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『忘れる滝の家』戯曲創作作業と今後

こんにちは、宮﨑です。青年団若手自主企画vol.86宮﨑企画『忘れる滝の家』を観に来てくださったみなさんありがとうございました。上演が終わってから約1週間が経過しようとしています。

今回の戯曲創作の中で行った「引用」の作業について、書いておこうと思ってキーボードを叩いています。基本時に「ルールを決める / ルールから外れた場合に考える」という方針でどの戯曲の時も書き方の選択をしていて、今回の戯曲を書くルールが「引用」だったので、書き残しておこうと思ったという感じです。

今回大きくあったのが、「物語(ストーリー)を書く」というスタートで、そのようにはじまったのには一応理由があって、前回の『つかの間の道』(初演2020.1)という作品で、キャラクターのひとりが宮﨑の言いたいことを言っている感じがするという指摘があったのがなんとなく頭の中にあったこと、次はここを克服したいという課題のようなものでもあったというか。あとは、長いものも書けるようになるといいねというコメント。長いものを書くにはどうすればいいんだろうという純粋な疑問。いかに自分から離れるかということ、持続するストーリーを作るにはどうすればよいのかを、次第に考えるようになったことなどがあります。

2020年12月に今回の作品でも空間設計として関わってくださった、渡辺瑞帆さんのアートスペースSUVLOGに一週間滞在し、戯曲を制作するということを行いました。ハリウッド式にならってプロットを立ててみたり、一旦書いてみよう!とひたすらパソコンを叩く作業で、いかにこれまでの自分のスタイル(手癖)で書かないようにするかということにこの時も重点を置いていたように思います。

現代口語演劇の流れの中で書くという、日常の言葉を選択しているというスタイルと、別空間別場所を同時に進めるという選択しているスタイルが既に自分にある上で、型の中身を入れ替えて更新していく入れ替えゲームのようなことにそんなに興味を見い出せなかったというのがひとつ、『つかの間の道』では自分がないという感覚をキャラクターに仮託したが、別の方法としてできないかが知りたい、というのがひとつとしてあり、「引用」という行為自体に「私性」があるのではないかということを思うに至りました。なにもないわたしでも、選ぶという行為によってなら、あることを選べるのではないか、そこにはもちろん物語には型があるため、型から学ぶことをしたかったということも含まれます。チラシやステートメントで再三書いていた「つぎはぎ」ということは「引用」ということにも関わってきます。

ストーリーを書く上での引用元として一番多かったのが映画で、上演中にも宮﨑さんは映画とか撮らないんですかと言われるなど、演劇としてやっているのにどうしてそんなこと言われなきゃいけないんだろう…と反駁したくなる反面、演劇作品として見れていないということは私の力不足なのかなぁとも思ったりしました。そもそも支持体が違うのだから、引用する部分と形式として違うものになる部分、なったほうがいい部分は考慮しながら作っているつもりなのですが。神話の引用は行ったものの、演劇の引用となると結構難しくって、なにが演劇の引用になるのかということを考えたりもしました。

見ることの持続力と、書きたいものを書くということの両立って本当に難しいなぁと毎回のことながら思うのですが、きっと見ることの持続力を優先すればある程度のクオリティも担保できるのだと思うのですが、それだと書くものが平板化してしまうし、書きたいものを書きすぎると、かなり演出でがんばらないと、見づらくなる。どちらかが優先されることをできるだけ避けたい。

「引用」という行為はきっとどの創作においてもなされていて、それをすべて見える形にする必要はないのだけれど、「引用」と「つぎはぎ」によって、「わたし」は見えてくる、浮かび上がってくるか?という命題はひとつ気になっていたことでした。結論としては、選んでいるのだから、わたしは「ある」なのですが、もしかしたら演劇の「引用」は無意識・意識的に形式の面で行っていたのだろうと書きながら思いました。

たとえばわたしは演出する時にも、俳優さんに対してここはカメラの視点があるようにしたいとか、話の関係で構図を決めたいとか、音響さんとも、どういう音がそこにあるのがいいと思うかという話で、ジャームッシュが映画の中で感動させるためではなく、ただそこにあるものとして音楽を流していたという話をしたりしました。演出の面でも、無意識の「引用」はたくさんあったのだと思います。

友達と夜中に、「君は運命論者かどうか」という話をしていて、わたしは自分が好きなものが明確にないなぁと人の好きなものや熱中していることの話を聞いているといつも思うし、だからいつも自分が「ない」とも思うのだけれど、「ない」なりにきっとあるのだということをだんだん考えるようになりました。一緒の家に住んでいる友達に日本は私小説の歴史があるからね〜と雑談していた時に言われて、そうか、と少し思ったり。私小説のことは、すごく当たり前にしていたからこそ抜け落ちていたのかもしれないです。

初めての作業が多くてとても大変な部分は大きかったけれど、『忘れる滝の家』で、ほどよいところにいかずに「引用」から考えるという方向に創作の舵を切れたのは間違っていなかったのだと思います。わたしはわたしが「ない」と思うけれど、そのことが既に「ある」。

ヤスミン・アフマドの『ムクシン』という映画がすごく好きで、その映画は「わたし」がありながら、フィクションに飛んでいる感じがするから好きなのだと思います。朝起きて、ケータイをちょっといじって、モーニング娘。の音楽をかけてパジャマのままキッチンにいってコーヒーのお湯を沸かして、わたしの部屋には音楽だけが流れていて、ちょっと口ずさんで、生活とフィクションとの接続点がどこかにあるのではないかと今は気がかりでないです。毎日自分を観察する動画を撮っているけど、まだまだ全然わからないし、わたしの生活を他人が演じる時にどうなるのかとか、書く時にいかにフィクション化するのかとか、そういう新しい問いがぐるぐるしています。わたしはわたしがないと思っていたけれど、もうすこし動物的に考えていいのかもしれなくて、「わたし」から「フィクション」にいくことが当たり前すぎて避けていたきらいもあると思います。「ない」ことがある(リアル)から「ない」(フィクション)へ行くことができる、その行き方を探る旅を次はしなければならなそうです。みんな「ない」が当たり前だと思っていたけど、違った!

うまく自分の言葉で指示を出すのも得意なほうではないですし、『忘れる滝の家』は協力してくださった俳優さんスタッフさんによる力がとても大きいです。ここから協力してくださったみなさんのお名前がみられます。https://muniinum.com/2021/01/26/wasuretaki/ わたしの創作の「問い」のわがままに付き合ってくださってありがとうございます。

どうして演劇なのかということも、それなりに答えもあるし、わかった気でいたけれど、「わたし」ということを考える上で、再度向き合っていかなければいけないなぁと思います。毎日頭の中がぐるぐるしているので、劇場などで見かけたらぜひおしゃべりしていただけたらと思います。










演劇作品をつくっています。ここでは思考を硬い言葉で書いたり、日記を書いたりしています。サポートをいただけますと、日頃の活動の励みになります。宮崎が楽しく生きられます。