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連詩「猫」梁川梨里×新井隆人

額が狭すぎて遊べなかったとさ
仕方なく鍋に入ってまるまる◯◯
こんこんと眠る)きつねですか
途中で火を点けられたら
かちかち山)たぬきですか

油揚げより天かすが好きだ
だからってきつねよりたぬきが
好きなわけじゃない

猫より犬が好きだ
自分じゃないものになりたい
ただそれだけの理由では
駄目ですか
今日も空の耳がきれいだ  
(梁川)

猫よりも猫っぽい生き物だな、彼女は
耳がぴんと立っているのでひっぱりたくなる
肉球もいいけれど
うすい耳もいい
猫よりも猫っぽい生き物とぼくと猫と
澄んだ水と河川敷のグランドと飛行機雲と拡声器と
ベンチの上の缶コーヒーと鼻声の愁いと
白線の内側と外側のあいまいな関係に甘える
ねえ、きみのしっぽを見せてよ
毛まみれの柔らかくしなやかで敏感なしっぽを
(新井)

わたしの正体は掴ませない
ほら、目を離した隙にしっぽもろとも視界から消える

耳が横についていることが悲しかった
空から降り注ぐものを身体のどこよりも
先に受け止めたいから

拾えない音に紛れ込んだ言葉が
自分を拾って並べてゆく
未熟さが補う感度の角度を気にしながら

音に満たないひかりを集めて
空一面を覆う耳の雲が羊だね
(梁川)

走る、歩く、止まる、仰ぎ見る、空を
じゃれる、あくびをする、眠る、仰ぎ見る、空を
齧る、毛づくろいをする、鳴く、鳴く、仰ぎ見る、空を

息を吸って、はいて、ちょっと涙が出る
消しゴム代わりに猫を使って
いやな想い出を少しずつ消していく
猫は世界で一番小さな乗り物だから
ぼくを乗せてどこに連れて行ってくれる?

空が猫の瞳に映る
空が猫の瞳に映る
瞳の色と空の色とが混ざり合って
海になって、波立って、寄せては返し、
砂浜にひとり立っている
(新井)

空にはね、なみだの素があるんだ
潤ませた眼のふっくらした海に
降る星の粒子
溢れない寸前の表面張力で
わたしは泣かないでいられる

君よりもっとちいさな
目に見えないメリーゴーランドが
まわりながら落ちてきて
白い河の気流に乗るんだ

転寝の向こう側で
微風をつくる誰かの手が
見え隠れしている

(梁川)

猫という名の世界が
ごろ寝をしている
猫という世界の中に
きみもぼくも住んでいて
ごろ寝をしている

しっぽを振ると 風が起こる
風は 草木をそよがせて
種を遠くへ連れて行く
ひとつぶの種は
何千、何万、何億という可能性を秘めている
種は 過去と未来の交差点だと気づく

しっぽが動いているから
まだ起きているんだね
(新井)

うわばみ、みたいに
飲み込まれたわたしたちは
しょうかされる必要もなく
猫型ドームの朝を迎えた

ここには雨は降りません
年中無休の猫晴れで
何処でも眠っていいよ、の
籠が等間隔に並んだ
眠りの世界です

眠らなすぎる人たちが
ふらっと訪れては
ふらっと帰ってゆく
来た道も帰る道も不確かな
夢の習わしゆえに

揺れるねこじゃらしの
いちばん研がれた
粒つぶから子猫の鳴き声が
聴こえたような気がする
(梁川)

猫なで声のきみのたくらみを
見抜いているけれど知らぬふりをする
猫なで声って本当は
猫なでられ声っていうべきじゃなかろうか
そんなことをぼうっとかんがえているぼくのことを
きみは仔猫のように上目づかいで見ている

猫ときみとぼくと猫と
空と石ころとけだるいもたれ合いとミルク
たぶん猫の距離感を参考にすれば
ぼくたちは長く付き合っていけると思うんだ
別れの予感におびえながら
ふたりは猫になる
(新井)

終わっていない
始まってすらいない
自由に闊歩するための
道を狭めているのは
君自身なんだよ
ヒゲを撫でながら
大きな欠伸をした毛むくじゃらな
みーこが
すべすべな肌のみよこになった
かたちは次元が決める

線の上からじゃ野原は見えない
絵の野原からは君が見えない
僕たちを見下ろす、僕たちには
見えない高次元にみーこは、いる
見えたり見えなくなったりしながら

風船を追いかけて空の真ん中まできた
追いかけてこられたのは子どもだけだ
夢中は宇宙に転がっていて
その想いだけで空を飛べてしまう
(梁川)

小さなあくびをして顔をこすっている猫のまねをして
小さなあくびをして顔をこすってみる
こするたびに消えてゆく目とか鼻とか口とか
ぼくがぼくでなくなっていくような気がして
何かしゃべろうにも口が消えたのでしゃべれない

ねえ、もう帰ろう。
夕方の道を歩いていこう。
ねえ、抱っこしようか。
はなればなれにならないように。
いつまでも一緒にいられるように。
夕日に照らされて
ぼくたちは長い長い影になる。
(新井)

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