小説:邪悪と醜悪【739文字】

「ねえ、見て、あの子かわいそう」

 そう言うユリの視線の先にいたのは、車椅子に乗った少女だった。

 電車を待つホーム。人はまばらで、初秋の空気が爽やかな午後。少女は小学生くらいで、足が悪いのか、それとも欠損しているのか、ひざ掛けの下はわからない。

いてる時間にしか、電車乗れないんだろうね。ああいうお母さんって偉いよね。大変だろうに、感動しちゃう」

 車椅子を支えながら、少女に話しかける母親。三十代くらいだろうか。

「ユリ、最近もボランティア行ってるの?」

「うん。行ってるよ。この前も障害児支援のNPO団体とバーベキューがあって、行ってきた。みんなすごいかわいいの。天使かと思っちゃう。マキも今度一緒に行こう。すごい人生勉強にもなるし、やっぱり良いことするのって、自分も気持ち良いよ」

「ふーん。そっか」

「なんかさ、かわいそうな人の役に立つことで、自己肯定感にもつながるんだよね。ああ、私でも人の役に立てるんだっていうか、良い行いって神様が見ていてくれてる気がするし」

「かわいそうな人?」

「そう。障害があったり、闘病してたりさ。大変な人っているじゃん」

「ああ、大変な人ね」

「うん。でも、みんなすごい輝いてるんだよ。自分たちのハンディキャップを前向きにとらえて、乗り越えて、そういう人たちってほんと輝いてる」

 ユリが熱く語るうちに、ホームに電車が入ってきた。ユリは車椅子の少女と母親が電車に乗れるかどうか気にしているのか、ちらちら見ていた。親子は、スムーズに乗車した。

 次の瞬間、ユリが、すっと体を引いて横にけた。電車から降りてきたのは、現場作業員と思われる年配の男性であった。

「くさ。電車乗るとき臭いって、マナー違反だよね」

 ヒソヒソと私に耳打ちするユリに、もう友達ではいられないと思った。



#邪悪を考える二週間





邪悪とは、と考えていた結果、行きついた答えは私の思う醜悪でした。偽善と無意識の差別というのは、人間の本質的なところの悪意であると感じます。「かわいそうな人の役に立ってる私」という偽善マウントが、いかにも人間らしい悪意があって、苦手です。


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