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「たった一人の君へ」

出かけると、たいがい小雨で、晴れた時にはなんだか特別みがやけに増す。
薄曇りの10月はじめ、なんでもない日、友達と出かけたついでにハロウィンの飾りを探して100円ショップへ立ち寄る。
他にもいくつか欲しいものがあってそれらを手にした後、目当ての売り場をじっくりじっくり見て回った。年々気合の入ったグッズが増えている気がするが、ふと、何年か前に見た100均バイヤーの裏側の番組を思い出して、少しだけ切なくなってそして笑ってしまった。
良いものとか安いものとか高いものとかダサいものとか、使う側の場面と世界において、同じ価値観などは存在しない。そんな風にひねくれたりしながら、大量のハロウィンカラーに溺れていく。

購入したのは、金色のヘタに真っ白いカボチャの置物、ペーパーウェイトにもなりそうな重み、なんだか冬先取りみたいなスンとした顔をしている。
蝙蝠の輪郭をゴールドのラインで拾った針金細工みたいな置き飾りは、さりげなくて、可愛い。
そして、クラシックゴーストとかいう名前のお化けの人形、レトロで掠れたカラーリングと橙のペロペロキャンディと小さめのシルクハットの紳士、指は4本だ。

すでにトイレにはカラフルに電飾で光るハッピーなお化けがいるから、ちょうどいい。どこへ飾ろうかと考えながら、そういえば小さな踏み台が壊れていたことを思い出して店員さんに声をかけた。
売り場へ案内してもらい会釈する、ありがたかったがいまいちテンションの上がらない色味だったので、その場で少し悩む。
うろうろしながら悩む。
悩む気持ちが身体から指先へ伝わったのか、ゴーストの人形を二回落とした。
やべやべ、と思いながら拾い上げたが、更にもう一度落とした。
そこで、あれ?これ壊れちゃってりしたらどーしよう?と急に思ってゴーストの顔を見るとどうやら無事だったが、左手に持ったペロペロキャンディが割れてしまっていた。かけた破片がふたつ、袋の中でぱらばらと遊んでいる。
お前のせいで…と思いかけたが、踏み台は何も悪くないなと思い直して、けれど結局、踏み台は買わずに帰った。

友達にも家族にも欠けてしまったことは伝えずに、部屋に持ち帰り、接着剤を塗ってかけたキャンディを修復する。透明の液体を割れ目につけて大きい方の破片を乗せる。
力を入れ過ぎればずれるし、こいつがなかなか乾いてくっついてくれない。微妙な力加減で優しく強く押し付ける。ハンディファンを当てながらYouTubeを流し、その時間を無心で越える。
なんとかくっついてくれたが、私の指もくっついている。ゴーストのボディや足元に触れてしまったために持ち手がぺとつく。それでもこのかけらを全て繋ぎ合わせなければという思いに駆られている私にとって、指とゴーストが合体してしまうことよりも修復が最優先事項だ。
残りの小さなかけらがぴたりとはまる隙間に、慎重に接着剤を垂らし、ふるふるとしながらはめ込む。
ぴたり、とはまり、キャンディがまあるくなった。
割れ目の前や後ろにも念入りに液剤を塗り足し、そっそ手を放して再びファンを当てる。
接着されかけていた指やゴーストのボディもしっかりと拭き上げて、ようやく人形は元の形になった。

いや、元通りなどではなかった。
べたついた後はきらついていて、ほんのほんの少しだけズレて、まるで溶けたキャンディみたいだ。
袋から開けたてのガラクタが、飾られることなく修復され、新品からいきなり不良品となり、拙くけれど唯一無二に生まれ変わった。
溶けたキャンディのゴースト君、君は間違いなく唯一無二だ。
壊してしまって気づく、直してみて愛おしくなる、大切には、ほんの少しの傷と気付きが必要みたいだ。
年に一度しか会えない君だけど、大切にするよ。

追伸。
接着剤で固まったキャンディの飛び出た部分を、確認のため掴んでみて思い出す。
私は人より少し怪力だから、また割ってしまうやもしれない。
今度は大切に扱うと、言ったばかりじゃないか。人間なんて忘れがちな生き物だから、そう自分に言い聞かせる。