おもひでぽろぽろ

画像1 子どもを遠足に送り出した後、自分も旅に出たくなって飛び乗った電車。ターミナル駅を過ぎると、ドアの開閉が手動になりました。外側からは、このボタンを押さないとドアが開かない。内側にも同様のボタンがあり、降りるときはそのボタンを押して扉を開きます。
画像2 降り立った駅は、30年も前に住んでいた場所。
画像3 往時とちっとも変らぬ木のベンチに、少し慄きます。何だか、電車に乗って時間を遡ってしまったようで。
画像4 子どもの頃のあやふやで頼りない記憶がそのまま形になって目の前にある、不思議。恐怖とまではいかないまでも、何だか少しだけ怯むものがあります。
画像5 幼いころに通った駅前のレストラン。お子様ハンバーグを注文すると、いつもディズニーのカトラリーを出してくれました。平べったいドナルドやミッキーが持ち手の先についた、少し重たいカトラリーのその重量感も、容易に思い出されます。
画像6 駅前の商店街。塾に行く時によくクリームパンを買ったパン屋さんも、コロコロコミックを立ち読みした本屋さんももうありませんでしたが、建物としての基本的な構造は全く変化なし。
画像7 踏切を渡ると、通っていた小学校。
画像8 小さくて運動神経の鈍い私は、そう、あのラクダに登れなくて悔しい思いをしたのでした。この築山ですらとても高く感じられた…。
画像9 通学路の銭湯。構えこそ綺麗になっていましたが、健在。どうしても行ってみたくて、無理に頼んで何度か行ったことがあります。コーヒー牛乳、飲んだなぁ。
画像10 銭湯の向かいの駄菓子屋さんは、あこがれの場所でした。買い食い禁止だったので、遠足の前に小銭を握りしめてこのお店に入るのがとても楽しみだった…。
画像11 ここは昔、引き込み線の線路があった場所。つい最近埋められて遊歩道になったそうです。私がこの辺りに越してきた頃はまだ夜中に輸送列車が走っていたそうで、「カタン…カタン…」という微かな線路の音を布団の中で夢うつつに数えていた記憶があります。
画像12 欅の木。
画像13 ちょうど越してきた頃に、庭先に芽吹いた小さな欅。どこからか種が飛んできたらしく、放っておいているうちにどんどん大きくなりました。まさか、30年前に別れを告げたはずの家と欅がそのままに残っているとは思わず、しばし動揺。
画像14 多少道幅が広がっていたり舗装されたりはしているものの、どの道もほとんど記憶とたがわない…。しかも、ベッドタウンなだけあって、昼日中ほとんど人が居らず、本当にゴーストタウンにタイムスリップしてきてしまったような気持ちになりました。
画像15 普通の住宅街、生活圏に突然にょっきりと屹立する高圧線の鉄塔。これもまた、私が過ごしていた頃と寸分変わらぬ風景。
画像16 そして、通っていた小学校。古びた私のアルバムに、この門の下で撮影した入学式の写真があります。
画像17 校庭の奥の遊具エリア。あのタイヤ、渡っていると「ハズレ」があって、時折べこっと凹むんだよなぁ…。
画像18 駅の裏側は木造。
画像19 跨線橋、という言葉すら懐かしい。奥にそびえる都営団地も、往時のまま。薄曇りのぼんやりした昼の光の中、風景の輪郭だけがくっきりと私に迫ってくるようでした。
画像20 この駅舎も、秋には建替えられるのだとか。不意に思い立ってここに来たのは、何だか偶然ではないようです。
画像21 よく通った図書館。出来たばかりの新しく明るくて綺麗な児童書コーナーで、何故か「三丁目が戦争です」(筒井康隆)という恐ろしく殺伐として救いの無い本を読んだという事を、やけに鮮烈に思い出しました。オレンジ色のふかふかしたスクエアクッションに座って読んだ、はず。
画像22 がらん、としたこの駅前の光景も、駅舎が新築されると変わっていくのでしょうか。
画像23 改札前の、この湾曲した低い階段も懐かしい…。跨線橋をわたって電車に乗り、私の短い遠足は終了。都心からたった3~40分、なのに不思議に時間感覚を揺さぶられる旅でした。

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