消えた使途不明金

2022年4月22日、日本経済新聞社が報道したある記事が、SNSからメディアまで大いに世論を賑わせた。

>政府が新型コロナウイルス対応へ用意した「コロナ予備費」と呼ばれる予算の使い方の不透明感がぬぐえない。国会に使い道を報告した12兆円余りを日本経済新聞が分析すると、最終的な用途を正確に特定できたのは6.5%の8千億円強にとどまった。9割以上は具体的にどう使われたか追いきれない。国会審議を経ず、巨費をずさんに扱う実態が見えてきた。<(日本経済新聞記事より)

東京オリンピックの工事費やスポンサーにまつわる不正疑惑と相まって、また議会の事前の予算承認が要らない巨額の予備費を計上し政府内で予算配分を決定するという民主主義の原則から外れた手法が与党の独裁だという批判を招いて、国民が国家予算のあり方や使い方に不満を持つ中のこの記事は、国民の疑問を大いに裏付けることになった。
更に言えば、巨額のコロナ対策関連費によってPCR検査業界が肥え太り、医療業界も多くが黒字を確保した。

TBSの番組「報道特集」は2022年6月25日と7月3日、コロナ予備費14兆円が不明瞭であるという番組を放送した。

朝日新聞も2022年7月6日、コロナ対策16兆円に検証がなされていないという記事を出した。

しかし2023年7月現在、コロナ予備費の巨額の使途不明金について、メディアも政治家も追及していない。SNSの一部には、問題の顛末を釈明しない政府に不満がたまっている。

さて、ここで一つの疑問が浮かび上がる。
なぜ、政府を追及する立場の野党まで、コロナ予備費の使途不明金について追及しないのだろうか。

2022年3月25日付け 予備費使用実績

世間を賑わせた日本経済新聞の記事に先立ち、予備費を管理する財務省は、予備費がどの予算にいくら割り当てられ、いくら使っているかを一覧にした表を財務省ホームページ上に掲載している。
なお、同様に2020年度については2021年3月23日に、2022年度については2023何3月28日に財務省ホームページに掲載されている。


つまり、日本経済新聞の記事が出る時点で既に、2020年度と2021年度の予備費の使途は示されていたのである。
では、騒ぎの発端となった日本経済新聞の記事はどう書いてあったか。
>予備費の最終的な使い道がつかみにくいのは、予備費を割り振られた省庁が当初予算や補正予算などすでにあるお金と予備費を混ぜて管理するケースが多いからだ。会計検査院でさえコロナ関連をうたう巨額の予算がどう使われたかの全体図はつかめていない。<(前出 2022年4月22日 日本経済新聞記事より抜粋)
記事では「最終的な使い道」とあるが、これを以て使途と読ませるのはミスリードである。
使途不明金というのは、どこに流れたのか不明な資金を指す。
一方
例)A病院から厚労省にコロナ対応病床確保の為の補助金を申請し、厚労省は10億円支出したが、病院がどのような積算根拠に基づいて補助金を申請したのか、それらの根拠は適正だったのかどうかが不明
このような例は「使途不明金」ではなく、支出先の明細が不明なのである。
使途は分かっている。ただ、例えばコロナ患者用の空き病床の確保の為の補助金という厚労省の補助メニューの財源に一般財源と予備費からの充当が含まれているので切り分けづらい、と言っているのだ。
また、雇用調整助成金等の使途については、一件あたりの額が小口であるものが膨大な数にのぼる。厚労省では捌ききれないため、外部業者に事務を委託している。(そのことが別の大きな問題を生んだのだろう。)2022年4月後半の段階で、厚労省本体では明細まで掴みきれていない可能性も高い。
つまり、日本経済新聞の記事は
①言葉の使い方が極めて稚拙
②時期尚早の段階で記事にしてしまった
と見る。

国会の動き
では、国会ではコロナ予備費の使途について追及しなかったのか。否である。
第208回国会(通常会)の終盤において、特に野党は政府の強権的な予算割り振りとずさんな執行状況を追及した。
そして、2022年6月13日、第208回国会(通常会)の参議院決算委員会において、2020年度及び2021年度のコロナ対応予備費の使途に関して会計検査院の実地検査を要請する決議案が全会一致で議決された。

https://kokkai.ndl.go.jp/#/detail?minId=120814103X00920220613&current=1


決議案の裁決(全会一致)の様子

与野党全会一致で、使途について不適切なものがないのかどうかを調べるよう、会計検査院に調査を要請した。この時点で、追及者は国会議員から会計検査院にバトンタッチしたのである。追及の手が政治から行政に移ったとも言える。

https://www.sangiin.go.jp/japanese/gianjoho/ketsugi/208/k028_061301.pdf


決議内、コロナ予備費に関する部分(抜粋)

会計検査院の動き
通常、会計検査院は事業終了後3年程度の国庫金使用事業について、重点項目を設けつつランダムに実地調査を実施する。また事業を行った側は一般に、事業終了後10年間程度は実地検査に対応できるよう書類や物品を整理して保管する。
必悉検査ではないことに留意が必要である。

会計検査院は、決算委員会の決議を受けて調査に着手した。

https://www.jbaudit.go.jp/pr/kensa/activity/demand_r04.html


検査の終わった項目については、逐一個別事案として公表している。
そして2022年11月18日、コロナ予備費を含む当年の検査報告を公表した。

公表後も検査を実施し、個別事案として公表している。

https://www.jbaudit.go.jp/pr/kensa/result/5.html

それら不当な予算執行が公表される度、メディアは報道し、その度に世論は「なんて無駄遣いをしていたのだ」と政府を批判してきた。
そして会計検査院は、不当な国庫金支出については使用者に不当分を返還請求し、併せて改善・是正措置の報告を使用者に要求し、国民(国会・国民)に報告してきたのである。

ここまでで
・「コロナ予備費の使途不明金」というものは最初からなかった
・政治は使途の正当性の疑念について追及した
・行政は国庫の支出の正当性を検査し(※必悉ではない)、不当な支出については公表し、国庫支出金の返還を含む是正改善措置を命じてきた

ことを説明した。

しかし、世論の一部は今でも「政府はコロナ予備費の使途不明金を釈明せよ」と唱え続けている。

Twitter上で今も「コロナ予備費の使途不明金」の究明を求めるアカウントを観察すると、大きく3つに分類できる。
①肉球新党及びれいわ新撰組を支持する層
この層は、立憲民主党・日本共産党・れいわ新撰組・日本社民党の4党で構成する「野党共闘」の枠組みで構成され、その他の党派(与党の自由民主党・公明党、野党の日本維新の会・国民民主党)に批判的である。かつ、SNS上での活動が活発で、左派インフルエンサーの呼びかけに呼応しやすい。

②参政党支持者
政府のコロナ対策、特にワクチン政策に批判的なこの層は、ワクチン絡みで巨額の不正があったと信じており、その原資が使途不明金であったと主張している。

③反ワクチンオカルト陰謀論支持者
上記②と似ているが、政治的な傾向(左派)よりもワクチンを巡る様々な陰謀論を信じる層。

これらに共通するのは
政治政局には人並みならぬ興味と関心があり、積極的に発信するが
政治の実際の流れを理解することができず
行政のシステムに甚だ無知なところである。
彼らが善人あるいは悪人などというつもりはない。ただただ無知なのである。
そして、無知ゆえの間違いを誰かに訂正されることもなく、エコーチェンバー内で無知を共有し、増幅された誤った知識を大声で叫んでいるのである。
残念なことに、エコーチェンバーにはまればはまるほど、誤った知識に対する信頼が増していき、半ば宗教じみた信心を発揮してしまうことがある。特に①③においてその傾向が顕著である。

ひとまず了。
気が向いたら加筆訂正します。




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