夜空メルへの追悼文

夜空メルさんのこれまでをまとめてくださった素晴らしい切り抜きを拝見して、涙があふれてきたことで、今更ながら夜空メルさんの死を受け入れることができた。夜空メルさんは永遠に活動することはなく、もはや彼女の活動の軌跡は私たちの心と有志の手による切り抜きの中にしか存在しない。

皆、人の社会で生きていく中でそれなりに別れも経験してきただろう。私は友人も親族も大切な存在も決して多いほうではないが、例えば小学生のころの友人で、現在関わりがない人は死と同義だと思っていた。二度と関わることがないのなら、死んでいるのと同じだろう、と。そういう広義の意味での死から来る別れだけはそれなりにあって、そんな中でも、大して悲しむでもなく仕方のないことだと割り切っていたように思う。今日まで夜空メルさんに関しても、どこか遠くの出来事のように感じていた。今にして思えば、ただ実感がなかったのだろう。

夜空メルさんがホロライブをどれだけ愛しているのか、またホロライブでの活動を通じてどれほど自身を肯定するための力をもらっていたのか、彼女の活動に対する思いや、これまでの配信や切り抜きで元気をもらった姿を改めて見て聞いてようやく、悲しみの根源と向き合い、彼女が本当の意味で死んだのだと痛感した。そしてバーチャルユーチューバーの命の不安定さにいてもたってもいられず、筆を執ったわけだが、何一つ着地点を決めぬまま綴っている。

しかし、夜空メルさんを悼むということは、逆説的に彼女の命を認めたということだ。中に人がいるだの、所詮は絵だの、悪意ある第三者からは様々な言われ方をする彼女たちを衒いもなく命ある存在だと認めることができていた、という気づきは私にとって夜空メルさんから受け取った最後の宝物になった。

心の中に残っていれば生きている。という価値観を否定する気は全くないが、私にとっての命とは魂が宿ってこそなのだ。私が思う夜空メルさんは、どうしても彼女の魂を宿せない。

彼女の死は痛いが、私はホロライブのタレントを推し始めて日が浅いから、私なんぞよりももっと悲しく、苦しんでいる方たちがたくさんいることだろう。だが、彼女が配信やライブでくれた笑顔と感動があること、また多くの人に対しても同じように沢山の想いを与えてくれたことは分かる。だから、彼女が歩んだこれまでの軌跡に敬意と最大級の感謝を送りたい。今まで本当にありがとうございました。







P.S.
バーチャルな存在とはいえ、実際に夜空メルさんが独立して存在しているわけではなく、いわゆる中の人がいることは知っている。夜空メルさんと中の人の魂はベン図で示すような関係だと思っているので、同一視はできないし、そもそも不文律的に触れるべきではないというのは理解しているものの、どうしても伝えたい。夜空メルさんが悲しまない形であれば、どんな形でも構いませんのでどうか幸せになってください。あなたのこれからに幸多からんことを祈っています。

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