みぞれ・18

コーヒーショップのテラス席に七夏が座っている。鍵を渡すだけなら何も飲まないかも知れない。店内の席に着くのは居心地が悪いかも知れないと思ったからだ。

逃げたい。会いたくない。そんなことばかりを七夏は頭のなかでぐるぐると考える。2人が約束をして会うのは初めてだ。何がそんなに嫌なのか考えられるまでには余裕がなかった。むしろ考えないようにしていた。期待をすれば、東城はそれに応えようとしてしまうかも知れないし、そんな風にして欲しいわけではない。

七夏は純粋に変わらない彼との時間を自分が求めていると思っていたが、そんな物は初めからない。変わらないでいるためには、変わっていかなくてはいけない。

席から交差点の横断歩道が見える。東城は背が高いのですぐに見つけられるはずだ。何度もそちらに目を向けるがまだ見当たらない。そろそろ電話から30分になる。携帯の画面を見るが何の連絡もない。

溜息をついてトイレに行こうと席を立つと電話が鳴った。

「もしもし、ごめんね遅れちゃって。どこに居る?」

申し訳なさそうに言う東城にコーヒーショップの場所を告げる。あと5分で彼が来る。七夏は自分でも無意識に化粧道具を持ってそのままトイレに向かう。

横断歩道の信号が赤になり東城は立ち止まる。足元がふわふわとしているように、自分の鼓動が感じられない。それは緊張しているのだと自分では分からない。普段の生活で彼はあまり緊張しない。

彼女は今日、どんな靴を履いているんだろう。無意識にどうでも良いことを考えるのは落ち着かせるためなのであろう。あの部屋の外で彼女と繋がりたい。東城はその欲求をもう自覚している。それを示さない事で、七夏の思考を引き出そうとしている。

卑怯だな、とぼんやり思う。でもこれで良い。彼女がこれで先に進めるのなら。あのアルコールと煙草の煙に満ちた部屋から出て、綺麗な靴のヒールの音を。

相手のことだけを考えて自分の幸福を顧みない事は、とても美しく見える。でも簡単な事ではないし、それに耐えられるほど彼は頑丈に出来ていない。彼女もそうだろう。

東城はテラスに座る七夏を見つける。
今日も、外は寒いのに。

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