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十(とう)

鬼の足跡を数えながら
立ち入り禁止の森に入る

盆踊りの内側で
帯が解けて困り果てていためのこを
櫓(やぐら)の片隅に手招いて
蝶々結びをしてあげた
はらりと襦袢がねじれ
解けたお団子髪の奥から
白く光る角が見えていた
裾を整えると風がやんだ

村のもんでねえ
めんこい子やのう、と婆さまが言った
何を言っとる、誰もおらんがな、と
母さんは言った

わたしと婆さまは
角を髪で器用に巻いた鬼っ子と縁側で
なんごなんごいくつ、をした
おはじきはちょうど十しかなく
終わるといつも少しだけ増えていた
とうも増えた時には
さすがにびっくりして笑い転げた

鬼っ子は
満月の夜に決まって庭に立っていた

婆さまが死んだ夜
庭の木からポタポタと雨が降った
満月の尖った先で空を掻くように

鬼っ子も婆さまもいない縁側は広い
しんだのは婆さまなのに
僕がしんだ満月の目をしていた

足音だけが
ペタペタと夜を渡り
おはじきがバラバラと撒かれた
雨のせいにして慌てて拾い集めると
ちょうど十で
それが少しだけとうを超えていないことに泣いた

暫くして僕は子を孕んだ
まあるい腹をさすると
内側から音がする
あの夜の、満月を掻く音に似ていた

腹に宿った子が
彼女と僕の子だと
婆さまは笑いながら言った

「とつきとうか、おまえの腹は狭くてかなわん、早く出しとくれ」

取り壊された家は
縁側のない高い建物に変わっていた
腹には手形が盛り上がり
久し振りのひかりと共に
生暖かい水を頭からざぶんとかぶった

(朗読あり)

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