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「黄昏スパナ」⑤/⑥

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動物園の近くにあるファミリーレストランで昼食をとり、また動物園へ戻り、十分に動物たちを眺め、飽きるまでモルモットを撫で、ルカはさすがに疲れたのか、帰りの電車で居眠りをしていた。家の最寄り駅になっても起きず、結局有の兄貴がおんぶして歩いた。

有の実家にもどり、店の座敷にルカを寝かせる。有の母親が薄手のタオルケットを持ってきて、ルカにそっと掛けた。寝ている子供は無防備だ。クプークプーと寝息をたてて、熟睡している。



「夜になったら迎えにくるって言ってたけど、何時に来るんだろ?」

有が俺に聞いてくる。今は16時過ぎ。さすがに夜中ということはないだろうが、あの女の連絡先なんて疾うに消してしまっている。

「わからんな。いい加減なやつだから。」

「でも、ルカちゃんを見ている限り、あの女の子供には見えないね。」

「あぁ、俺もそう思っていた。あいつがこんなにかわいい素直な子供を育てられる気がしない。」

「謎は深まるばかり。この世はミステリーだからねー。」

有が店のグラスに水を淹れて持ってきてくれる。ありがとう、と受け取ろうとしたとき、俺のスマートフォンが振動した。

「―はい、葉山です。え?サエキさん?あ、はい。はい。あ、リカのことですよね。知っています。え、え?あ、はい。ルカちゃん、預かっています。はい、今寝ています。はい。商店街わかりますか?はい。有沢飯店です。中華料理屋の、有沢飯店です。はい。わかりました。待ってます。」

「誰?」

「ルカの母親という女から電話だ。リカじゃない。とりあえず、今からルカを迎えにくるらしい。詳しいことは来てから話すって。」

「え、じゃやっぱり、例の派手な女性のお子さんじゃなかったの?」

有の母親も驚いている。

「そうみたいです。とりあえず本当の母親が来るみたいなので、とりあえずは良かったです。」

「そうね。とりあえず、待ちましょう。」

有の母親が温かいお茶を淹れてくれて、俺たちはルカの母親を待つことにした。

10分ほどしたとき、店のドアがそっと開いた。

「失礼します。」

女性の声だ。少し警戒している感じがする。

店の前には「本日は臨時休業」の張り紙をしているから、客ではないのだろう。

全員が一斉に注目する。開いたドアから入ってきたのは、30代くらいの女性だった。黒い髪を後ろで結び、膝丈の紺色のタイトスカートにベージュ色のスプリングトレンチコート。大人4人の一斉の注目に出迎えられて、驚いている。

「あの、さっき葉山さんにお電話した佐伯と申しますが、ルカはいますか?」

「あ、ルカちゃんのお母さんですか?」有の母親が聞く。

「はい。」

すると座敷で眠っていたルカが目を覚ました。

「あ!ママ!」

寝起きで母親がいたものだから驚いたのか、座敷から裸足のまま飛び降りて、走って母親の足に抱き付いた。

「ママ!おかえり!」

「ルカー、ごめんね。ママが急にお仕事だったから。寂しくなかった?」

佐伯と名乗る女性も屈み、ルカを大きく抱きしめた。

「うん!あのね、モルモットさわったの!モルモット!」

「え、モルモット?」

「うん!」



「まあ、立ち話もなんですから、どうぞ、お掛けになってください。」

有の母親が佐伯と名乗る女性にもお茶を出す。

「すみません。突然娘を預かってくださって、本当にありがとうございました。リカが、妹が大変ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした。」

佐伯さんが、我々4人に深く頭を下げる。

「え!あ、リカのお姉さんですか?」

俺は驚く。外見も、態度も、全く似ていない。

「はい。リカは私の妹です。」

そういって佐伯さんはルカを膝に乗せ、失礼しますと言いながら椅子に掛けた。

ルカは、「ママ、モルモットのね、モルモットの毛を触ったんだよ。あとペンギンとね。」と動物園の話をしたくて仕方がないらしい。

「ルカ、ちょっと待っててね。ママ先にお話ししなきゃいけないから。ごめんね。」

そう言って我々に向き直る。

「すみません。私はリカの姉で佐伯ミカと申します。ルカの母親です。私は、去年離婚して、ルカをひとりで育てています。普段は保育園に預けているのですが、今日は職場で急な体調不良の職員が出て、急に仕事に行かなければならなくなって。それで、妹が近所に住んでいますので、1日だけルカを預かってくれないか、とお願いしたんです。そしたら、いいよって言ってくれたので、朝からルカを預けました。私も甘かったんですが、妹はいい加減な子ですが優しい子なので、まさか他人の方に預けてしまうなんて思ってもいなくて。本当にご迷惑おかけしました。妹のことは強く叱っておきますので。」

「いや、私たちは迷惑ではなかったですよ。それより、心配したでしょ、見ず知らずの男に預けたなんて言われて。自分の子供だったらって思ったら、誘拐されたような気分だわ。」有の母親が言う。

「ご迷惑をおかけしておいて失礼な話なんですが、さっきルカに会うまで、本当に心配しました。葉山さんがどんな方か知らなかったですし。でも、ルカが元気にしていて、本当に安心しました。」そう言って佐伯さんはルカを抱きしめた。

「すみません。こちらの自己紹介がまだでしたね。俺が電話に出た葉山です。それで、彼が俺の恋人の有で、こちらが有のお母さんとお兄さんです。」

「あ、恋人、ですか。あれ、リカとお付き合いしていたんですよね?」

「はい。あの、男女どっちでも付き合えるタイプなんで。」

「そうなんですね。」佐伯さんは少し困ったような顔で笑った。

「ママ、ルカね、動物園いったの。」

「え?動物園?」

「すみません。葉山さんと有が、自分たちだけじゃ1日面倒をみられない、って言って私たちのところに来まして、それで、私も孫がいないもので、つい可愛くなってしまって。余計なことかもしれないんですが、一緒に動物園に遊びに行ってきました。」有の母親が話す。

「そうでしたか。だから、さっきからモルモットとかペンギンとか言ってるんですね。この子、動物大好きなんです。重ね重ね、ありがとうございます。なんだか、こんなに楽しそうに話すルカは久しぶりに見ました。私が普段忙しいから、あまり構ってあげられてないんです。今日1日楽しかったようで、本当にありがとうございました。」

佐伯さんはまた深く頭を下げて、ルカを抱きしめた。

「ママー、お腹空いた。」

ルカが突然言う。

「あら、そうね。何食べようかしらね。今日はママが急にお仕事になっちゃったから、何でもルカの食べたいもの作ってあげるよ。」

「ルカ、おばちゃんのチャーハン食べたい!」

「え?」

「ねえ、おばちゃん、チャーハンがいい!」

ルカはそう言って有の母親を見た。

「朝、食べたあれかい?」

「そお!あれ!チャーハン!」

「よし、じゃ、夕飯もみんなでチャーハンにしようかね。」

「え、チャーハンって、ここでですか?」佐伯さんは驚いている。

「だって、ルカちゃんが食べたいってい言うならね。」

「ルカ、食べたい!」そう言って笑いながらルカちゃんは佐伯さんの膝から降り、有の母親の足元に抱き付く。「あらあら、ルカちゃん。チャーハン気に入ったんだね。」有の母親は嬉しそうに笑う。

「もうルカったら。すいません。」佐伯さんも笑う。

「ママン、僕レバニラもつけてー!」

「それは孝ちゃんに言って。」

「兄貴、レバニラ~!」

「よし、まかせろ。」

そうして佐伯さんとルカも一緒に、賑やかな夕飯となった。結局、チャーハンとレバニラだけでなく、餃子や麻婆豆腐も出てきて、テーブルの上は豪華な中華三昧になった。店を急遽閉めた分、材料が余っていたようだ。

やっぱりうまい。どの料理もうまい。ルカがいるから辛さ控えめにしてあるが、麻婆豆腐もうまい。いつも有が「レバニラとらーめん」と言うからそればかり食べていたが、次は麻婆豆腐を頼もうと決めた。

「ところで、リカって人は何で英二にルカちゃんを預けちゃったの?」

有が佐伯さんに聞く。

「あぁ、それは、昔捨てられた男にドッキリをしてやりたかった、なんて言っていました。葉山さんなら医者だから子供の扱いにも慣れているだろう、という安心もあったらしいです。私が、どうして見ず知らずの人に預けたりするの!って怒ったら、英二は絶対に悪いことはしないから、私なんかが預かるよりずっとルカのためだ、なんて言っていました。本当に申し訳ないです。」

「英二、信頼されてんじゃん。」

有が睨んでくる。

「もう関係ないんだ。本当に信じてくれ。」

「有さん、それは私からも、お願いします。本当に、あの、リカはいい加減な子ですけど、今はちゃんと好きな人がいて、葉山さんに未練はないって言っていましたので、ご心配なさらずに。」

「ならいいけどね。」

有がふてくされて頬を膨らすから指で突いてやると、口からブーと空気が漏れて変な音が鳴り、それをルカがおもしろがってケラケラ笑った。ルカが笑うとみんなが笑う。子供というのは、そういう存在であることが正しいのだろう。つられて笑っている自分に気付いて、子供の力は大きいなと実感した。

《つづく》→最終話

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