朝の光
目が覚める。
目を閉じた意識の中でそう思った。何かを考える前に薄く開いた目で携帯を探す。8:54。アラームが鳴るまでまだ1時間以上ある。
もう少し眠っていたい。ベッドの中で腕を伸ばすと柔らかいものに当たった。彼がまだ居る。もう出ている時間なのに。寝坊かも知れないと、反射的に体を起こす。
「もう9時だよ、大丈夫?」
もぞもぞと体を動かして聞き取れない言葉を発する。その様子で寝坊では無いのだと察して、安堵の溜息をついてわたしもまた毛布に潜り込んだ。背を向ける彼の体に腕を回して、最近少し出てきたと気にしていた柔らかなお腹に触る。それでもわたしよりは締まっているのだから、気にすること無いのに。
料理の出来ない彼が一心不乱にわたしの作った夕食を食べていると嬉しくなる。料理を作るのは好きだ。外食や飲み会の日以外は大抵わたしが夕食を作るが、全く苦にはならない。本を読むことがストレス解消になるという話を聞いたことがあるが、恐らく料理も同じだろう。手順を考えて効率よく進めていく事に没頭していると余計なことを何も考えず、思考回路がリセットされる様に思う。
彼が手を伸ばしわたしの手を掴んでお腹から引き離す。
「…なにわらってんの」
「うん」
声を出さないように笑って彼の手を握り返す。
彼と同じ家で暮らすようになって2年になる。決め事はあまり多くない。痴話げんかを除いて大きな揉め事無く過ごせているのは、彼とわたしの間にある穏やかな時間をお互いに必要としているからだと思っている。これがどんなに幸せなことか、一緒に暮らし始めて本当に実感している。
「コーヒー飲み行こうよ」
彼が寝ぼけたまま言った。あと1時間。間に合うかな。
「今日休みでしょ?」
「ううん、おそばん」
「ん、シフト休みだったよ」
休みだったらどんなに良いかと思いながら体を離して一応携帯でシフトをみる。
「…あれ、休みだ」
な、と彼は体の向きを変えてわたしの体に腕を回す。わたしに合わせて休みを取ってくれたのだろう。
彼は優しくて、厳しい人だ。だからたまに自分を許せなくて苦しんでいる。不思議なことに自分ではそうと気が付かない様だ。仕事が上手くいかなくて気が立っているのだと思っていたりする。その中の妥協や決断に折り合いがつかず苦しんでいるのに。わたしに出来る事は彼の好きなから揚げを大皿山盛りに作ることくらいだし、そんな小さな事が意外と大切なのだと思う。自分のことを思って行動をしてくれる存在が身近にあること。お互いにそうあれる存在が。
「ありがと」
何も答えずに布団とわたしの肩に顔をこすりつけている。近所の彼のお気に入りの喫茶店は10時オープンだ。もう少しこのままカーテンの隙間から入り込む温度の中でまどろんでいたい。
仕事だと思っていたのにお休みだなんて得した気分だ、と言うと彼はもう半分夢の中に居るみたいだった。このまま家でコーヒーを淹れても良いかもしれない。そういえば一昨日買ったベーグルも食べてしまわなくては。
彼を起こさぬようにベッドを出る。喫茶店に行くのは昼でも良い。なんと言っても今日はお休みだ。ひとまず、彼の好きなカリカリのベーコンを焼こう。
後にしたベッドから、また彼の言葉にならない声がした。
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