Vtuberにおける喰われるとか喰われないとかいう話

3か月の公演を終えた俳優でさえ、役が染みついてしばらく離れなくなる。
ではそれよりも長い時間を"生きる"Vtuberは?

ごきげんよう、吸血鬼と人間のハイブリッドレディ
九条林檎だ

2018年12月にデビューしたバーチャルタレントだが、Vtuber周りにはそれよりも前からいるようなギークだ。
そんな我の周りには長くVtuberをやっている者がまあまあにいる。

長くVtuberをやっていると起きるもの、それは「喰われる」という現象。

前提

前提としてVtuberには大きく分けて二種類、あるいはそれの中間を足して三種類のVtuberがいる。

一つ目は配信者寄りの者に多い「非ロールプレイ型」(以下非型)
二つ目は動画勢だとか技術のバックアップが強い者に多い「ロールプレイ型」(以下RP型)
意味合いは読んでの通りだ、要はどのくらい世界観を守るかという話。

にじさんじ台頭以前の2018年前半のVtuberはRP型が多かった。
強いて言うなら四天王の一人に数えられる「バーチャルのじゃロリ狐娘YouTuberおじさん」ことねこます氏が有名な2018年前半の非型と言えようか。彼はのじゃロリ狐娘だが普通に生身の人間としてセブンイレブンでバイトしていた時の話をするしなんならおじさんと名乗る。
2018年後半のVtuber辺りにはにじさんじの流行によって引き起こされた「設定は壊すもの」というスローガンが主にオタクたちの間で本当によく叫ばれていたものだ。

RP型がどんなものかと言えば姫森ルーナ氏だとかキズナアイ氏だとかとにかく提示した前提条件からブレない方々だ。
ここ(現実世界、人間界、この世)ではない世界、場所の出身であったり居住であったりすることも多い。
きちんと追っていなければ非常にわかりにくく、楽しみ方としては非型と変わらない為、中間に分類したいところではあるがあまりに完璧にやり遂げている例としては黛灰氏もある。

ではその中間がどんなものかと言えばこれが多岐に渡る。
設定通りの発言をするが滅多に話さない為非型とそんなに変わらない場合、現実離れした出来事は全て過去や前世のもので今全部終わっている場合等々。

これらはごく個人的な定義なのでこの定規が業界のスタンダードでも何でもないのだが、見分け方としては口調と話す内容だ。
明らかに皆々様の周りにはいないような話し方をしていて、ふと過去の話などをした時にここ(現実世界、人間界、この世)ではない場所の話などをしたり、人間に起こり得ないようなことを話していたりしたらそれはRP型だ。
一部当てはまるがそこまででもないと感じたら中間、
初配信、プロフィールと比べて一人称や口調が違ったり、それと矛盾した話をしていたり、普通の人間に起こりうる話をしていたら非型と言えよう。

我?
我はマルクホルテよりこの人間界に来て、因果の引き合いによって生まれた同じ顔のキャラクターを我たる九条林檎のままやっているだけだ、ははは

「喰われる」とは何か

RP型としてVtuberを始めると最初の内は演技になる。
しかし完璧なRP型は過去や未来に至るまで自分の脳を騙さなければならない。
その内演技が反射神経に染みついて素の反応と同じ速度で出てくるようになる。

人間は自分とかけ離れた物を演じ続けると軽度のうつ病によく似た症状を呈す。演技というものは本人が意識せずとも体力を使うのだ、やればやるほど何かが摩耗する。
それが一日中、とてつもない反応速度でやってみろ、心を壊すのも無理はない。

ごくまれに例外もいるがな、そういう者は超人だ ははは

これは我の個人的な考察だが演技している間は元々のパーソナリティを否定し続けることになるからではないかと考えている。

さてこの心を壊した状態を我の周りでは「喰われる」という。
キャラクターに自分が「喰われる」のである。

具体的に言えば演技することを苦痛に感じたり、朝起きて本来の自分とは全く違うキャラクターとしての使命感、焦燥に駆られたり、演技しようとすると呂律が回らなくなったり声が出なくなったり、そもそもストレスで突発性難聴や頭痛が起きたりする。

重度な場合の選択肢は二つ、辞めるか休むか。
しかし中~軽度であれば乗り越える選択肢が出てくる。

予防策

あなたが本当の超人でない限り、実はRP型中間非型問わず必ずキャラクターに喰われる時期はやってくる。

何故か。

我が魔界の名門九条家の家訓は「教祖でもなく友人でもなく」だ。
要は遠すぎず近すぎず領主としてあれという話なのだが、
この話をするにおいては「教祖」という所が重要になる。

人間界でも物の本で読んだことがある。
「教祖が信者を操っているように見えて、その実操られているのは教祖の方なのだ」
読んでいる皆様の中にはピンと来ない方もいるかもしれないが、バーチャルタレントをやってみるとよく分かる。

人間というものは結構評価や反応というものに左右されやすい生き物だ。
例外もいるがどうもRP型を志す方というのは真面目な方が多い。
真面目な者ほど「貧すれば鈍する」を抱えやすい、逆に乗っている時は徹底的に乗りこなすぞ。

これは余談だが、何故か知らんがバーチャル界は天使よりも魔王だとかの方が真面目な方が多いな。

話を戻して、人の心には「きみはそういう人物だ」と言われ続けるとそういう風に振舞おうとする仕組みがある程度ある(あまりにもかけ離れている場合は別だが)。
そしてそれに従い続けているとやはり心に負荷がかかる。
ここで重要になってくるのが「ファンの声」だ。

大きなコミュニティであればファンは巨大な意志となって演者の心理状況を左右する。
言葉にするならばプレッシャーか、しかし当事者たる我にはもっと複雑怪奇なもののように思えてならない。

これを浴びすぎるとそれを食ってキャラクターは育ち、いつの間にかあなたの手を離れ、あなたを喰う。
RP型はそもそもあなたから離れやすいから重症化しやすい、発症時期が早いというのはあるが、中間非型も喰われるというのはこれが主な原因だ。

本当の自分でやっているつもりが、自分というものはそもそも刻一刻と変わっていくものにも関わらずファンの中では好きになった当初や切り抜きで見たあなたのイメージで固定される。

前述の仕組みが働いていつの間にか演技しているし演技させられているのだ。そしてRP型は言わずもがな。

いつか来る喰われをなるべく軽度で済まし乗り越えるには予防が大事だ。
型を問わず、ここで出てくるのは「教祖でもなく友人でもなく」。

まず一番に大切にしなきゃいけないのはなるべく教祖に祀り上げられないこと。
自分が生きて刻一刻と変わり続けるものであることを示し、ファンが「この人はこうあるべき」というのをなるべく持たないようにしなければならない。

もちろんこうあるべきと思われてそれに華麗に沿って叶えていくことは美しい。短命の花の美しさもある。
それを選ぶなら誰も止められない。
だがそこに産んだ命を大事にしたいなら、まだやりたい表現があるなら、泥臭くとも"生かす"ことを選んで欲しい。
少なくとも我はな。

あとあれだ、商業的に短期決戦したいならこれもまた有効でない。
燃やし尽くさないと得られないものもまたある。
逆に長生きしたいなら燃すのは今すぐやめるべきだと思う。

どうか次々に変わりゆくあなたを愛してもらってほしい。

二番目に大事なことは嘘に本当を混ぜることだ。
嘘はすこし本当を混ぜると真実味を帯びて信じられやすくなるというのは有名な話だが、キャラクターを必要以上にあなたから離さない為にも必ず守ってくれ。
例えば年齢を同じにするとか、職業を同じにするとか、来歴を似たものにするとか。
これはできるだけ症状を軽くするのに非常に役に立つ。RP型向けの効果的な予防策だ。

三番目に自己分析をきちんとしておくこと。
つらい気持ちになった時に何故つらいのかがわかること、今自分に負荷をかけていることが何なのかわかること。
原因が解決できなくともいい、知っているだけで整理できているだけで人間はだいぶと乗り越えやすくなる。
日記だとかに書けという話もあるが我はあなたさえわかっていれば良いと思うから脳内で完結させても良い。

この三つを守れば喰われた後の生存確率はだいぶ高くなると思う。
まあとはいえ、我の周りの話と我の経験とを統合しただけの物だからあまり信じすぎないように。
本当に駄目になった時寝る以上の回復方法なんてないことだけ忘れないでいてくれ、我の話はあくまでも参考程度に。

乗り越えた者の美しさ

我は少々ネジの飛んだギークなので、この喰われを乗り越えた方が好ましくて好ましくて仕方ない。
乗り越えた方の形もまた色々ある。
完全にON・OFFのスイッチを獲得した方、完全に混ざり合ってどっちも素になった方等々。

嗚呼我はそれにどうしようもない美しさを感じる。痛烈な引力を感じる。
避けようのない痛みを乗り越え、胸の中にあったものを世界へ余すことなく披露する者だけが持つ輝きがある。

今の所我の観測している範囲では喰われが発生するのは活動開始して2年前後が多いように思う。
ここも例外なく例外があるので油断はできないが、何かの参考になれば幸いだ。

あなたが大いなる表現の美しさの前では非常に些末なる「喰われる」なんぞということになるべく煩わされず、
その心にある物を、遺憾なく、総て魅せることができるよう、心より祈っている。