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無言 27

「いい後ろ姿や」 
僕の薔薇が飛び出てるリュックサックを見て正人は言った。ちょっと写真取らせてよ。と、携帯を出して、僕とよっくんが並んで歩いている姿を後ろから撮っていた。
「いいの撮れた。見る?」
差し出された携帯をよっくんと覗きこむ。杖を持って歩く薔薇を背負った僕と、大事に薔薇を抱えて歩くよっくん。
「うん。いい。」
と思わず大きな声がでる。
「うん。いい。」               真似するよっくんの声がコロコロしててかわいい。
「うん。いい。我ながらいい。お父さん写真送っとくよ。」

幸せな写真は僕の携帯の待受画面に設定してもらった。携帯を開く度に目に飛び込んでくる画像。尚子と離婚してからずっと一人で生きてきた自分には想像だにしない写真だ。救われた自分と、そして今はここにいない尚子。写真を見るたび、言葉にならない気持ちが心の奥底から湧き上がってくる。その感情はいつもどこにも行き場がなくてずっとほどけない糸のようにからみあっている。

「お父さん。薔薇園で働いてみない?」

あの日の帰り道に正人は言った。砂利道に歩くのに精一杯な自分が?なぜ?思いもよらない言葉に全く頭がついていかない。彼は僕の家の前に車を止めて、その経緯を聞かせてくれた。

尚子が僕と再会した頃、彼女は上野さんに僕の事を話していたらしい。話すことも、動くこともままならない僕のこれからのことをとても心配していたようだ。上野さんはその話を聞いたときからずっといつか僕に会いたいと思っていて、そして元気な僕に会えたなら、薔薇園の仕事をしてみないか?と声をかけてみよう と思っていたというのだ。病気で仕事を失い、日常的な生活をしていく為に必死にリハビリをしているのだろうけど、それだけじゃない何かが僕にはあった方がいいんじゃないかと。結局、尚子にその事を話せないまま彼女は帰らぬ人になってしまったのだけど。

華やかな仕事ではないだろうし、できることを模索しながらだろうけど、お父さんの次の目標に、働く。という選択肢があってもいいと思う。と正人は言った。上野さんに母さんが色んなことを話していたことは驚いたんだけど、でもだからこそ色々考えてくれていて、わざわざ僕にもどう思うか聞いてくれて、いい話だと思ったんだけど、どう?

急な話で驚いてしまってその場で返事ができず、考えさせて。と答えを保留にしてその日は帰宅した。

部屋に飾られている薔薇の水を変えながら、定まらない自分の気持ちと向き合う。薔薇を背負って歩く自分と孫の写真。携帯電話の待受画像を見ながら、働いてみたい。でも不安。という揺れ動く気持ち。答えがでないまま、新しい年がきて、久しぶりに病院のリハビリがあった。
「今年もよろしくお願いします」
喪中は別れた妻にも適用されるのかわからないが、僕の悲しんでいる姿を見ている佐々井さんは、新年の挨拶の前半部分を省略して挨拶をしてくれた。
「お、願い、し、ま、す」

お正月は元旦はのんびり過ごし、2日に正人やよっくんと出会って一緒にご飯を食べた。そんな報告をした後、薔薇園で働かないかと誘われていることを切り出してみる。
「へぇ。いいじゃないですか。奥田さんは、、、ああ迷ってるんですね」
僕が微妙な顔をして首をかしげていたら、佐々井さんは白い紙に一本線をひいて、右側に「やりたい」左側に「やりたくない」と書いた。
「奥田さんの気持ちは、この真ん中な感じ?」
2つを見比べて考えてみる。真ん中ではないよな。やりたい気持ちの方が大きい。真ん中よりも右寄りを何となく指してみる。
「なるほどね。やりたい気持ちが強いってことですね。答えでてるんじゃないですか?」
一本の線の右端に書いている「やりたい」の文字を見ながら僕はうなずいた。


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