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揺れる


風は、気孔を
空に向けるゆびさきを持つ
なめらかな所作で
ひかり、なのか、花、なのか
ひかりの花なのか
分からないことは
分からないままのほうが
うつくしい

見下ろすと木の
振り分けられたつむじが見えた
入り乱れた軌跡を細かく描写する
揺れが、わたしに風の道筋を示す

風のない地下へ
マントルまで届きそうな
エスカレーターで下っていく

風を感じて振り向くと
人間の作った空調で
窒息しないことを
不思議な様子も見せず
わたしの右側を駆け下りていく
サラリーマンの鞄からこぼれ落ちているひかり、
(落としましたよ)
次々に落ちたものは床から少しだけ
浮いたところで留まり続けている

空洞なのに落盤のない
恐るべき構造物は頑丈すぎてこわい
地下鉄で地震に遭ったら
水の中のように
揺れを和らげてくれるのか
それとも感じたことのない性質で
刺すのか

そんなことを考えながら
大江戸線に乗り換える
長い、呆れるほど長い
ホームは、まだか
ヒールがカツンと発火して見えない炎が足の爪に食い込んだ痛みが
非日常を束ね始める

落下防止の扉は
しにたいひとになど
あっという間に越えられてしまう
生死の境界線にしてはあまりにも低い

ここに風はありません
それでも電車が来ると靡くのです
これも、風と呼んでいいですか

電車がホームに入って停止した
扉と柵のあいだは、もうひとを潰せない柵が開き、扉が開き、何重にも
また守られてしまった

わたしの頭の上の
電車のパンタグラフの上を
人が歩く
車が走る
工事現場の幌が靡く

次の停車駅名が電子掲示板に流れて
速度の上がる音を聞きながら
倒れないように
足の位置を確かめていると
揺れなければ存在しないような
意識を得た足が
床からにょきっと生えている

風が吹いている地上からは
わたしのつむじが覗かれている
ひとが乱立する箱の
一本の木として
揺れている               


(現代詩手帖2015年8月号選外佳作*文月選)

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