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私、失敗しないので。

我が家のトイレは車椅子ごと入れない構造になっており、位置的にも改造も不可とのことで、義母には車椅子で入口(ドアを取り払い、アコーディオンカーテンで仕切っている)ギリギリまで進んでもらい、そこからは数か所に設置した手すりを掴みながら、何とか行って貰っている感じである。

体調が悪かったり、体に力が入らない(透析後などによくその申し出がある)場合は、手すりに摑まることも難しく、抱えて便座に座らせたり、こちらでお尻を拭いたりすることもある。

私のコロナ療養中、娘にこの手の介助までさせてしまうのかも知れない日々が、とにかく恐怖であった。
トイレに間に合わず・・・ということも多々あったので(しかも大)、それだけは本当に避けてくれと、私は毎日隔離部屋から祈り続けた。
いくら紙パンツを履いてるとはいえ、あの後片付け作業は本当にトラウマレベルである。

幸いなことにこの時期の失敗は一切なく、娘に大変な経験をさせずには済んだ。
しかし、このことが義母に変な自信をつけさせてしまったようで。

「私、もう普通のパンツでも大丈夫な気がするの」
デイケアから帰って来て開口一番、義母は私にこう言った。

確かにここのところは失敗がないってだけで、いつまた急激に体調が変わるかも分からないし、またクリニックで勝手に強めの下剤を飲まされてトイレまで間に合わず&止まらず・・・みたいな地獄絵図状態に陥った時、どうすんの??

「あれは強い薬を飲まなきゃいいだけの話でしょ」
だからね。強すぎるから飲ませないでって何度も言ってるのにクリニックがこっちの話聞いてくれないんじゃん。

「毎日全然紙パンツ汚れてないし、取り替えるのお金勿体ないでしょ」
汚れてるってば・・・。
そしてそのためにちゃんと市から助成頂いてるんだってば。
足りない分は確かに手出しはあるけど、それは義母が払うわけではないし。

ちなみに、今使っている紙パンツのパッケージには「ひとりで歩行・外出ができる方用」と書いてある。
その時点でまず違うやん!!ってことだけど、これじゃなきゃ私は絶対に履かない!という騒動があったからだ。

様々な紙パンツや敷パッドを購入し試してみたものの「ごわごわする」「こんな厚いの履きたくない」とゴネまくられ、吸水力などに若干心許ない点はあるものの、超薄型のまるで下着のような今のタイプに落ち着いた。
「白は嫌だ」ということで、なかなか店頭ではお目にかかれないピンク色のものを用意している。
そこまでして、本人の希望に沿うようにして来たのに。
典型的な喉元過ぎれば熱さを忘れる性格が、非常に羨ましく思える今日この頃。

「失敗があった時、お義母さんも辛いだろうけど、私も辛いんだよ。
だから、お互いのために紙パンツを続けて貰えませんか。
デイケアとかショートステイに行く時も、施設の方からは紙パンツで来て貰えるとありがたいって言われてるんですよ」
プライドを傷つけないように、言葉を選びながら説得を始めた。

どんな言葉も、義母にとっては面白くない言葉なのであろう。
ずっと下を向き、むっとした表情で黙り込んだ。長い沈黙が続く。

ボソッと何か義母が言葉を発した。
「え??」と聞き返す。
「私、失敗しないので!!!」
米倉涼子がそこにいた。
彼女の当たり役、ドクターX 天才外科医 大門未知子の決め台詞である。
颯爽と難しい手術をこなして立ち去る彼女との共通点は、気が強いというところしか見当たらないのだが。
そしてその自信は、一体どこから湧いてくるのであろうか。

確かに失敗することを前提に履いてくださいと言われるのは、プライドの高い義母からすれば耐えられなかったのかも知れない。
でも、もう自身で後片付けが出来ないのだという現実を、そろそろ受け入れて貰いたいところである。

義母が年齢を重ねているのならば、私だって確実に年を取っている。
いつまでも若い頃のように身軽に介助出来るわけではないということを。

願いは空しく、「はい!分かりました!」と更に機嫌を損ねた声を残して義母は自室へ引き上げていった。
目の前でピシャリと締められる戸の音は、私の心を挫けさせる。
そんな態度を取るならば、もうすべてご自分でなさったらいいじゃないのと思う。
何もかも投げ出して、逃げ出したくなる。

それでもその後は何食わぬ顔で、〇日に自宅に美容師さんを呼ぶから髪を切った後の後片付けをしてくれとか、インフルエンザの予防接種の問診票を書いて欲しいとか、普通に私にいろいろ頼んでくる。

「しっかり療養しないと義母さんの介護出来なくなるよ」と言われたことにも表れてるように、体がしんどかろうと心がしんどかろうと、家族が面倒をみて当たり前な世界線が、この国には存在している。

ここ1年程、一人暮らしをしている私の母は体調を崩すことが増えているのに、私の日々のスケジュールを思い、こっそりひとりで病院へ行き、後日「実は・・・」と話してくることがほとんどだ。
8年前に亡くなった父同様、「そちらのおかあさんの方が大変なんだから」と言う母。
同じ県内に住む娘に甘えられない状況にしていることが、本当に本当に申し訳ない。
家族が面倒をみて当たり前と言うのならば、私が母のもとへ駆けつけるのも当然だと思うのだけれど。

しかるべきところへ「もし私の母が具合悪くなった場合、義母のことはどうすればよいのか」と尋ねたら、やはり義母を優先しろと言われた。
ぶっちゃけ、母が入院しようが手術をしようが万が一のことがあろうが、私は義母のスケジュールありきの生活を送り続けろと言われたようなものだと思っている。
命の重さは同じはずなのに。
どこまで私は親不孝な娘でいなければならないのか。

義母からワガママを言われるたびに、私は両親の顔がちらつく。
誰かの犠牲のもとに成り立っている生活であること。
きっと彼女には一生イメージ出来ないのだろうなと思う。

悔しい。


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