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「にんげんっていいな。」そう思える人生に。


世の中で、1番幸せな生き物ってなんだろう。

世の中で、1番不幸な生き物ってなんだろう。



人間は、誰かも分からない、知らない人が決めた決まりに縛られて生きている。


人を殺してはいけない。物を盗んではいけない。
未成年を連れ去ってはいけない。暴力をふるってはいけない。


でも、きっとそれらに不満を抱いている人もいるのではないだろうか。


先日のウィルスミスの平手打ちについて。

あれは本当にウィルスミスが悪いのだろうか。

 米俳優ウィル・スミスが28日(日本時間29日)、自身のインスタグラムを更新。ロサンゼルスで27日に行われたアカデミー賞授与式で、壇上でコメディアンのクリス・ロックを平手打ちしたことについて、「一線を越えていた。私が悪い」と謝罪した。
 授与式でプレゼンターを務めたクリスは、「次は『G.I.ジェーン』の続編を楽しみにしているよ」とウィルの妻、ジェイダ・ピンケット・スミスさんの容姿を侮辱するようなジョークを飛ばし、ウィルが壇上に駆け上がり、平手打ちするハプニングが起こっていた。
 「G.I.-」はデミ・ムーアが丸刈りの短い髪で海軍特殊部隊を演じた。ジェイダさんは、脱毛症との闘いを公表し、昨夏ごろから髪を短くしていた。式典にも丸刈りのヘアスタイルで出席し、クリスの“ジョーク”に表情をこわばらせていた。
 平手打ち事件の後、ウィルは主演男優賞を受賞。スピーチで涙を流しながら「アカデミーに謝りたい」などと自らの行いを詫びたが、クリスに対しての直接の謝罪はなかった。
【ウィルのインスタ全文】
どんな形であれ、暴力は有害で破壊的です。昨夜のアカデミー賞での私の振るまいは、受け入れがたく、弁解できないものでした。私をネタにしたジョークは仕事の一部だと思えるが、(妻の)ジェイダの医療的な状態(病気、脱毛症)についてのジョークは、私には耐えられず、感情的に反応してしまいました。
クリス、あなたに公式に謝罪したい。私は一線を越えていたし、間違っていた。自分の行いを恥じているし、私がなりたいと思う男性像を示すものでもなかった。愛と優しさの世界に、暴力の余地などない。
また、アカデミー賞、授与式のプロデューサーたち、出席者の皆さん、そして世界中の視聴者の皆さんに謝罪します。(映画で演じた)ウィリアムズ一家にも謝罪します。私の行いがなければすばらしい旅路となっていたはずのもの(式典、アカデミー賞)を汚してしまったことをとても後悔しています。私が未熟でした。
心より、   ウィル
"【全文】ウィル・スミス 平手打ちを謝罪「間違っていた」 妻の病気ネタにされ「耐えられず」とも" デイリー 2022.03.29
https://www.daily.co.jp/gossip/2022/03/29/0015174671.shtml


この記事を見て、「ウィルスミスが悪い」「ウィルスミスは悪くない」

いろんな意見があるだろう。

当たり前だ。世の中に人間は何億人と生存している。

何一つとして、全員が同じ意見を持つことなんてない。


私の意見としては、率直にウィルスミスは悪くないと思った。

脱毛症と闘って生きている妻を、公の場で馬鹿にされた。

怒って当然だろう。

事の発端はクリス・ロックが妻の容姿を侮辱するようなことを言ったから。


でも、言葉の暴力よりも、身体的な暴力のほうが罪は深い。

過去の誰かがそう決めたから。



世の中の人間がみんな同じ意見を持つことはない。

それだと争いが起こるから、法律というもので決まりを作った。


法律は、必要だ。


法律は、苦しむ人が少なくなるために作られたのかもしれない。

でも、逆に言えば少なからずその法律で苦しんでいる人がいる。



法律に限らない。


いつの間にかできた、

子供の頃は学校に通うのが当たり前。大人になったら働くのが当たり前。
男は男らしく、女は女らしく。

いろんな"暗黙の了解"なるもの。


「普通」と少しでも違えば、
世間からも「普通」とは違う見られ方をする。


この歳で、世界一周に出たいといったら馬鹿にしたように笑われる。

独立して開業したいと言ったら鼻で笑われる。




自分の話をすると、

正社員でなければいけない。派遣はやめたほうがいい。

介護はだめ。医療事務もだめ。


世の中の意見に振り回された今、
私は経理事務を目指して就職活動をすすめている。

日商簿記2級の取得に向けて勉学に励んでいる。


でもそれは、将来的に経理事務という経験を積んでおけば転職もしやすいし、
経理の知識を得れば、本当にあるかも分からない夫や自分の独立にも役立つと思うから。


全くもって、「やりたい」とは思わない。


職業訓練に通い始めて早3ヶ月が経った。

早く簿記を取得しなければ。早く就職しなければ。

勝手に自分を追い込んで、焦って、苦しくて。


今は人生100年時代。

まだ、たかが26年しか生きていないのに、
何故毎日こんなに時間に追われながら生きていかなければいけないのか。


色々なことで悩んでいる今、

たまに、1番不幸な生き物って人間なのではないかと考える。


池の中で集団で魚取りをしている鴨。

家の中のキャットタワーから外を眺める飼い猫。

外で歩き回っている野良猫。



そんな生き物たちを見て、

「羨ましい」

そんな感情を抱くことがある。


働かなくていいし、変な決まりに縛られることもない。

この生き物たちには「時間」という概念もない。


羨ましい。人間に生まれたくなかった。

今は心から、猫に生まれたいと思っている。



でも、大好きな夫や家族、友達といるときは、

「楽しい」と感じる。「愛しい」と感じる。




人間は、自分次第で
「不幸」にもなりうるし「幸せ」にもなりうる。

そんな生き物なのではないだろうか。

そして、ある意味1番自由で、1番不自由な生き物。


行動に移すかどうか。
自分の意思をしっかりと発信するかどうか。


それ次第なのではないか。


2人の人間がいて、
同じことをしていても、

捉え方次第で「楽しい」とも「辛い」とも感じられる。


それならば私は出来る限り「楽しい」人生を送りたい。


自分には何が向いているのか、

どうすれば自分の理想に近づけるのか、

分からないけれど、

自分が死ぬときに、
「悔いがない」人生を送りたいと思う。


そして、
人間に、私という人間に生まれてよかった。

心からそう思える日がくるまで。

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