も聞かれ続けた。
その場で40分以上。
どの選択肢も選べないまま車にエンジンをかけ二人と一匹で進んだ。
ドン・キホーテで猫用ご飯と猫砂と桶を買い簡易トイレを用意した。

普段玄関からキッチンには
ドラムが置いてあるが出払っていたので
そこが猫の部屋になった。
その日は夜遅くまで撫で寄り添った。

次の日、朝一で近所のペットショップでゲージを購入した。
飼うか決まってもいないのにあらゆる猫用品に目移りがする。
動物病院を探したが家の近くは定休日ばかりでこの日はAAAMYYYのライブで二人ともLIQUID ROOMに行かねばならなかった。急いで家から少しだけ離れた病院に足を運んだ。

診察はノミの駆除と虫下しの薬、少しだけ目も感染症のようだった。
獣医と看護師が顔を見合わせて申し訳なさそうに笑っている。
保護した事情を話し進めると先生が「実は…」と口を開いた。
診てくれた先生の家の猫が亡くなり数年経ち、新しいキャットタワーがあるのにも関わらず肝心の猫がいない、と。当てがなければ是非とのことだった。

私達には心苦しいことに飼えない理由がいくつかあり、当てがないわけではないが獣医に飼われるなんて幸せこの上ないのでは?
だがあまりに早い判断の要求だ。
既に私はこの子が可愛くてしょうがない。
考えてしまうほど手放せなくなるので、昨日からこの子の渡り手については考えを放棄していた。

「はい、よろしくお願いします。」と言うのに渋った自分と
押し殺して「先生に貰われたら幸せですね」と口にする自分がいた。
先生は家族に電話して確認した後、私が今日の曜日しか通勤していないので今日そのまま引き取りますよと言った。
今日?
思ったより早いさよならだ。
今渡さないともう猫の一番幸せを考えられなくなってしまう。
彼に電話してその話を伝え、お別れになると思うけど良い?と聞いた。

彼も想像してなかった展開に色んな言葉が続く。15分以上続いてただろう。
その様子を見ていた先生が今日じゃなくてもいいですよ、と声をかけてくれた。
今日1日だけ、と私は猫を連れて帰った。

その日本当は私も仕事の予定だったが、たまたま入り時間が大幅に遅くなった。
その間ずっと猫が寝付くまで遊んでいた。
ゲージに入れずにそっと家を出た。

私も彼も仕事から帰宅すると
中ドアの前に座ってこちらを見ていた。
私達は悶絶して次の日を考えずに遊びに付き合っていた。私達が付き合われてたのかもしれない。

意図的に名前を付けずにいたが、その日の夜は私達は名前を付けてしまった。

昼を迎えて動物病院に行く。
車の中で声色を変えて猫が鳴く。
先生を待つ。
病院の看護婦さんが三ツ矢サイダーをくれた。
先生が旦那さんと来た。

「名前はありましたか?」と聞かれ
「ないです。」と彼は即答した。

その夜、気力がなくなった私達はウーバーイーツでカツ丼を食べた。
食べながら二人とも号泣していた。
取調べ室か。
長年一緒にいるがお互いにみたことない泣き方をしていた。

その後3日間、私は猛烈に感じた事のない喪失感でいつでも泣いていた。
愛犬が16年で幕を閉じた時とはまた違い、元気に生きていているのに襲われる喪失は不思議だった。
インターネットで「保護猫 返してもらうのは」で何度も検索した。
彼もならないように写真を見返さないようにしていた。

何度、何を考えても良いことではなかったが
猫が大人になったら写真を見せてもらおう
叶わなくてもいいからそのお願いだけしようと思った。
先生の連絡先を聞いていなかったので
わざわざ病院に電話した。
本当に厄介だろうと思いながらも。

清く受け入れてくれた先生のLINEアイコンは前に飼っていた猫だった。
少し似ていたのだ。とても腑に落ちた。
すぐ写真が届き、名前を伝えられた。
渋過ぎて笑った。

新しい名前でもあり、もう一つの名前をもつ猫になった。
ヨソの家の猫なったそれを認識した途端、安心してロスからするりと抜けた。
先生のLINEアイコンは今2匹の猫のコラージュになっている。

たった2日間、あまりに愛しかった。
細かい全てのこと、全ての時間が必然だと思う。
私は幼い野良を拾うのは人生で二度目だ。
愛犬はうちで生涯を終え、猫は最高の家庭にもらわれた。
寂しい夏にありがとう。

2021.09.09



この日から二度だけその獣医に写真を送ってもらった。その二度きり。
何の心配もない。きっと甘やかされし尽くしてるくらいだろう。確実に幸せだろうに愛たくなってしまう時がある。
忘れたりする日も勿論ある。
引っ越した家にいる想像をする日もある。
なぜこんなにも心惹かれてしまうのか不思議に思う。

誰かの、何かの、幸せを願うことは単純だがなぜだか寂しいのはあと何度繰り返されるだろうか。

トイレ一度で覚えていて感動した。
ベッドからはみ出して寝る姿に悶絶した。

私達ももうあの家にはいないし
あなたもいない。

お利口さんだった

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?