見出し画像

無言 19

すっかり冷めてしまったカレーパンを頬張った。お店で包みを手渡されたときはホカホカだったが、家の前についたときも、まだまだホカホカだったはずだが。今あれからどれくらいたったか、僕の口に入ったそれは、しっかり冷めていた。家の前で待っていた元嫁。30年会っていなかった息子。はじめて会う孫。突然の再会。とめどなく流れる涙は頬を濡らし、それを拭うことすらできない顔で
「また。」
と精一杯の声を出した。
そんな僕に手を振って、息子と孫は帰っていった。



「久しぶり。」
と息子は言った。僕ははじめて会う孫のよっくんに右手を握られたまんま 
「うん。」
とうなずくのが精一杯だった。
話したいことは沢山あるのか、ないのか、考えようとしてみたがわからなかった。たださっきからひたすら涙を流すことしかできなくて、そして言葉もみつからない。ぼやけた視界の中で少し顔をあげると、息子の切れ長な目がまっすぐに僕をみていた。あまりにまっすぐだから、僕もまっすぐ見返した。その身長差から息子を見上げる格好になる。このアングルは記憶にない。離れていた時間の長さと過ぎた時を思った。ちらかった思考の末に引き出した言葉が頭の中をめぐる。
大きくなった。
立派になった。
結婚したのか。
子供ができたのか。
君に似てるな。
おめでとう。
ごめんな。
言葉はとりとめもなくめぐるけれど、声にはならない。めぐる言葉を音声に変換できない。自分の感情はどこにあるのか。こんがらがってぶつかって弾けてしまい、最終的にどんな顔をしていいのかさえわからなかった。多分こんがらがっている顔をしていたんだろうと思う。 

結局のところ、まっすぐ見合ったままの僕と息子は話すこともできぬまま、時間だけが過ぎていった。そんな僕たちの隙間を埋めるように、尚子が口を開く。

「長く会ってなかったし、あなたも何て声かけていいかわからないわよね。病気のせいもあるし、まだ十分に話せる状態でもないもんね。でも、会いたい。てこの子が言うから連れてきたの。ちょうど今日はお休みだったしね。」

僕は小さくうなずいた。張り詰めていた空気がフワリと動く。息子はゆっくり僕の近くまで来て、よっくんの頭を撫でたあと、
「また、ゆっくり時間をとってくるわ。息子に会ってほしかったから。」
と言って、軽く僕に向かって頭をさげた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?