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水瓶の底


波かしら跨ぎ沈まない爪さきの水を渡す

吉凶を占うために顔を叩くと新しい面が割れた
透明を掬うための手は養生された葉の脈に保管され少女の裾を祓う

鄙びた裁縫屋の開店を知らせる何着かの服がゆたりと風の蓋をして潜った位置から右へスライドした

煤けた窓硝子を覗き込むには
車道からの距離は遠すぎて
黒いワンピースが手招くので
目を置いて帰った
次の日にはもうなくなり
わたしが目をつけたことが
誰かに知れてしまったのかもしれない
、と泣いた

降りる場所のない景色に入り込むために視線を逸らし、瓶に入る

空のものと水のものと
生きているものの総称を
頭に載せた砂漠の女は
亀卜の穢れとされた
明日には神殿の奥で首をもがれ
捧げものとされる

誰かの、何かのために
全ての魂がまだ未熟な
心許ない顔をして
心細さに舌を噛んで揺れていた頃

「わたしたちは熟したのかな」

ねえ、
この指を齧ってみて
滴る血の色が充分に赤いか
誰にも見えないままで
誰かに見えるように
足掻いてみて

生地を裁断し繕った服は
どれもわたしにはすこしだけ窮屈で
大きくなりすぎた甲羅を割り
背中を軽くする
じわりじわりと鳥になるための
身支度を午後四時の袋小路に挟ませて
羽ばたきに似た少女が駆け出していく

折れそうな細い足を剥き出しにした
ワンピースには
わたしの目がたくさんついていて
孔雀と呼ばれていた




2016年8月号 現代詩手帖佳作

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