誤解していた.PEZY Computing のプロセッサにお金を支払った研究機関・大学はまだない
追記(4月1日)
PEZY のプロセッサを購入された個人としてGoogleの熊崎宏樹 (kumagi) 氏からツイッターでご指摘いただきました.タイトルを「誤解していた.PEZY Computing のプロセッサにお金を支払った研究機関・大学はまだない」とし,本文も必要な部分を変更しました.
昨年12月の記事「スパコン開発を粛々と進める」、創業者不在のPEZYグループから引用.
ExaScalerはスパコン技術の研究開発に加え、独自の液浸冷却装置と他社のプロセッサを組み合わせたスパコンの外販にも取り組む。米インテルのXeonプロセッサと米エヌビディアのTesla V100-SXM2を組み合わせた省電力スパコンを販売する。
現時点でExaScalerのスパコン販売実績は、ヤフーに納入した「kukai」と、もう1社のみ。2018年はスパコンの外販活動を強化し、スパコンベンダーとしての地力と実績を積み重ね、PEZY-SCスパコンの販売につなげる考えだ。
この文章から,自社プロセッサの販売が不振で,他社プロセッサによるスーパーコンピュータの販売に活路を見出そうとしていることがわかります.ご指摘された熊崎宏樹氏だけでなく,一定数の方々が PEZY プロセッサの技術力を高く評価して PEZY のプロセッサを購入していたなら,このような方針転換が不要な気がしてなりません.
実際にこのような方針転換が行われたということは,(同じ記者による「スパコン開発を粛々と進める」、創業者不在のPEZYグループにある)
技術力に高い評価があったことは、PEZY社とExaScaler社などが関わったスパコンや冷却技術の採用実績から明らかだ。
という主張における実績の実態に,大きな疑問が残ります.
また,プロセッサ単体よりまとまった単位,例えば複数の PEZY プロセッサによる小規模計算サーバとして導入を検討する場合,一般的な床が支えられない 1t/m^2 を超える液浸冷却槽の重さと,排熱のために設置場所の外のラジエーターまでパイプを這わせるために壁に穴を開ける必要があることなど,導入(購入)のために解決しなければならない大きな課題があります.
追記ここまで(4月1日)
「PEZY グループのスーパーコンピュータ(スパコン)は技術的に優れている.なぜなら,理化学研究所など研究機関にたくさん設置されているからだ.」と思っているなら,それは誤解です.無料で試供品として研究機関に設置されているだけで,技術力とはまったく関係ありません.
PEZY Computing の中村孝史氏がツイッターで以下のやり取りをしています.
PEZY グループのスパコンが売れていないからといって,詐欺には問えないでしょう.その通りだと思います.ただ質問した方も,「もう詐欺」といっているので,詐欺そのものだとは思っていないはずです.
このやり取りで残念なのは,「PEZY 社のスパコンって実際に売れたのですか?」という質問を,最後まで PEZY Computing の中村孝史氏に答えていただけなかったことです.
私も当初誤解していたので,今後誤解する人がいないように,以下の3点について正しい情報を示します.
(1) スパコンはすべて全額 PEZY グループの自費で設置されていて,研究機関は1円も支払っていない.
(2) PEZY グループが販売できた唯一のスパコンでさえ自社のプロセッサを採用していない.
(3) PEZY Computing のプロセッサが研究機関・大学に購入された情報が見つからない.
PEZY Computing のスパコンに,どの研究機関もお金を出していない
ニュース解説 - (3/3)PEZY社長逮捕、スパコンの旗手に何が起きたのか:ITpro から引用(ただし,リンク先の閲覧には登録が必要).
PEZY ComputingはNEDOの助成金に加え、複数のグループ企業を通じて出資を受けてスパコンを製造していた。理化学研究所や高エネルギー加速器研究機構(KEK)に設置したスパコンは、PEZYグループが保有し、理研やKEKに共同研究費を渡して運用を委託している。
海洋研究開発機構(JAMSTEC)に設置され(略)た暁光は、PEZYグループが保有し、かつ運用も同グループが手掛けている。暁光の製造費は70~80億円とみられるが、科学技術振興機構(JST)の助成金では足りず、PEZYグループも出資金から製造費を拠出しているという。
理化学研究所,高エネルギー加速器研究機構(KEK),海洋研究開発機構(JAMSTEC)にあるスパコンは,どれも PEZY グループがすべての費用を負担して設置したものです.さらに PEZY グループは研究機関に共同研究費を支払っています.一方,これらのどの研究機関も(電気代を負担するだけで) PEZY グループに一円も支払っていません.無料で提供されるなら,性能に関わらず空いている部屋を貸す研究機関もあるでしょう.
次に,「詐欺容疑」IT業界に衝撃、スパコン開発会社PEZY齊藤元章社長の素顔から引用.
技術力に高い評価があったことは、PEZY社とExaScaler社などが関わったスパコンや冷却技術の採用実績から明らかだ。
理化学研究所(RIKEN)や大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構(KEK)といった大手研究機関がPEZY社と共同開発などをしたスパコンを設置、Yahoo!JAPANのスパコン「kukai」にも、ExaScalerの冷却技術が採用されている。
「共同研究(契約)」は理化学研究所のプレスリリースにも使われている言葉です.しかし,採用実績・共同開発・共同研究と言葉から得られる印象よりも,PEZY グループが試供品として研究機関にスパコンを提供していると言う方が実態に即しているでしょう.無料提供を理由に,技術力に高い評価があったというには無理があります.
PEZY Computing のプロセッサを使ったスパコンの販売台数は1台
「スパコン開発を粛々と進める」、創業者不在のPEZYグループ(2017年12月25日の記事)から引用.
現時点でExaScalerのスパコン販売実績は、ヤフーに納入した「kukai」と、もう1社のみ。
その2台の1つ,Yahoo! JAPAN が購入した kukai は Top500 の登録情報にあるように,NVIDIA 社の Tesla P100 をプロセッサとして使い,PEZY Computing のプロセッサを使っていません.このことから,Yahoo! JAPAN は「PEZY Computing のプロセッサはスパコンに不適切だ」と判断したことがわかります.
引用元では,もう1台は具体的に書かれていません.可能性の1つとして,齊藤元章氏が卒業した新潟大学からの購入計画があります.【新潟大学】落札公示 高性能コンピュータシステムから引用.
公示日 2018年1月4日
調達機関 新潟大学
件名 高性能コンピュータシステム
調達方法 購入
落札日 2017年10月31日
落札者 株式会社ExaScaler
落札価格 94,316,400円
この落札公示に関して,2017年12月27日にBSN新潟放送が「契約は解除された」と報道しています.(archive.is による記録)
経産省所管の法人から助成金4億3000万円を騙し取ったとして長岡市出身のスーパーコンピューターの開発者が逮捕・起訴された事件で、新潟大学はスパコンの購入契約を解除し違約金の支払いを請求しました。
新潟大学は医学部への導入に向け10月に9430万円でスパコン購入を契約していますが、今月15日付で「プログラムに遅延の要因が発生した」という契約解除願いが届きました。
落札公示と契約金額がほぼ一致しているので,この購入計画が該当する可能性が高いでしょう.よってこの契約解除により,PEZY グループによるスパコンの販売は1台(プロセッサは他社製)だけになります.
一方で,追記のように「PEZY プロセッサを購入した」という指摘もあります.その場合は,PEZY プロセッサによるスーパーコンピュータが1台,他社のプロセッサによるスーパーコンピュータが1台販売されたことになります.
設立からの8年の間でPEZY グループが販売できたスーパーコンピュータは最大2台だけ,そして PEZY Computing のプロセッサを購入した研究機関・大学はまだ見つかりません.
まとめ
PEZY グループのスパコンは無料提供であり,販売実績は最大2台(自社プロセッサは最大1台)だけ,さらに PEZY Computing のプロセッサは研究機関・大学に販売実績がありません.冒頭のツイッターでの疑問にあったように,「研究機関への設置」,「採用実績」,「共同開発」という言葉から来る印象は誤解を招きます.実態に即して表現をするなら,設置されたスパコンは試供品として提供されているだけで,お金を支払った研究機関はありません.
スパコンの販売実績が最大で2台だけ,プロセッサの研究機関・大学への販売実績が見当たらないからといって,それだけでPEZY Computing の技術力が否定されるわけでないのは当然です.しかし,この実績が投資家の判断(メモリへの投資はなく,プロセッサへの投資は回収され,液浸冷却への投資だけが残っている)と一致しているのは重要です.つまり,技術力の評価には(投資家のような厳しい視点からの)正しい現状認識が不可欠です.
(1) 投資家は逮捕騒動の前に投資資金を PEZY グループから回収し,PEZY グループの技術を見切りをつけている.
(2) 研究機関は PEZY グループの技術に1円も支払っていない.
(3) ExaScaler からスパコンを購入した企業は PEZY Computing のプロセッサを不採用にした.
(4) PEZY グループが獲得した資金は,(自らの資産を失うという切実さに欠ける)政府機関が決定した,税金による助成金・補助金がほとんど.
途中の引用にあるような「(PEZY グループに)技術力に高い評価があったことは、PEZY社とExaScaler社などが関わったスパコンや冷却技術の採用実績から明らかだ。」という主張はまったく明らかではなく,PEZY グループの技術力が高く評価されていた根拠はありません.
追記
2月6日に一般の方が PEZY のプロセッサを購入したいと PEZY Computing の方に連絡しています.
これで PEZY Computing のプロセッサが初めて購入されるかも知れません.