袖触れ合うも縁だから。
これは本当に不思議なのだけれど、私は、具合の悪い人や怪我をしている人に遭遇することが多い。
最初は中学生くらいのときだったと思う。母親の運転する車に乗っているとき、バイクで転倒したらしい若い女性をみつけた。夜で、暗い人気のない道だった。
「お母さん、今誰か倒れてたよ!」
母親は車をとめて、私は車を降りる。そこには、バイクで転んだらしく頭から血を流した若い女性がいた。意識はあるようだった。母親が救急車を呼んで、私は子供ながらに「怪我人は勝手に動かしたら危ない」という思いがあったため、下手に何もしないことにした。でも、「痛い」「寒い」と言っているから、車に積んであった毛布を女性にかけた。
「救急車、呼びましたからね!」
そう声をかけるしかできなかったが、怪我人に遭遇するのはこの日が始まりだったと思う。
次は、たぶん中学生くらいのときだ。家の最寄り駅の改札を出たところで、中年の男性が仰向けで倒れていた。ぴくりとも動かず、亡くなっているのかと驚いたほどだ。しかし息はしている。このときは何をしたらいいかわからず、とりあえず駅員さんを呼びに走った。
そのあとは、大学生の頃だろうか。実家の最寄り駅の近くにあるカラオケ店の裏、自転車置き場に、若者がひとり倒れていた。何事だろう、と近づくと、とてもお酒臭い。酔っ払いか、と思ったがどうやら意識がない。寒い日だったし、急性アルコール中毒かもしれない、と思い、念のため救急車を呼んだ。
大人になってからは、実家の近所のスーパーの前で仰向けに倒れている年配の女性に遭遇した。声をかけると「転んでしまったんだけど、ひとりで起き上がれなくなってしまった」と言っていた。私は抱えるように女性を立ち上がらせた。外傷はなく、痛いところもない、と言っていたが念のため「救急車を呼びますか?」と聞くと、駐車場にご家族がいるという。付き添ってご家族のところまで一緒に行き、状況をお伝えした。痛みが出るようなら病院に行きます、というので、そこで別れた。
次は、実家の近くの草むらで雨の中寝転がっている若い青年に遭遇した。こちらは完全に酔っ払いだった。しかし極寒の真冬の雨にさんざん打たれてずぶ濡れだった。凍えてしまう、と思い、酔っ払いであることは見てわかったので、おまわりさんを呼んだ。おまわりさんがポケットなどを探ると身元がわかり、家族に連絡してくれた。
次は、最近。近所で、バスに乗ろうとしてバスの階段から落ちてコンクリートの地面に腰を打ち付けて動けなくなっている年配の女性に遭遇した。バスの運転手さんは動揺しており、ほかのお客さんたちもどうしたらいいか、とオロオロしていた。外傷はなかったが動けないと言うし、腰が強く痛むというので救急車を呼んで、女性の衣服の締め付けをゆるめ、あまり動かさないようにした。無事救急車を見送り、バス会社の人に感謝された。
これも最近、近所をウォーキングしていると小さな人だかりがあった。何かあったのかな、と見てみると、自転車で転んで頭を打って血まみれの年配の女性がいた。救急車は? と聞くと誰も呼んでいないとのこと。明らかに頭を打っているし出血していたのでまず救急車を呼んで、それから出血量を確認する。もう血は止まっていそうだったから止血の必要はなさそうだ、と思い、頭を打っているそうだから動かさないほうがいいと考え、道路に寝かせたままだったが我慢してもらった。意識をしっかりもってもらうために救急車到着まで声をかけ続けた。無事に救急車を見送り、ほっとした。
怪我をしそうだった人の予防をしたこともある。駅のホームを歩いているときだった。すぐ隣を歩いていた年配の男性がキャリーケースを引いていたのだけれど、持ち手がやたら長く、男性は扱い慣れていないように見えた。「危ないな。転びそうだな」ふっとそう思った瞬間、本当に男性がカートにつまずいて前のめりに飛びだしたのだ。私は慌てて男性を支えた。男性は転ばずに済み、「どうもすみません」といってゆっくり歩いていった。
こんなにも、具合の悪い人や怪我人に遭遇することはあるのだろうか。私は、さほど珍しいことではないと思っていたのだけれど、周囲の人に話すと「そんなに遭遇することはない」と言われる。「救急車を呼んだりしないだけで、遠目には見てない? 実は遭遇はしているんじゃない?」と聞いても「いや、そもそもそんな状況に居合わせたことがない」と言われる。
何の因果か、私は二十代から三十代まで看護師として働いていた。今は専業主婦だけれど、あいかわらず怪我人には遭遇している。もし私が「具合の悪い人や怪我をしている人に遭遇する」という星のもとに生まれた人間ならば、私はいつでも冷静に対処できるように、気を付けていたいと思う。「袖振り合うも他生の縁」とは言うけれど、たまたま具合の悪い人や怪我人に遭遇するのも、それはそれでやっぱり縁だと思う。特別なことができるわけではないけれど「あの人が偶然通りかかって良かった」そう思ってもらえるような人間でありたいと思う。
そんな話を夫にしたら「俺は高校生のとき、腰まで雪に埋もれて動けなくなっていたおじいさんを助けたことがある」と言っていた。似たもの夫婦のようだ。
おわり
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