マキュリオンの記憶(1/3)

「マキュリオンの話を覚えてるか?」
およそ15年振りに再会した中学時代のクラスメート神岡悠人は、再会の挨拶もそこそこに尋ねてきた。マキュリオン?何だったっけ?咄嗟に思い出せずに俺はポカンとした。彼は左の二の腕を俺に見せた。そこには色鮮やかな虹色の羽を持つ鳥のタトゥーが彫られていた。
「シールとかじゃないの?これ。凄いな。」
面食らったような俺の表情を見て彼は本物だ、と薄く笑っただけだった。

(LINE交換したけど、話なんて、別にな。)
彼と別れて勤め先の製薬会社に戻ってきた俺はデスクでぼんやり昔を思い出していた。
 成績優秀でサッカー部の主将を務めていた神岡は容姿も良く、人気者だった。父親は地元の実業家か何かで俺の家の5倍はありそうな家に住んでいた。いつも隅っこで漫画やゲームの話をしているオタクで地味な俺達とは交わることのない、勉強やスポーツなどで上位の陽気で派手なグループに属していた。当然話などした事もなかった。だから高2の一学期の夏休み直前に、突然向こうから話しかけて来た時は心底驚いた。

「なぁお前さ、漫画とか本とか詳しいだろ?『マキュリオンの伝承』って知ってるか?」

そうだ。そう聞かれた。あいつよく覚えていたな。俺は以前神話の本で偶然その生物について読んでいた。話しかけられた驚きでどもりながら知っている、と答えると彼は奇妙な事を言ってニヤリと笑った。

「俺がマキュリオンなんだよ。」

  夏休み明け、彼は学校に戻らなかった。突然誰にも何も言わず失踪したのだ。家出?事故?誘拐?彼の両親が憔悴しきった表情で校長と話しているのを見た。結局何ヶ月かかっても彼は見つからず、卒業後に隣のS市で彼を見た、いや違う。と言った曖昧な噂を耳にしたっきりだった。話しかけられたのはあの夏休み前一度きりだった。だからさっき弁当を買おうと外に出た俺に○○だよな?と突然チラシを持った彼が話しかけてきた時は誰か分からなかったのだ。今は国際ボランティアのNPO法人で働いていると言う。黒いTシャツ、ジーンズにスニーカー。ちゃんと食べているのか?と思うほど痩せていたが、端正な顔立ちは崩れていなかった。ノリ弁の袋の上に置いた『恵まれない子供に支援を』というチラシを見ながら俺は帰りに図書館に寄ろうと思った。

 【マキュリオンは色鮮やかな虹色の羽を持つ鳥の姿をした、高貴な位の神だった。だが知恵の神ルシオンを殺めた罰で、人間の少年へ姿を変えられてしまう。神の姿に戻る条件は善行を積み続けること。マキュリオンは条件通り様々な人間を助け続けていたが、長い年月を経て人間の体の寿命が近づいていた。ある日彼の元に薬師が訪れる。死の床で苦しむ瀕死のマキュリオンに薬師は見たことも無い黄金の薬を与えた。薬師の腕の中でマキュリオンは徐々に静かに…】
俺は自宅でビールを飲みながら「世界の神話辞典」を読んでいた。突然スマホが鳴った。画面を見る。上司からだ。こんな時間に何の用だ?と訝りながら電話に出ると、会社で薬のサンプルが盗まれたと言う。それは現在社を上げて開発中の新薬だった。

 次の日社内には警察が入りちょっとした騒ぎになった。4階にある新薬サンプルの部署のドアは鍵がかかったままで、中央の窓ガラスが直径10cm程割られていたのみ。両隣の窓も鍵はかかったままだった。人間がやったとしたら、スパイダーマンの様にガラスを伝ってくるしかない。しかも周囲が荒らされた跡は無く、サンプルの入った小瓶だけ綺麗に無くなっていたのも不可解だった。俺は何気なく割れた窓の外に目をやると、あ、と声を上げた。上司に何事か尋ねられ、俺は咄嗟に何でもありません、と答えて窓を背にした。外枠の溝には血の付いた綺麗な虹色の羽が落ちていた

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