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珠姫伝 第二十四回 春樹、珍走百鬼夜行に嵐をもたらす

 もう間も無く来るか―――十二歳と幼いながらも兵法者としての勘と科学者らしい統計による予測が見事に噛み合った。自ら設計した天体電波望遠鏡と電子顕微鏡に匹敵する春樹の広帯域千里眼が、龍脈国道122號線を南下するその姿を捉えていた。現在の時刻は23時43分、佐野龍穴インターチェンジを通過した所だ。このままだと丁度0時辺りに川口大龍穴ジャンクションに到達するだろう。最早一刻の猶予も無い。
「敵襲! 敵襲!」
 稲城家の屋敷中に館内放送を飛ばしながら、春樹は敵の正体を広帯域千里眼で観察し続けていた。
「相手は、サイボーグ化ケンタウロス珍走団! 現在羽生龍穴インターチェンジに接近! もう間も無く通過! 到着予定時刻は0時頃! 珍走団のチーム名はハ、ヤ、グ、リ、バ。 覇夜愚裏罵ハヤグリヴァだとッ!」
 覇夜愚裏罵ハヤグリヴァ。グンマー、引いては関八州を二分する総勢五千万台を擁する暴走族チームである。構成員全員が下半身をバイクや四駆に改造し、全身に兵器を仕込んだサイボーグ化ケンタウロスである。構成員はケンタウロスだけでなく、尾瀬エルフや足尾ドワーフ、それこそヒューマンも自らの下半身を改造して暴走行為に加わっている。北関東を活動範囲としており、暴走行為だけでなく略奪や破壊活動、薬物売買に殺人まであらゆる犯罪に手を染める北関東における恐怖の象徴と言える。南関東を支配下に置く横須賀痢芭威啊酸リヴァイアサンとは三百年近く流血を伴う抗争を続けているが、現時点で抗争に発展するような事件は起きていない筈である。
「これも珠姫の呪いだというのですか……!」
 稲城玲愛夫人が肩を震わせながらへたり込むのを、慌ててメイド座敷童と夫の稲城晃一氏が支える。
「春樹君! 迎え撃つならどこだい!」
 元自衛隊退魔部隊の小川が軍用退魔装備を背負いながら問いかける。
「川口大龍穴ジャンクション。ここなら確実に余裕を持って迎え撃てます」
「すぐそこだけど、大丈夫なのか?」
 琉球退魔手の使い手である三面六臂姿の”阿修羅”金城が梵字を彫りこんだ強化セラミックス製のトンファーとヌンチャクを腰に差して質問する。
「龍脈国道122號線はほぼ直線なので珍走団にとっても都合のいい環境なんですよ。それに、奴らが気にする事なんて気持ちよく暴走出来るかどうかだけです。何も考えずに真っすぐ南下して来ますよ」
「いやに実感が籠っていますが」
 エクソシストの飯田アンドレが鋼鉄装丁の電子タブレット聖書と背には十字架状のトゥーハンデッドソード、左腕と一体化したデビルスレイガンを携え、合流してきた。
「龍脈国道122號線沿いに住んでると、よく聞こえるんですよ。夜中にバイクの音が」
 地元住民である春樹の言に、一同は深く頷き納得した。
「風の噂では、覇夜愚裏罵ハヤグリヴァに馬庭念流の使い手がいると聞いたのだが」
 退魔新陰流の柳生“ドラゴン”静厳が興奮の余り剣呑な雰囲気を放っていた。
「僕も噂は耳にしましたが、真贋はわかりません。期待しない方が良いと思いますよ」
 静厳が若干気落ちしたのを、一同は明確に見て取った。そこへ慌ただしく足音を立てながらメイド座敷童が駆け込んできた。
「旦那様! 奥様! お嬢様が!」
 晃一氏は玲愛夫人の世話をメイド座敷童に任せ、春樹らと共に杏珠の寝室へと向かった。杏珠の寝室からはドア越しからでも分かるくらい、はっきりと少女の呻き声と霊障によるラップ音が聞こえていた。
「杏珠!」
晃一氏はドアを開けようと電子ロックに手をかざした瞬間、火花が散った。晃一氏は衝撃に弾かれ、転げ倒れこんだ。電子ロックに触れた手は赤く腫れあがり、晃一氏は痛みで呻いている。
「一刻の猶予もありません。今すぐ向かいましょう」
「そういえば、三川さんはどちらに?」
 先程から、退魔合気道の三川梓の姿が見えない。
「またあいつ酔い潰れてやがるな!」
 金城が地団駄を踏み、三つの口が揃って怒鳴る。
「酔っているのならどうせ使い物になりません。我々だけで行きましょう」
 小川に促され、退魔戦闘の達人たちは小川の対魔装甲車両に乗り込み、川口大龍穴ジャンクションの真下、西新井宿交差点に向かった。
「春樹君、連中が上の東北自動車道を使う可能性はあるかい?」
「恐らく無いでしょう。奴らも交通警察隊に爆殺されたくは無いはずです。わざわざ喧嘩売る理由も無いですし、高速料金を払う気は無いでしょうし。それに土地勘が無いのでわざわざ高速に乗ってくることはしないでしょう」
 春樹は小川の質問に答えながら、広帯域千里眼で覇夜愚裏罵ハヤグリヴァの動向を監視していた。
「もう間も無く、浦和龍穴インターチェンジを通過します。あっ、レッズサポーターの襲撃が!」
 春樹の広帯域千里眼には、道路脇から覇夜愚裏罵ハヤグリヴァに襲い掛かる赤いユニフォームの集団、浦和レッドダイヤモンズサポーターの姿が映っていた。『赤い悪魔』の異名を持つ浦和レッズサポーターといえば、対戦チームのサポーターの血でユニフォームを染め上げることで有名な集団である。真夜中の爆走に切れた浦和レッズサポーターが覇夜愚裏罵ハヤグリヴァの血でユニフォームをさらに赤く染め上げようとめいめい凶器、強化セルロース新聞紙で出来たミルウォール・ブリックなどを手に襲撃しているのだ。
「時間の猶予が少し出来ました。準備しましょう!」
 春樹の号令と共に、それぞれ戦闘準備に取り掛かる。
「ワイヤーと槍衾を用意します。これで大分動きが止まるかと」
「設置場所については私も手伝おう」
 春樹は袖からワイヤーが結びつけられた棒手裏剣、いや、それは瞬く間に大きくなり、一尺ほどの長さの太めの矢と紐になった。これこそ流春樹の得意武器、流家秘伝の暗殺術、自宅で採れた鋼鉄矢竹を軸に、川口ドワーフの鋳物職人の手で成型された鏃と安行エルフが育てたジュラルミン植木を繊維状にしたジュラルミンセルロース繊維製の紐を組み合わせた打根である。更に流家秘伝の謎技術で長さと太さ、数を自在に変化させることが出来るのだ。
「本当に便利な道具だな」
 柳生“ドラゴン”静厳が感心するかのように、春樹と小川のワイヤー設置を見守る。小川の指示通りに春樹はワイヤー状の打根を操作して、川口大龍穴ジャンクションを支える柱に巻き付けていく。矢部分は二間程の長さに伸ばし、槍衾として立て掛けておく。これで正面から突っ込んでくれば、串焼きや叉焼につくね団子の下拵えが完了する訳だ。
「俺達、基本対人特化だからなあ。小川さんや春樹君みたいに罠とかそういうのってこういう時便利だなってつくづく思うよ」
 金城が梵字入りトンファーとヌンチャクを軽く握りながら呟く。飯田アンドレと静厳も同意するように、それぞれの得物に手を掛けながら、頷いた。そこへ自転車のブレーキ音が鳴り響く。そこには未だ酔いの醒めていない赤ら顔の三川梓がいた。
「ちょっと! 私を置いてかないでよ!」
「仕事中に酔いつぶれる貴女が悪いのでしょう」
 呆れながら飯田アンドレが窘める。
「これで仕事しなかったら、どうなるかわかっているんだろうな?」
「ふえええ~ん、春樹くう~ん、みんながいじめる~」
「本件はいじめられる方に原因があると判断します。離れてください。酒臭いので」
 静厳に半ば脅されるような物言いを受けて春樹に引っ付く梓を、春樹はうっとおしそうに引き剥がした。
「今、レッズサポーターが撤退しました。覇夜愚裏罵ハヤグリヴァの損傷率は二割程度と推測。移動を再開。一分程度で会敵します」
 春樹の報告に、全員が一気に身を引き締める。金城はトンファーとヌンチャクを構え、飯田アンドレはトゥーハンデッドソードとデビルスレイガンを構える。柳生“ドラゴン”静厳は鯉口を切り、三川梓は霊子レーザーブレードを肩に担ぐ。小川はM4カービンを肩にかけミニミ軽機関銃を構えている。春樹は広帯域千里眼で覇夜愚裏罵ハヤグリヴァを観測する。道路上にバイクと骨肉の破片、引き裂かれた特攻服と浦和レッズのユニフォームが散乱している。覇夜愚裏罵ハヤグリヴァのチームメンバー達は仲間の死を気にする事無く、狩り取った浦和レッズサポーターの首やユニフォームで全身を飾り立て再発進し始めた。また春樹は杏珠の様子も観測していた。珠姫の呪いの所為かぼんやりとしか観測出来ないが、霊障と悪夢は確実に杏珠を苦しめている事が見て取れる。流春樹と稲城杏珠はただのクラスメイトであり、それほど接点があるわけではない。しかし稲城家の事情を、珠姫伝説の真実を知った今では見過ごす事など出来なかった。不思議な事にたまたま杏珠を霊障から守ったことで、今や稲城晃一氏が雇った退魔の専門家達と肩を並べて共に戦っている。プロに囲まれることで、春樹にもプロとしての意識と覚悟が育まれているのを朧気ながら自覚していた。春樹は高周波電磁ブレード『迅雷』と高周波振動ブレード『疾風』を構え、更に仕込みを重ねる。有機ELワイヤーを張り巡らし、魔法円を描く。無線スピーカーでチャントを連続で流し、有利な環境を整える。そして『迅雷』と『疾風』の柄頭のピンを片手で外すと、白煙と共に春樹と同程度であろう背丈の少女が二人現れた。両者共に角を生やし、丈の短い虎柄の和服を着ている。片方は黄色、もう片方は緑色の服だ。
「雷華さん、風華さん、出し惜しみなく全力で行きます。思う存分暴れて構いません」
「ほう、随分と張ったのう」
「それだけの相手ということです。何しろ、数が多いので」
 黄色い服の鬼娘、雷華が舌なめずりしながら春樹の言葉に心を躍らせる。
「どれだけおるのじゃ?」
「ざっと五千万程。さっきレッズサポーターに襲撃され二割ほど減って四千万でしょうか」
 緑色の服の鬼娘、風華が春樹の報告に満足気に微笑んだ。
「八人で四千万を相手、か」
「此れほどわくわくする戦いは初めてじゃのう」
雷華と風華の口角が吊り上がり、長く鋭い八重歯、いや最早牙と言っても言いそれを剥き出しにした。
「未だに信じられんよ。春樹君が雷公風伯の娘を従えているとはね」
「従っておるわけではないぞ、小僧」
「恩を仇で返すなど、あってはならぬ。そういうことじゃ」
 金城の呟きの通り、雷華は雷公の娘であり風華は風伯の娘である。春樹は二人が地上にて力を失い絶体絶命の所を救い、飯綱法で衣食住を保証する代わりに教えを乞うているのだ。普段雷華は『迅雷』の、風華は『疾風』の柄内部の空間に居住している。みだりに人前に神仙をさらせば、脆弱な人間は発狂してしまうのだ。心身共に修練を積んだ人間で無ければ、神気に当てられ廃人と化すだろう。平常心ならばさほど影響はないが、こうも闘争心を剥き出しにすれば膨大な神気が周囲に撒き散らされることになる。精神修養が済むまではみだりに外に出してはならぬ、と雷公風伯から厳命されている。
「まずは春樹君たちに数を減らしてもらおう。タイミングは春樹君に任せた。ちゃんと声に出してくれよ」
 小川の指示に、春樹は力強く頷いた。『迅雷』が火花を散らし、『疾風』が唸りを上げる。
「十、九、八、七」
 春樹がカウントダウンを始める。雷華の拳に稲妻が走り、風華の拳に暴風が纏わり付く。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と金城が六字名号を唱える度、トンファーに彫られた梵字の輝きが増す。飯田アンドレの祈りと共にトゥーハンデッドソードとデビルスレイガンからは聖水が滴る。柳生“ドラゴン”静厳の鞘の内は霊気が満ちていく。小川のミニミ軽機関銃に込められた核合成純銀の5.56×45mmNATO弾は今か今かと発射の時を待つ。三川梓の霊子レーザーブレードには既に合気が宿り、天地神明と繋がっていた。春樹は『迅雷』と『疾風』を頭上で交差させる。
「三、二、一!」
 覇夜愚裏罵ハヤグリヴァの先頭集団が一瞬で眼前に現れ、ワイヤーに絡められ、引き裂かれ、槍に貫かれた。血飛沫と肉片、金属片が飛び散り、東北自動車道の架構まで届く巨大な肉と金属の団子があっという間に出来上がる。
「Shake it a Baby!」
 『迅雷』と『疾風』が振り下ろされ、プラズマとソニックブームの嵐が覇夜愚裏罵ハヤグリヴァを貫いていった。覇夜愚裏罵ハヤグリヴァのミンチ塊は嵐に巻き込まれ嘗ての仲間をズタズタに引き裂いていく。嵐の後に待ち受けるのは豪脚でもって覇夜愚裏罵ハヤグリヴァの隊列に二つの穴を穿つ雷華と風華だ。地上の存在には為し得ぬ圧倒的な暴力が龍脈国道122號線を北上する。浦和レッズサポーターが目撃したら歓喜しそうな程派手に血飛沫を住宅街に届くまで巻き上げていく。
「では皆さん、お願いします!」
 肩で息をし、『迅雷』と『疾風』を杖代わりにしながら、春樹はあらん限りの大音声で号令をかけた。



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