ボーカロイドサムネイル概論 中編

↑こちらの記事を読んでからお読みいただくと、より効果的にお楽しみいただけます。

ボカロの歴史を、サムネイルの流行という観点から振り返っていく記事、の、二本目です。前回はプロジェクト系楽曲の流行した2012年頃まで振り返っていきました。
今回はその続きからです。


2012年 ⑥表題

前回の記事のラストで「プロジェクト」系の楽曲が流行したことにより、サムネイルから初音ミクの姿が消え、オリジナルキャラが増大したことを述べました。
オリキャラプロジェクト系の楽曲の最大のヒットといえばカゲロウプロジェクトですが……


実はサムネイルにはでっかく曲名が書かれるものが基本的な形で、サムネイルに限ってはオリキャラが出てきません。
どうして!? せっかくオリキャラストーリーで人気を博したのに……

2009~2010年頃は主役となるキャラクターがでっかく表示されているものがかなり多くみられたのに対して、プロジェクト時代にはむしろ印象とは裏腹にタイトルを中心としたものが目立つようになりました。

オリキャラの台頭はむしろキャラ推しの時代に見えるのに、どうしてこのような流行の変遷をたどったのでしょうか。その前提には、やはり前回の章でお話しした、wowaka・ハチによって確立された音楽性の確立、そして「初音ミク不在でもボカロとして認識される」土壌の発展が関係していると見れます。

サムネイルにでっかくGUMIやミクが映っていなくても、流行りのボカロ音楽として認識できる。その前提があるなら、サムネイルという最も人目につくところでアピールしたいことは何でしょう?
「ボカロであること」をサムネイルでわかりやすくするより、曲名を全面に押し出したほうが曲の知名度を高められるということでしょう。

また、PVもゴリゴリ動くようになってきた時代です。
たとえば初期のような一枚絵が基本だったとしたら、サムネイルが映りっぱなし。それではキャラが出てこないで文字だけが映っているということになりますから、キャッチ―ではありませんね。

しかし、動画を開きさえしてしまえば動画の中でオリジナルキャラクターを出せて、動かせるわけです。サムネイルという場所に必ずしもキャラがいなければならないわけではない。
それなら、やはり最もアピールしたいのは曲名だということなのかもしれません。

2012年頃からこの形式が大きく台頭します。「サムネではタイトル、動画内でキャラPVが動く」という形式ですね。

またファン層もキラキラした中高生が増え、必ずしも「二次元美少女コンテンツ」を求める層が顧客というわけではないという話もあるかもしれません。
そして何より、じん・kemuがこの形式を採用した人気楽曲を多く送り出したことが、一気に広がったきっかけではないでしょうか。

サムネという話題だけで見ると、じんの影響はむしろオリキャラやプロジェクト系を流行らせたというよりも、曲名をでかでかと表示するという部分で界隈に与えた影響のほうが大きいようにも思われます。

⑥の続き 名作

2011年『日本橋高架下R計画』が発表。じんの話題を出して、ボカロ曲のPVに触れるなら、この作品にも言及しておくべきでしょう。PVのアニメーションは『四畳半神話大系』のエンディングを担当するなどすぐれた表現を世に送り出したことで知られる細金卓矢さん。文句なし、プロの映像クリエイターです。

日常の隣に非日常が同居するような不思議で楽しいシュルレアリスム。このアニメーションは、ボカロPVの歴史に大きく名を刻みました

逆に言えば、ボカロの「アニメPV」という路線は、ここでいったん表現として理論値を叩き出したと言い換えることもできます。
手書きアニメのPVは、すでにテレビアニメのオープニングみたいなものへとたどり着いた。プロの手を借りて真っ先に表現の先端にたどり着いたのがアニメPVだったという話かもしれません。

『モザイクロール』『日本橋高架下R計画』のような、手書きアニメーションを中心としたPVは、このへんでいったん停滞します。これ以降のアニメーションは、はるまきごはんきくおを中心に、どちらかといえばアーティスティックな方面に進むことになります。

自分の世界の最も良い表現のためにアニメーションを用いる」というような方向性では以降も進展を続けるものの、「音楽に目を引くための流行の表現」みたいな意味合いにおいては、アニメーションはこのあたりの時代が黄金期となったといえるでしょう。

2013 ⑦混沌

加熱したボカロブームは、遂に危険な領域へと突入する――。

この時期は、ここまでの年代で最もカオスといってもいいでしょう。
というのも、プロセカブームによって支持を一気に拡大したつい最近――現代――を除けば、この時期は最もボカロ界隈に活気があった時代だったといえるからです。初音ミクの発売以降一度も勢いを落とすことなく、発展に発展を続け、これまでのように、これからもさらにブームを拡大していくぞという空気がありました。衰退の言葉なんて知らなかったわけです。
黎明期から「ボカロ音楽の確立」を踏まえ、プロジェクトブームによってメディア露出も一気に増え、GoogleのCMやら千本桜やらアニメ化やらとにかく盛り上がりを経験してきたオタクたちの熱狂の中で、「これまでのボカロの集大成」ともいえる大盛り上がりを見せました。

全体としては、wowaka・ハチの影響を受けたものとして、トーマれるりりが最前線で活躍しました。また、MARETU日向電工といったクリエイターが台頭します。

このへんの動画作りが、wowakaを踏まえていないわけがないですからね。日向電工に関しては作風も明らかにwowakaフォロワーとしてコンセプトのある作品作りをしていました。
また、れるりりは『脳漿炸裂ガール』のころから、こういったキャッチーな「売れ筋」をなぞることに長けました。個人的にはどちらかといえば『Iなんです』とか『ガールズトーク』みたいな作風のほうが本人っぽい気はするんですが、それはさておき。

トーマは前述の日向電工が流行した際に「トーマかwowakaの別名義では」といった噂が流れるようにwowakaからの影響が指摘されていたのですが、確かに高速高音難解な歌詞というポイントこそなぞっていたものの、その世界観はむしろハチのそれに近いです。描く情景もサムネイルも、かなり猥雑なものです。

サムネイルではちょっとわかりづらい(「でっかく曲名」の定型を踏襲している)ですが、全体的にゴテゴテと情報量を増やした画面作りが特徴です。

(『魔法少女幸福論』)


(『Mrs.Pumpkinの滑稽な夢』(ハチ))

『バビロン』とかのほうがもっとハチっぽいかな。
描き方はハチに近いものの、音楽としては先述したようにハチより極端な高速高音なので、wowakaらしさを見て取る人も多い。トーマはこの二大巨頭の混血児(バスタード)といえるのではないでしょうか。そりゃ売れるよ

また、プロジェクト系は相変わらずの隆盛を見せ、じんやkemuに加え、スズムなどがこの時期に活躍します。あと先述のれるりりの『地獄型人間動物園』シリーズとか。

また、前時代から引き継がれた「コスプレもの」(この用語については前編をお読みください)は、どちらかといえばこの時代をときめくというより、長く活動を続けていたPによってヒット作が生み出されます。ワンオポやピノキオピー、DECO*27などですね。

ボカロのキャラがでっかく表示されるサムネは、完全に淘汰されたというわけでもありませんでしたが、しかし順調にその出現率を落としていきました。少なくとも目立つところにはそんなにいなくなっていたというところでしょうか。

2014 ⑧急転

別れは突然に。2013年9月、『サマータイムレコード』が投稿され、カゲプロはいったんのエンディングを迎えます。また、翌年、アニメ『メカクシティアクターズ』が放送。

他意はない

『化物語』『魔法少女まどか☆マギカ』で知られる有名アニメ制作会社、シャフトの手掛けるアニメは、大きな注目を集めました。
しかしフタを開けてみると、少なくとも既存のファン以外からは、どちらかといえば冷たい目線で受け入れられてしまいました。何がとは言わんが

そもそもカゲプロブームによって中高生の流入が非常に大きくなり、また「カゲプロ」というブランドがあまりに中学生からの支持を集めたせいで、「カゲプロ厨」がいわゆるマナーの悪い「キッズ」の代名詞として扱われるようにもなってしまいます。アニメが必要以上にネタにされたのには、やはりそういったイメージが先行していたことが関係していたといってもいいかもしれません。

この騒動はインターネット全体に波及し、まあその背景にある低年齢化と「悪目立ち」こそでっち上げとは言えないものの、やはりイメージが先行し、むしろ従来の初音ミクのファンだったであろう「ネットに入り浸っている成人」のファンは一気に離れていってしまう、という事態に陥ります。

余談ではありますが、同じくニコニコ動画の黎明期に人気を博した『東方project』も、この時期に艦これへの大規模な移住があったりして、ニコニコ動画全体で、多くのコンテンツがそのあり方を問われる時期となりました。

そうしてボカロ老人たちの多くが離れた結果、言葉を選ばずに表現すれば「オワコン」感が一気に加速してしまいます。
2014年・2015年には、「投稿されたその年の間にニコニコ動画でミリオン再生を達成した曲」がそれぞれ1曲ずつ、という驚きの凋落ぶりを見せつけ、旧来のインターネット・オタクの間では「ついにボカロってオワコンになったんだなあ」という空気が流れました。

2013年には12曲が年内ミリオンを達成していましたから、その勢いはまさに急転直下といえるでしょう。

また、2014年の年内ミリオンがDECO*27の『ストリーミングハート』であるのに対して、2015年の年内ミリオンは『全く身にならないソング』でした。

……誰の何?

この曲はゲーム実況者のラジオ企画のテーマソングとして作られた楽曲です。ボカロジャンルとしては『たべるんごのうた』とかと同じ立ち位置に分類されるべきものです。

ボカロ曲の「勢い」とか、熱狂的なボカロオタク以外への求心力、話題性みたいなものは、ここで、ぷっつりと途絶えています。

とはいえ、ここで今更、ことさらに衰退論を取り上げても仕方がありません。「ボカロ」のファンではないインターネット全体の流行としては勢いを落としたものの、『砂の惑星』にキレ散らかした和田たけあきのいう通り、このころにもファンはたくさんいましたし、新たな作品は続々と作られていました。

2014~2015 ⑨継続

その筆頭がn-bunaOrangestarです。

これまでは「ミーム」とか、ネット全体への流行歌として受容しているオタクが多かったですが、ここからは、バブルが終わっても、積極的にボカロの音楽を聞いていたいという姿勢のリスナーが主流になりました。

結果として、初音ミクのアイドル性を売りにしたり、キャラクターのイラストを押し出したりする必要性がなくなりました。結果としてサムネイルのキャラは小さくなり、エモい風景が流行しました。人目をひくためのキャッチーさはあまり重要視されず、風景のようなサムネイルでも人気曲になるようになったのですね。

ちなみに例外もあります


2015 ⑩漂白

あと、2015年頃にはなぜか真っ白な人間のイラストが流行します。
キャラのイラストがそこまで重要視されなくなったことから、作画コストが削減され、効率化された結果ということでしょうか。

かいりきベアナユタン星人が中心となり、このブームは広がります。一枚の絵のコストが下がったことにより「漫画」とかいうPVも現れますが、これはブームというか個人の話ですね。


2016 ⑪予兆

2014~2016年頃は、直前のブームの影響もあり、相対的に印象の薄い年代ということも可能でしょう。ミーム性が薄れたことで、流行の分析もしづらいといえばしづらいものになっています。

その傾向が顕著なのが2016年です。
2016年は、それまでのムードとは裏腹に比較的明るいムードで幕を開けました。

2016年ボカロ四天王」という概念がここで誕生します。

2016年の上半期頃に流行した、『ゴーストルール』『チュルリラ・チュルリラ・ダッダッダ!』『エイリアンエイリアン』『脱法ロック』の四曲のことです。同年8月までに、これらの曲がミリオン再生を突破しました。

また、続いて年内に3曲がミリオン再生を達成します。『すきなことだけでいいです』『罪の名前』『ボーカロイドたちがただ叫ぶだけ』の三曲を含め、「2016年ボカロ七福神」という用語が使われることもあるらしいです。ほんまか?

さて、これらの流行曲を見渡してみると、4曲が「白い人」を採用していることに共通点がみられるくらいで、「デカ曲名」の脱法ロックや、「漫画」の叫ぶだけ、「デカマスコット」のすきなことだけでいいです、まさに今風な「単色背景+曲名+白い人」のエイリアンエイリアンやチュルリラと、かなり色とりどりです。
また、アニメっぽく動くか、一枚絵か、といった部分でも統一感はとくにありません。

意外と初音ミク出現率は下げ止まりですね。

また、このころからオリキャラ系のサムネはコンパス曲が占めるようになります。コンパス曲は登場キャラのキャラソンという扱いなので、「キャラを大きく出す」という特徴とシナジーがあります
また、カゲプロに近い特性を持っており、「ほかのプロジェクト」のファンを大量に流入させました。


2016~ ⑫復興

さて、先ほども紹介した曲ですが、『罪の名前』を投稿したryoという人物は、言うまでもなく、『メルト』を投稿し、初音ミクの名を知らしめた人物です。この電撃復活は少なからず界隈に衝撃を与えました。ぼくも高校で聞いてたまげました。

ここから始まる「リバイバル」の流れと、コンパスによって再度注目されるようになった「キャッチーなキャラアイコン」の流れが、これからの復興のキーとなっていきます。

こういう意味でも、2016年のボカロを取り巻く空気は、これ以降、2017年から再び大きなブームとなる、いわば「ボカロ2.0」の予兆、前振りという色を強く出しています。
2009年頃から始まった「ボカロ音楽の確立→プロジェクト最盛」という一つの大きなドラマとは、やはり文脈の連続性がある程度途切れているという評価をしたいと思います。

いわば、2度目の「2007年」、2度目の「黎明期」といえるでしょう。

これからの再興に胸を膨らませて、続きは後編へと続きます。
ryo復活したし、次は……たとえば、ハチとか復活してくれないかな~?


というわけで、後編のネクストコナンズヒントは「Vtuber」です。できるだけ早く書きます。