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フシギなカンケイ

「なあ。不思議な関係と思わないか?」

「ん?何が?」

「あのさ。君と僕の関係だよ。」

「普通じゃない?」

「そう。普通か。。。。ま、君がそう思うならそれでいいけどね。」

春の香りを感じる3月の夜。ぬるい風に吹かれながらぶらぶらと歩く。桜の時期はライトアップされる川沿いにゆるくカーブした遊歩道。桜の蕾はふくらんできたのかな。ピンクの花びらが咲き乱れるまではあとどれくらいなんだろうな。肌をすり抜ける風が、適度な湿度とあたたかさをはらんでいてやさしい。気持ちよくてふと立ち止まって目をつぶって風を感じる。胸いっぱいに3月の風を吸い込んで深呼吸をしてみる。ザワザワ。ワサワサしていた心に春の風が染みていく。

この川沿いを歩いて帰った冬の早朝。あまりの寒さに、見つけた明かりへ二人して吸い込まれるように入る。そして、コンビニのホットコーヒーをすする朝の5時半。
「寒いときにさ、あったかいもの食べると鼻水ってでるよね。」
私はいつものように能天気な会話を投げかけながら、やけどしないようにゆっくりコーヒーを吸い込む。
その隣で同じようにコーヒーをズルズルすすりながら、急にマサさんは言ったのだ。
「不思議な関係じゃない?」と。

何だ。フシギなカンケイって。私達は元バイト仲間で、一応マサさんは先輩なんだけれど適度に気遣ってくれたり、放っておいてくれたり、私のボケにも突っ込んでくれるから、気を使わなくて楽で。マサさんがお店をしだしてからは、丁度仕事帰りに寄りやすい場所にあるのもあって、時々顔を出すようになった。

その日も相変わらず大して意味のない長話が終わらなくて、散々二人で話しまくった挙げ句いつの間にかそんな時間になってしまい、早朝に歩いて帰宅するハメになったのだった。そして、寒さに耐えきれず、朝に二人してコンビニのコーヒーをすすっているというわけだ。

この関係はフシギなのかな。今まで考えたこともないから、普通だとフツウに答えてしまった。それならばそれでいい。と言ったマサさんの返答もフツウに聞き流してしまった。そしてそのまんまコーヒーを飲んで温まって、
「じゃあ、おやすみ。」
っていつものように別れた。
家に帰ってから、不意になんだか頭の中をその質問がグルグルして眠れなくなってしまった。穏やかな流れの中に、ぽちゃんと投げ入れられた小さな言葉のひとひらは、かすかな波紋を私の中に残したことは確かだ。

かすかな波紋はその時だけの出来事で、15年変わらない普通な関係はその後も変わりなく続いていくはずだった。なのに、何なんだろうか。以来、相変わらずのバカな話をしても、心の奥底がザワザワするのだ。あの波紋の余波は密かに続いていたのだ。フシギなカンケイて何なのか。思わずグーグルで調べてしまった。そんな所に答えはないはずなのに。

そんなこんなでも、マサさんのお店にも行くし、飲みにも行くわけで。ある日元バイト仲間の集まりの帰り、帰る方向が同じ私達はいつもの道を二人で歩き、そしていつものようにコンビニに寄り道した。ビールとワインとウイスキーでまあまあいい具合に酔っ払っていた私は、ザワザワがすぎることに耐えられず、思わず言ってしまった。
「ねぇ。フシギなカンケイて何?」
酔い醒ましにコンビニで買った水をグビグビ飲んでいたマサさんは、へ?って狐につままれたような顔をしたあと、すんごい勢いでムセた。
ゲホッゲホッ。ゲホッ。ゲホォーッ。ゲホッ
「やべぇー。息できねぇー」
全く収まらない咳に半分涙をこぼしながら。私はあまりの酷いムセかたにあ然としてしまった。とりあえず数分激しくムセ続けた後やっと落ち着いたようで
「ふぅー苦しかった」
と涙目になりながら胸をさする。
「いやいや。ムセすぎだよ。大丈夫?」
「大丈夫じゃないわ。いきなり何を聞くねんっ!」
「いやー。あのさ。考えてみたけど、意味がわからなかったから、本人に聞いてみようと思ってさ。」
マサさんは、もう一度水を飲んだ。だから飲まない方がいいってまたムセるよ。と思ってみていたら、とりあえず今回はちゃんと水は正常な通り道を通ってくれたようだ。その喉の動きをじっとみていたら、今度は
「どこみてんねんっ!」
と思い切り背中を叩かれた。
「痛っ!!」
まさかの背中平手うち。おそらく私の背中は真っ赤な手形がついているのではないだろうか。
「そんなことは、自分で考えろ。何で俺にきくねん。」
そう言ってまた水を飲んだ。ゴクゴクと、そしてあっという間にカラッポになったペットボトルをコンビニの前のごみ箱に捨てると
「じゃあな。」
と手を振って帰っていった。マサさんの背中を見送りながら私はゆっくり水を飲んだ。

ザワザワ。ワサワサなまんま、いつの間にか春がやってくる。背中の手形は多分もう消えているだろうけど、今度会ったらやり返してやろうと決めた。もっと痛いやつを。桜の花が咲くまではあとどれくらいかな。花吹雪が舞い散る道を歩くのはあと1ヶ月後位かな。私達の関係がフシギであれ、フツウであれ、どっちにしろ桜は咲く。この道をブラブラ歩くのはやっぱり私にとっては癒しなことに変わりはないし、その途中のコンビニへの   寄り道は結局楽しい。今日もアツアツなコーヒーをすする。このコーヒーがアイスになる季節には、私のザワザワ。ワサワサは答えがでてるだろうか。
新しい春はそこまで来ている。



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