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ひつじの犬 その2

きゃんはちょびのおっぱいを飲み、溢れんばりのちょびの愛ある育犬により、すくすく大きくなっていった。

目がまだあかない
目がうっすら開いた

こんな小さな犬を育てたことのない、ひつじの家族は、きゃんがちゃんと育つのかまったくもって自信がなかった。
前章でも書いたとおり「一匹しか生まれなかった」ので、ちょびは一匹に集中しすぎて、舐め過ぎたきゃんの足の毛はなかなか生えてこない。ちょびは小屋に入れようとして、小屋から落としてしまう。(試行錯誤の様子が人間と同じやな、頑張れ、ちょび!と思ったものでした)

無事に目も開き、それはそれは玉のようなかわいい男の仔犬に成長したきゃん。
ちょびよりもポメラニアン 系が強く出ている。
さてさて、きゃんのお父さんはどの犬?と探してみて「この犬じゃない?」って犬を発見したものの、うーむ、似てるけど、それはちょびに似てる。。きゃんはやや短毛だが、その犬はちょびと同じふわふわのロン毛だ。

(写真の淡い色合いのほうがちょびで、濃いほうがきゃん。)

ちょびはきゃんの育犬を終えると、きゃんにそれほどの関心を示さなくなった。冷静な、よき友人的立ち位置。きゃんは、ちょびなしでは生きていけない的で、散歩にいってもちょびがなかなか来ないと曲がり角から戻ってきていた。

親子だということをお互いに覚えているのかな。

これはずっとちょびときゃんを見ていて思ったこと。ちょびが「犬とはなんぞや」を教えたらしく(想像)きゃんは何をするにもちょびの姿を求めた。

幸せな時間(勝手にそう思ったが犬には犬の事情があったかもしれない)が過ぎていく。
ちょびもきゃんもいこいこ撫でられるのが好きで、「きゃんは順番待って!」こんな光景が日常だった。

それから10年以上がたったある夜のこと。
尋常ではないきゃんの鳴き声に外を見ると、ちょびが泡をはいて倒れていた。夜10時、家人はいない。お風呂あがりで髪が濡れたままのわたしは、近所でこの時間診てくれる病院を探した。

診てもらっている間に回復したちょびは、あれれ?という目でわたしを見ていた。

その後、このてんかん性の発作で大きなものをちょびは二度経験している。徘徊するようになり、びっしょりと濡れた身体をタオルで拭き、タオルと段ボールの部屋を屋根付きのベランダに用意したこともある。
倒れるたびにきゃんがその窮地をしらせてくれた。

ちょびがこの世を去ったのは、次女のセンター試験二日目の朝だった。
雪だった。
前夜に我慢強いちょびが何度もないて、家人が小屋の中のちょびを撫でていると、すやすやと寝息をたてたという。センター試験でなかったらわたしも飛んでいっていたが、次女への影響を考えてちょびが一番大好きな家人にお願いした。

朝6時。気になった家人がちょびを見にいった時にはすでに息絶えていた。きゃんは、静かに「中にいるよ」と目線を送ったらしい。
「ちょび死んじゃったけど、次女には言わないで」微かな家人の声にわたしはうなづいた。

センター試験会場に向かうため、車に乗る次女が「あれ、きゃんが雪の日に外にいる!どうしたんだろ!ちょびと一緒におうちに入ってな」

笑うのを聴きながらハラハラした。ここでちょびの死を知ったらショックで気持ちがもたないかもしれない。(帰ってきたら、ちゃんと伝えるからね)(ちょび、お姉ちゃんを送ったらすぐ帰ってくるからね、待っててね)

ちょびは何度も死路を渡ろうとしていた。特にこの一週間。大好きな次女のセンター試験を送り出すまで必死に頑張っていた、そんな気がしてならない。

帰ってきて小屋からちょびを出した。
最期に一緒にいたのは、きゃんだった。
いつも賑やかきゃんが、静かだった。
最期に一緒にいてあげられなくてごめんね、中に入れてあげられなくてごめんね。
ごめんねしか思いつかない。
家人は自分の一番大切な上着でちょびを包んだ。そしてふたりで泣いた。
いや、きゃんもいたから3人だ。

千葉の大学に行っている長女にライン。
「ちょび、亡くなりました。次女が帰ってきたら焼いてもらうところをみつけました。」長女から大泣きのスタンプと共に電話がきた。「わたしも一緒にいってもいいですか」

長女は電車の中で、涙が一筋流れていることに、ふと気付いたとはなした。

「人間っで気付かないうちに泣くことがあるんだね」

玄関を入るとちょびの亡骸がある部屋に走っていく長女。
次女にはセンター試験が終わり迎えに行った車の中で、ちょびの死を告げた。マックを食べながら泣いていた。
「ママ、ちゃんと食べないとちょびに怒られるよ」

わたしはその日、どうしても食べ物が喉を通らなかった。嗚咽が出ていくばかりで、入ってくるものを頑なに拒む意識が喉に集中してしまっていた。

その夜、ちょびはとても優しい方のもとで骨になった。

吹雪が激しい。明日の朝に帰る長女のために今日のうちにやいて欲しいと無理にお願いしたので、骨を入れた箱を持って家に帰ったのは、夜、10時を過ぎていた。
ちょびの順番を待つ間、長女はずっとちょびを抱いたままだった。

やいて頂いた方のおはなしによると、ちょびは後頭部、首のあたりにかなり大きな腫瘍があったそうだ。
度重なる不調の元凶は、それだった。
もう年もとり検査で命を落とすかもしれないと言われていたため、詳しく調べることも出来なかったのだが。

享年17歳

犬としてはとても長生きだった。しかし、どれだけ生きていても、ちょびはわたしたちの家族で、その喪失は大きかった。

ひつじの犬 その3 に続く

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