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夏の終わりに聴きたい1曲 大瀧詠一「カナリア諸島にて」

 夏の青く高い空に、立体的に伸びた白く輝く入道雲を見ると、ここではないどこかに行きたくなる。飽くことのない、旅への欲求が、それこそあの入道雲のようにどこからか湧いてきて、ただ僕を突き動かして止まない。

 中古で買った愛車に乗り込んで、お気に入りの古いナンバーを響かせながら、海沿いの旧道をひた走る。周り全てが古く、それでも生まれたての南風が車の中を通り抜け、それと共に炎天の光は確かに降り注ぐ。見るもの、感じるもの、五感で受ける全てが爽やかで、美しく、妙な新鮮さを感じさせる。それこそが夏の特権なのだと、私は思う。そして、そんな素晴らしい体験が出来るのは一年のうち僅かな時間だけだと知っている。夏というものは、いつも思ったよりも早く通り過ぎていくものだ。

 というわけで、夏に聞きたい曲、というか、夏の終わりに聞きたい曲といして、私はこの「カナリア諸島にて」を一番に思い付く。曲:大瀧詠一 詞:松本隆 というゴールデンコンビが創り出した一曲。もう40年も前の曲なのに、常に新鮮な気分にさせてくれる。それはこの曲を聴いただけで、この曲を聴いている最中だけは、常に常夏の島へ旅をしているような、そんな気分になるからかもしれない。そして、曲が終わるころには、すっかり夏も終わったように、センチメンタルな気持ちにしてくれる。カナリア諸島にて、という4分間の中に一つの季節がまるごと入っているようなものだ。

 題名のカナリア諸島には、生憎ながら行ったことが無い。サハラの向こう側、北東アフリカの沖合に位置するこのスペイン領の島々は、名前だけでなんとも甘美な気分に誘ってくれる。この曲の歌詞の中からは「カナリア諸島」的なイメージは想像しにくく、どこの海辺でも当てはまるような、そんな気もしてしまう。しかし、カスタネットの音が時折入る全体的に陽気な曲調と、「薄く切ったオレンジ」「アイスティー」といった小道具、大瀧詠一の切なくも甘い歌声は、未だ見たことのない「カナリア諸島」を聞き手の脳内に創り上げる。

 ああ、夏って素晴らしいと思わずにはいられない。「生きることも爽やかに視えてくる」というのは本当だなぁ。滲んだ汗も、日焼けした肌も、沈みかけの夕日も、それどころか普段見る空の青も、雲の城も、その全てが楽しく見える。理由は分からないけれど、きっと夏の魔力にあてられて夢でも見ているのだろう。夏の終わりと共に覚める夢を。

 松本隆が「風も動かない」と表現したカナリア諸島。私はその絵画的な南国の風景と、歌の中でもう戻れない「かがやき」の日々や、これ以上進展しない男の「思い出」を意味しているのだと思う。歌の中の男は、この美しい海の島で何を得て、何を失ったのだろうか。今度時間があったら歌詞解釈もしてみたいな。

 というわけで、8月の終わりには是非「カナリア諸島にて」を聴いて欲しい。駄文失礼しました。

※ヘッダー画像はみんなのフォトギャラリーから「やんこ」様にお借りいたしました。ありがとうございます。

 

 

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