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【考えない方がラク?自覚して生きることの強さ】

世界に対する痛みを大切にする

という日記を数日前に書いた時、冒頭に娘とのやりとりを書いて、肝心なことが伝わらなかったという残念さ。。

今日はあの日記のつづきを書こうとしています。

なのに今日も危うく、ジャルジャルの「国名当てっこゲーム」の動画を貼って、息子と大爆笑したことを冒頭に書こうとしていて・・・

二回同じことやってまうのも…
オモロイよな…

というド・関西人の衝動を感じて悶々としつつ。。

やっぱりジョアンナの言葉を大事にしたいので、思い留まるっ!!

では、先日詳しく書きたいなぁって思っていた、ジョアンナ・メイシーの「アクティブ・ホープ」(2015年日本語版)からの、

【地球の緊急事態に対する私たちの反応7つ】

について。

ずーっといわれてきた地球温暖化などを「へぇーでも何もできひんしな…」と感じてきた自分自身だったり、今回のコロナで感じていたことも思い出しつつ… 

あなたはどれかに当てはまりますか?

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<①そんなに危険だと思わない>

地球規模の出来事に関して、考えた方がいい情報が耳に入ってきたとしても、多くの人が大したことがないように振る舞っていると、自分もそんな深刻じゃないように思ってしまう。

(ジョアンナは大企業のコントロールされているマスコミは、世界で起こっている重大な情報は排除するか、実際よりも軽く扱うと。さらに実際にあったマスコミ内での上の人が出した指示のEメールのことも書いていた。なかなかわたしには衝撃でした…)


<②この問題を解決するのは私の役割ではない>

「北極ぐまに何が起こるなんて、僕の責任じゃない」

責任の分断。

世界に対する配慮が失われていくのは、産業化された社会に特有の現象。

自分の住んだりしている断片的な部分にしか責任を持たなくなる。
(道路を挟んで向こうの他人のことは知らない)

<③目立ちたくない>

自分は何かに動揺しているのに、周りの他の人は誰も動揺していない。不安を口に出せば目立つ恐れがある。黙っていれば、目立ってしまったときに感じる居心地の悪さを味わわずに済む。

同調しないといけない目に見えないプレッシャーは強力。
それは自分の感覚さえも疑ってしまうことがある
(自分以外の誰も問題としていない、自分が間違っているのでは?と。)

問題を声に出せば、公になる。
平穏な日常がかき乱されてしまう。

声をあげることが危険を伴うような、恐れに支配された環境では、人々は馴れ合いに陥りがちである。


<④この情報は私のビジネスや政治的立場に不利である>

タイの気象学者が津波の危険を訴え、津波警報器を装備するように警告し続けていた。でも観光産業に影響が出るので、彼は要職から外された。守りたかった地域の一部に入ることも許されなくなってしまった。そしてスマトラ地震によって、津波は彼が警告していた地域を襲った…

情報の提供元を攻撃するのは、聞きたくない情報に抵抗するために私たちがよく使う手段の一つ。

(タバコ産業が研究や科学者の信用を落とすために多額の資金を費やしてきたことや、気候変動への研究などにもロビー活動に1億6900万ドルという資金が費やしてきたと書いてあった。すごい数字だ。。)

<⑤あまりにも気持ちが動揺するので考えたくない>

地球の危機的状況を考えると恐ろしい。
「これまで通り」をなんとか保っていたい。

ニュースなどを見るとしんどくなるから、考えずにいる方がずっといい

<⑥危険であることはわかっているが、身がすくんでしまってどうすればいいか分からない>

考えることさえ怖いのに、問題に立ち向かうなんてできない。

問題は深刻で、やらなければいけないことが多すぎて、どこから手をつけたらいいのかわからない。圧倒されて身がすくんでしまう。


<⑦どうせ何の効果もないのだから、何をしても無駄なことだ>

あまりにも人間が与えたダメージは大きく、もう遅すぎるんじゃないか…

本当は「これまで通り」にも違和感を感じている… でも何か変化を起こそうと行動すると冷笑される。残された選択肢は、崩壊が起こる前になんとかやりくりしながら人生をやり過ごす、衰退の物語。

イギリスのメンタルヘルス・ファウンデーションの研究(対象者2000人)で、

・四人に一人が将来の計画を立てる気がしないと言っている
・七人に一人がこの世界の状況を見て、子どもをつくる気にならないと言っている。
・半数以上が、自分にはものごとを変える力はない、と感じている。
・三割の人が、将来への不安を取り除くのに役に立つものは何もない、と答えた。

という結果が出た。

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以上、ジョアンナ・メイシーの本から、ちょっとわたしのフィルターも通しつつ、【地球の緊急事態に対する私たちの反応の7つ】を抜粋してきました。

みなさんは①〜⑦のどれかにドキッとしたり、ちょっと心が痛いな…となったりしましたか?

以前のわたしは④以外のどれにも当てはまっていたかもしれません。
そしてそれは今でも0ではない。

これが良い悪いというわけでもなく、自分を責めることでもなくて、ただ、自分がどこにいるのかに気づくことって大事だなぁって。自覚しながら生きることって力強いよなぁって。そして、自覚することで自然と行動は変わるんじゃないかなぁと思っているんです。

①〜⑦の中で「こわい」とか「辛い」って感情が湧き起こったり、目を逸らしたり、感じないようにしたり、いつも通り過ごそうとしたり。(感じないっていうのも一つの感情だって学んだことがある)

そんな行動の奥にも大切にしている美しいニーズがあるんです。

「仲間に入れてもらうこと」
「含まれること」
「つながり」
「所属」
「友情」

→何か守りたいものがあるのかもしれない…

「安心」
「気楽さ」
「自由」

→心の安定を求めているのかもしれない…

「挑戦」
「自己表現」
「学び」
「成長」

→何かやりたいことがあって行動している途中にいるのかもしれない…


目を逸らさずみんな環境活動家になろうぜ!とわたしは言いたいわけではなくて。。わたしは、その目を逸らすのどうしてだろう?その奥には何があるんだろう?それを聴かせてほしい、知りたい… ただそれだけなんです。

きっとそれを自覚しただけで、誰かと分かち合っただけで、きっと何か意識が変わる、そう信じているから。

みなさんの奥にあるもの、
見せてください、聴かせてください、ね♡


では、ハートフルな週末を〜♡

また明日、ココで。



循環が循環を生むのがすきです。サポートしたいただいた循環を、文字で循環していきます♡