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0からはじめる太陽月夜

~あらすじ~
アイドルの世界を知らない人が『太陽と踊れ月夜に唄え』というアイドルに出会った数週間を綴ったものです。約3,500字あります。

『太陽と踊れ月夜に唄え』(以下、太陽月夜と略)
ポニーキャニオンがプロデュースするアイドルグループ。声優アーティストを多数率いてきた野島鉄平プロデューサーが立ち上げたプロジェクトである。振り付けは沢口かなみさん、そして楽曲制作陣には錚々たるメンツが並ぶ。プロデューサーといい振り付け師といい楽曲制作陣といい、DIALOGUE+のファンからしたらやたら既視感のありすぎるそのラインナップは、当然興味の対象であり、僕も漏れずその一員であった。

デビューは去年の7月だった。僕は丁度PassCodeにハマりだした時期でありであったこと、大学院が忙しい時期だったこと、そして何より東京開催ということから、千年の都でありながら今や限界地方都市に成り下がった京都に住む僕は興味を持てなかった。

それ以降もライブが東京であったため、そこに人が増えていくのはわかっていても乗り込めずにいた。でも、いつか行ってみたいという気持ちは心の片隅にあった。物理的距離と興味を繋げ合わせるもの、それは「関西開催」だった。関西に来たら絶対に行くと誓いその時を待った。

ライブに行くまで、楽曲は一切聴かないようにしていたし、またメンバーの顔名前も出来る限り目に入れないようにしていた。この縛りは今考えると不可解であったが、食後のスイーツのようなとっておきであり、そしてこのとっておきが今の加速度的熱狂につながっているのかもしれない。

12月、ついに大阪遠征をするという情報を知った。
この日は他アイドル主催の対バンの後、タワレコでリリイベという流れだった。別の予定が昼にあったため、リリイベに行くことを決めた。

リリイベ1週間前、楽曲視聴を(勝手に封印して勝手に)解禁した。リリース順に太陽月夜を交互に聴いていった。

『幾望』の1曲目で衝撃を受けた。刺さった。

素晴らしい楽曲ばかりだった。
どれもライブで聴きたいと思えるものばかりだった。

グループユニットには誰推し、というのがつきものだ。僕はどのグループでも特定の推しを決めない「箱推し」を標榜している。誰よりの箱推しとかでもなく、純粋な箱推し。
だが、特典会が基本1on1なのは知っていたし、ここでも箱推ししてたら全員分グッズを集めるのに何円そして何年かかるんだという話になるので、一人の推しを決めることにした。

全員のプロフィールとかSNSとか楽曲とかを確認しながら、それでもなるべく直感で決めた。

雨島詩月さん。

僕が思う雨島詩月さんの推しポイントは
芯のある力強い歌声(歌姫)
踊りのキレ(ピシッピシッって感じ)
美しすぎる肌の白さ(つやつやでやばい)
・だから衣装でも私服でも黒主体の服が似合いすぎている(オトワ衣装好きすぎる)
出身県が同じ(愛知)(過去ツイ見たら共感できるものがいくつかあった)(でら好きだがや) 
表情管理(MVとTikTok参照)
かわいい(重要)(大事)(本質)

ただ、ライブの印象で推しなんて簡単に変わってしまうと思っていたので、ライブを見て推しを決めようかななんて思っていた。しかし、オトワの通常Bを持ってレジに立ち、ライブの整番とチェキ券を貰おうとしたとき店員から衝撃の通達を受けた。いや、衝撃でもなんでもないかもしれないがアイドル文化に無知の僕からしたらそのときは衝撃だった。

店員「どのメンバーですか?」
僕「えっ今決めないといけないんですか」
店員「はい」
えまってまってまって「(心の声)」

しかし今更メンバーを変える選択肢を持っていなかったので、覚悟を決め「雨島さんで」と店員に伝えた。少し震えた手でチェキ券を受け取る。

この日は、昼に紅茶を頼むとPassCodeの南菜生さん高嶋楓さんと1分間話せるというとんでもないイベントの後であり(このとき、このあとは帰りますと言ってしまった。このあと別のアイドルのとこ行きますとか言えんよ…)、ドキドキが止まっていなかった僕は一度フードコートに腰掛け、うどんを啜り心を落ち着けながら、DIALOGUE+の六華配信を見た。
開場5分前にタワレコに戻った。すでにファンで埋め尽くされており、タワレコの壁がtransformして奥からステージが出現した。ファン層的にホームともアウェーともいえない空間に微妙な心地よさを覚えながら、この人LIFE is EASY?の飲み会で会った人かもという申し訳なさを覚えながら、ご新規にはお誂え向きな3桁の整番を待つ。
自分の番号が呼ばれ中へ。開演を待つ。

『月夜に唄え』というSEと共に月夜メンバーが出できた。ネイビープールが流れる。自然と黒衣装の人に目が行く。こんなにステージ上の一人だけを目で追いかけたのは初めてかもしれない。
入れ替わりで太陽メンバーが出てきて2曲歌唱(曲ははっきりと覚えていない。あっちむいてベイベー!とJUNK GAME POPで合ってます?)。ここでオタクたちの本気を見る。どこで練習してきたんだ、そのコールは。しかし地蔵になるのは嫌いなので、音に乗ったり手拍子をしたり楽曲の終わりに拍手したり出来る限りのことはする。
2曲歌唱ののちメンバーが入れ替わる(また曲を忘れた。僕はライブ後よく記憶が飛ぶ)。また黒衣装の人に目が行く。踊りはキレッキレで、そして歌声に力強さがある。
太陽メンバーが合流し9人曲が始まる。アニタイ、強すぎる。ハヤシング、やっていきすぎている。

MCなしで6曲を走りきった。万雷の拍手が鳴る。

ライブが終われば特典会である。こういうのは経験が0に限りなく近いので、とりあえず様子見をして微妙に待ってから並ぶ。そしたら最後尾札を持たされた。隣で同じく最後尾札持ちの人が写真を撮っていたので自分も一応写真を撮っておく。

スタッフが手招く。
熱狂が染みつくステージに足をかける。

情景が思い出せない。自分が撮られていたことすら覚えていない。初めて来たこと、愛知出身であることを伝えたのは覚えている。あと年齢を聞かれたことは覚えている。あとはわからない。声が思い出せないのが一番つらい。人は本当に夢中になると記憶をなくす生き物だと僕は思っている。きっとそんな体験誰にでもあると思う。それがこのときだった。
チェキのポーズ指定なんてそんなこと新規にはできんと思っていたので、お任せにした(演者的には指定してもらった方が楽なのかも?)。結果めっちゃアイドルなポーズをした。

チェキを初めて撮った瞬間だった。確かにそこに、雨島詩月さんと彼女のサインと僕と僕の名前と日付があった。自分の写真写りが悪すぎて悲しい。その左手はなんだ。昔から写真写り悪いから本当につらい。

帰り道はまたライブに行きたいという気持ちに溢れていた。ホームページを開く。6日後の日進月歩&単独にはすでに予定が入っていた。
その次の日進月歩は…3/24。何もない。行ける。そういえばスプスラッシュの瀬乃まりんさんはやたらインスタのおすすめに流れてくる。お前が何回も見てるからだろ。
さっそくチケット抽選に応募した。

東京に行くのは金銭的にも体力的にも大変で、簡単には行けない。
来年度はもっと大学院が忙しくなるだろう。
貴重な資金源のバイトも減らさなけらばならないかもしれない。
ライブのある土日すら削らなければならないかもわからない。

振りコピやコールがうまかったり、資金力があってチェキを量産できたり、そんな強いオタクがいっぱいいる中自分はここにいてもいいのだろうか。
雨島詩月さん推しだと自分は胸を張れるほど推せているのだろうか。

わからないことしかない。
自分の知らない世界の前に立っているから。

でも、自分の音楽に対する素直な心を信じたい。
好きと思える音楽を浴びていたい。
この手を伸ばす先を知りたい。

今頭の中には『今しかできない音楽を』が流れている。生で聴いたこともないのに、円盤にもなっていないのに。わずかに流れるその曲を、そしてあのアカペラを、何度も聴いている。

彼女たちはまた舞台に昇る。
立ち止まっていては、大事なシーンを見逃しちゃう。
だから、ここから「晴れ舞台」を目指したいと思う。

以上、『0からはじめる太陽月夜』でした。
ここまで読了いただき本当にありがとうございました。
そして、これからよろしくお願いします。

0が0じゃなくなる瞬間

月夜に唄え『colorless』

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