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婚活とクズ男(2) 無責任くんの場合。

待ち合わせに遅れていた。
表参道の駅を降りて地上に出て、目的のお店に小走りで向かう。
予約者の名前を告げると、掘りごたつ形式の小部屋に通された。

「遅くなってすみません!りんです」
「おつかれー!」

今日は女友達が組んだ2×2の合コンだった。
とは言え、男性側の幹事は別にいて、冒頭にあいさつをして帰ったという。
手前の入り口左の席には男性が座っていて、その手前が1席空いていた。その席にいそいそと座る。
男性は二人とも3歳上、どちらもイケメンだった。

「今日、寒いですね!」
「うん、何飲む?早くあったまろ!」
「!」

左手を床について足を掘りごたつ部分に入れながら話していると、隣の男性、Aさんが左手でメニューを立てて見せてくれながら、右手で私が床についている左手を上からぎゅっと握って来た。

「あ…白ワインお願いします…」
「いいね、ぼくも白ワイン頼もうかな。」

手ははずさないまま目をまっすぐ見つめてくるAさん。
その爽やかな笑顔と左手から伝わって来る熱とで顔がかーっと熱くなる。

どうしよ…顔、赤くなってないかな…

みんなで乾杯する間も、Aさんの手は離れなかった。
左利きのようで、ご飯を食べる間もずっと握られていたけれど、手を裏返して握り合うのは恥ずかしくてできないまま、ただ握られるままにグーにしたままでいた。

「2次会、どうする?」
「あ、オレ、帰るけど、
 りんちゃんはどうするの?」

Aさんが聞く。
私にしかわからないウィンクを短く送ってきた。

「私も明日早いから帰ろうかな。」
「どっち方面?」
「あ、銀座線です」
「オレも!
 じゃ、改札まで送って行くよ!」
「オッケー!じゃ、
 オレたちは飲みなおしてから
 帰ろうかな。
 おやすみ、りんちゃん!A、来週な!」
「おやすみー!」

2×2に分かれて反対方向に歩いて行く。
表参道の並木道を歩いてメトロの入り口に入ろうかな、と少しためらって歩を緩めると、Aさんが手をつないで引っ張って来た。

「ね、こっちにさ、いい店あるんだ。
 オイスターバーなんだけど、
 もうちょっと飲まない?」
「いいですね!牡蠣、大好きです!」

クリスマスも近い並木道は、イルミネーションで美しく彩られていた。
きらめく光の中、こんな素敵な人と手をつないで歩いているのが夢みたいだった。
否が応でも胸が高鳴る。

「改めて、素敵な出会いに、乾杯!」
「…乾杯!」

ほろ酔いでシャンパンに揺れる煌めく泡ごしに、向かいのAさんを盗み見る。
きれいな顔立ち。
物怖じしない態度。
はきはきと明るく話してリードしてくれる。
背は私より高く、アメフトをやっていたという細マッチョな白めの体も、柔らかそうなゆるいパーマのかかった髪も、細く長い指も、どれも素敵だった。

「オレさ、
 サンディエゴに住んでるんだよね」

夢見心地だったところに突然、少し言いにくそうにAさんが言い出した。

「え?アメリカに住んでるの?」
「そう。この1カ月は日本に
 帰って来てるんだけど、
 〇〇社の支社にいるんだ。」
「そうなんだ…」

どうりでエスコートの仕方が洗練されていて、発言が帰国っぽいと感じたわけだ。

でも、じゃあ、付き合っても、
あんまり一緒にいられないのか…
もし結婚したら向こうに住むことになるのかな…

兄弟がいない私が海外に移住したら、両親は心細いかな、とまず思った。
そして次に、私の仕事はどうしよう、と。
向こうの支社にちょうど異動できれば良いけれど、今の仕事を辞めて
向こうで新たな仕事を探す場合はビザが難しいな。

アラサーだった私は、遊びで合コンをしていたわけではなかった。
具体的に結婚した後のことをシミュレーションする必要があった。

「うん…でも、2か月おきに
 日本に来てるから、
 その時には会えるよ。」
「そっかぁ…そうだね。」

もうこの頃にはすっかり付き合い始めの彼氏彼女になっていたので、二人の間では、じゃあ付き合わない、というよりは、どうやって付き合っていくか、という話になっていた。

「1月いっぱいまではなるべく会おうよ!
 その次は4月の頭にくるからさ…」
「うん…そうだね…」

さびしいな…

きっと顔に出ていたのだと思う。

「そんな顔しないで、りんちゃん…」

そっと頬に手を添えると、触れるか触れないかの優しいキスをされる。

「……」

唇が離れた後、ゆっくりと瞼を上げ、見つめ合う。
きれいな瞳が、愛しそうに震えた。

「ん…」

もう一度、さっきより素早く唇が迫り、控えめに舌が入って来る。
こちらも控えめに、返す。
出会った日にこのくらいは動じずにできる程度には経験を積んでいたが、それでも少しだけ震えた。心臓がどきどきするのを、流れるジャズがかき消してくれて良かった。

「次、いつ会える?」
「ん…いつが空いてるの?」
「オレ、明日ディエゴに帰るんだけど、
 来週また来るから
 来週の土曜日なら空いてるよ!
 なんなら日曜日も!」
「じゃあ、土曜日会おうか」

本当は日曜も空いていたけれど、微かな駆け引き、というか抵抗を試みた。

アメリカに帰った後も、毎日何通もメールのやり取りをした。
おはようもおつかれもおやすみもくれた。
とことん明るくて爽やかな人で、いつもポジティブな会話はとても楽しかった。

「りんちゃん体でチャームポイントって
 どこ?」
「お尻と足!」
「えーじゃあお尻の写真送ってよ!」
「だめだよー笑
 Aさんはどこなの?」
「オレもお尻!」
「えーじゃあ写真送ってよ笑」
「いいよ!」

ピロン!

え?ほんとに送って来たの?

恐る恐る開いてみると、お尻…っ!?
と思ってよく見たら、親指と人指し指の谷間をお尻みたいに撮ったものだった。

ぷっ!
面白い人!

その「お尻」の写真は私の宝物になった。

そして次の土曜日。
一週間しか経っていなかったけれど待ち遠しくてずっとどきどきしていた。
訪ねたのは、品川の水族館。
水槽のトンネルを抜けるエスカレーターでは、大きなエイが頭上を悠々と泳ぎ去るのを手を繋いで見上げた。
色とりどりに光るクラゲたちは幻想的で、二人で顔を寄せ合っていつまでも夢中になった。
そして暗闇に乗じて、時折軽いキスを交わした。

予約しておいてくれたイタリアンレストランでプロシュートや手長エビをワインで堪能したあと、当たり前のように、彼が宿泊しているホテルに行った。
最上階の素敵な部屋。
ほろ酔いのまま、一面の窓ガラスに額をつけてうっとりと夜景を見下ろしていると、後ろからそっと腕を回され、肩に顔を乗せてくる。熱い息遣いが耳を撫でた。
ほんの少し振り返ると、互いに吸い寄せられ、柔らかく唇を重ねる。

こんな素敵な人と出会えるなんて、幸せ…

深くなり過ぎない程度でいったん唇を離す。
唇がそっと離れた後、見つめ合う時間が好き。

その時、突然Aさんが私の両腕をつかんで距離をとった。

「え…どうしたの?」
「りんちゃん、オレ、
 一つ謝らなきゃいけないことがある。」
「…なに?」
「実はオレ、結婚してるんだ。」
「ええっ!?」
「ごめん、あり得ないよね…」
「うん、あり得ない!!」
「ほんとにごめん!今、妻とは
 うまく行ってなくて、
 離婚調停中なんだ。
 妻は日本に住んでて、オレは向こうで、
 別居してるんだ。」

いや、あり得ないでしょ!
だったら2×2の合コンなんか来るなよ!
てか、どんなつもりで距離詰めたのよ!

あまりに素敵な時間を過ごしたので、騙されたショックが大きすぎて、強烈な怒りとなって噴出してしまった。

「だって、彼女欲しいって、
 シングルで寂しいって
 あの時言ってたじゃない!」
「うん…りんちゃん入って来た時
 かわいいって思っちゃって
 思わず手を握っちゃって…
 早く言わなくちゃって思ってたのに
 話してるうちにどんどん惹かれちゃって
 言い出せないまま
 ずるずる来ちゃったんだ…
 本当にごめん…」

なにそれ。
いい大人が。

「Aさん、それはさすがに…
 無責任じゃない?
 私に対しても、奥さんに対しても。」
「うん、そうだね…」
「私、帰るね。
 今この瞬間まではすごく楽しかったし、
 私、Aさんのこと…好きだったよ!」

泣きそうになる。
早く帰らなくちゃ。

「待って!」
「!」

腕をつかまれる。
アメフトをやっていたという彼の力は強かった。
瞬間、恐怖を覚える。

「オレ、りんちゃんのこと好きなんだ!
 それは本当なんだ!
 騙した形になっちゃったのは
 本当に悪いと思ってる…
 ごめん!
 今日、ここでこれ以上
 何かしようなんて思ってないよ。
 オレ、そういうことしたくて
 りんちゃんに近づいたわけじゃないよ!
 これは信じて…!
 でも、オレ、必ず別れるから、
 調停終わったら声、
 かけさせてくれないかな…?
 このままお別れなんて、
 耐えられないよ!」

一瞬、心が揺れた。
別れた後ならいいのでは…?
こんな素敵な人、せっかく好きになり始めていた人を手放すの?

「…ダメだよAさん。
 それはずるいよ。
 今ここで約束なんてできない。
 もしもきちんと別れられて、
 その時もまだ私のこと
 好きでいてくれて、
 私もその時Aさんのこと好きだったら、
 そこから初めて始まるんだと思う…」

なんとかそこまで一気に伝えた。
目は、見られなかった。
今あの目が悲しそうに潤んでいるのを見てしまったら、私はきっと折れるだろう。

「…わかった…
 本当に、ごめんなさい。
 りんちゃん、オレ、りんちゃん、
 まだ2回しか会ってないけど
 ほんとに好きだった…」

ぎゅうっと痛いくらい抱きしめられた。
ダメだと思ったけれど、思わず抱きしめ返してしまった。
これが最後だと思ったら、涙が止まらなくなった。

「バイバイ、Aさん…」
「りんちゃん…またね…」

返事はしないまま私はドアを開けて外に出た。
品川駅前の喧騒を、涙が流れるままにして歩いた。
あっという間に終わってしまった。

さよなら、私の恋。
さよなら、Aさん…。

その後、Aさんから連絡は無かった。
次の日も、次の週も、次の月も。
離婚が成立したのかどうかは分からないし、そもそも離婚の話が本当だったのかも分からない。奥さんと仲睦まじく暮らしている可能性だってあるのだ。

次、行こ!次!

アラサーの私には止まっている時間は無かった。

※婚活中のクズ男くん達とのエピソードを
 思い出して時々書いています。

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