「良いか悪いか分からない」ということ

「今の自分の考えを臆さずに出せるようになる」
これは、私が今一番なりたい自分の姿です。
そのために、色々細々したことを試して行動して、試行錯誤中。

そんな中で気付いたのが、自分の中で、

「このテーマについては、意見とか考えが何にもない…」
「え、どっちでもいいけど…」
「良いか悪いかも分からない。感じられない」

と思うことが、とても多いのです…

考えを出せるようになりたい。
けれど、出すべき考えが私の中にそもそも全然無い…という状況。
とくに、社会問題に対してはこれが顕著でした。

思い当たる原因は、主に二つ。
①自分を取り巻く社会に、興味を持ってこなかった。
②どっちでもいい、の精神で生きてきた。

何て言うのか…、自分を取り巻くものって「そういうもの」だとずっと思っていて、それ以上でも以下でも無かったんです。
不満や疑問を持ったこともあまりなく、今思うと恵まれてのだろうと思います。
社会や自分を取り巻く情勢に、興味を持つこともありませんでした。

今は、以前より世の中のことを知りたいと欲求が出てきて、最近ジェンダー問題について学んだりしています。
…しかし、正直分からないのです。
ジェンダー平等であるべき。
それはそう思います。
けれど、ジェンダー平等についての様々な意見や考え方に触れた時、私は判断が出来ません。
良いと思うか悪いと思うか。好きか嫌いかさえも。
興味が無いこと、自分が接してこなかった問題には、良いも悪いも分からず「よく分からない、どっちでも…」と感じる自分がいました。

また、人との摩擦が何より嫌いだった私は、ある程度の年齢まで「どっちでもいいよ」「なんでもいいよ」精神で日々を乗り切って来ました。
それは、確かに自分の心を守るための手段でした。

けれど「どっちでもいいよ」を続けていると、自分で考えること、疑問を持つことをしなくなります。
思考停止の状態に慣れていきますし、そのこと自体にも気付かなくなります。
学校や社会に疑問を持ったり、反発心を抱いたことも私はあまりありません。
尾崎豊は、一体何がそんなに嫌だったのか。
あの反骨精神は、パワーは、どこから湧いて出ていたのか。
私には心底不思議でした。

同世代の友人の中には、世の中のことなんて興味ないし、よく知らないよという人も多いです。
それでも、自分の考えは臆さずポンポン言える人もいます。
その友人達は、世の中に興味は無いかもしれない。
けれど普段から自分の気持ちには正直であり、「どっちでもいい」を元には動いていなかったように思います。

・自分を取り巻く世界と向き合っていなかった
・考えること疑問を持つことが無く、思考停止で過ごしていた

今、この二つを自分自身に痛切に感じています。
自分以外のことに興味を持ち、自分で考えること感じること。
今からでも遅くはない、自分以外のことに向き合っていこうと思います。

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