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まらしぃ with初音ミク、鏡音リン

かわさきジャズ2019。最後のプログラムであるまらしぃのピアノコンサートに、初音ミクと鏡音リンが舞い降りた。

定刻を過ぎ、幕が静かに上がる。艶やかな黒いグランドピアノの前に腰掛けたまらしぃがソロを弾く第一部、『メルト』のイントロが始まりの合図だ。
柔らかいメロディーとまらしぃ独特の低音の迫力。サビ直前で溜めるように音量をぐっと抑えたかと思うと、直後に切なく響く叫ぶような高音オクターブ。彼の気持ちの高揚をあらわしているようだった。

自己紹介を挟み、幾分興奮した様子の彼は『ロ一リンガール』『エイリアンエイリアン』『マトリョシカ』とボカロ曲として人気の高い曲を連続で披露する。
軽やかに跳ねるイントロから始まる『ロ一リンガール』のサビ、高音の連打は繰り返されるごとに数段勢いを増していく。しかしその表情はと見ると、鋭い音とは裏腹に鬼気迫る様子などはなく、激しい連打をも楽しんでいるようだ。
イントロで次の曲が『エイリアンエイリアン』だと気付いた観客は、まらしぃが客席をちらりと見たのをきっかけに手拍子を重ねていく。原曲にある、サビでの手拍子も完璧である。好きな曲で紡ぐ会場との一体感に、まらしぃは笑みをこぼしながら演奏した。
『エイリアンエイリアン』から繋げるようにして『マトリョシカ』に入る。最初の数音でテンポを落としたかと思うと、グリッサンドから一気に勢いをつける。低音と高音を行き来する右手が軽やかだ。独特なリズムを軽快に、そして立ち上がらんばかりの勢いで弾きこなしていく。展開ごとの緩急が目まぐるしい。スピードアップする終盤は手拍子とともにゴールを決め、その勢いでとても幸せそうな表情で立ち上がった。

第二部で初音ミク、鏡音リンとの共演が待っているということでいつもよりも緊張気味のMCをするまらしぃ。普段では見られない、ライブ中のサイリウムに感動すると話した彼は、『からくりピエロ』のイントロ前半を丁寧に弾くと、客席を見て「うん、本当に綺麗」と嬉しそうに呟いた。

青や緑を中心とした様々な色が輝く客席を時々見つつ、『からくりピエロ』を滑らかに紡いでいく。この日はコラボの気合いからか、より気持ちがこもった様子でピアノに思いをぶつけていく。そうして増した迫力に見入っていると、展開が変わったときの繊細さに思わずはっとする。

『ウミユリ海底譚』が軽やかなメロディーとペダルで丸みを帯びたベースで続く。高音で鳴らされるサビは、軽い足取りで踊りつつ、ボカロ曲特有の鋭さも含む。まらしぃの特徴でもある音の強さ、鋭さはボーカロイドとの相性がいい。

「かわさきジャズという名前のイベントなのに、僕ジャズ弾けないんですよ」と語り笑いを誘ったまらしぃは「とはいえ、1曲くらいそれっぽいのも弾かないと…」と続ける。そうして披露されたのは、ジャジーにアレンジされた『シャルル』(通称『おシャルル』)だ。
落ち着いたアレンジを施されたイントロが重みを持ってジャジーに奏でられる。ところどころで一瞬強くなるタッチと、心地よい緩急。後半になるにつれ、溢れるように気持ちは強くなり、落ち着いたアレンジでありながらも熱を増した。

間を開けず『砂の惑星』を弾き始めると、その知名度からか意外さからか、客席からはざわめきが漏れた。『シャルル』での情熱をそのままに、音を最大限に鳴らしていく。高低を行き交うメロディーが鋭い。

あっという間に過ぎ去った第一部は、作者であるボカロPのkemuとの思い出を語りつつ『六兆年と一夜物語』で締めくくられた。かなりのスピードの中に言葉が詰め込まれたサビが印象的だが、原曲を上回らんばかりの勢いで突き進む。
ボカロ曲で彩られた第一部。二部へ向けての期待を高め、幕を閉じた。

第二部、幕が上がりピアノの横に設置されたモニターに出現した初音ミクと鏡音リンの姿が見えるやいなや、会場は歓声とサイリウムの海になる。流暢に自己紹介を済ませると、リンは一旦消え、ミクがまらしぃの伴奏に合わせて『cat's dance』を披露した。
猫の鳴き声のような甘いミクの声に、会場が高揚するのが分かる。ミクの声は機械らしいそれではなかった。語尾にかかる緩いビブラート、滑らかな音程、まれに入るアドリブ。これらがまらしぃの弾く低音と混ざり、リアルな歌唱となっていた。歌詞に合わせて猫のような仕草をしたり、歌唱時の動きもかなり自然である―自然という言い回しは野暮かもしれないが。

まらしぃのファンの多くが期待していたであろう『空想少女への恋手紙』ももちろん歌われた。この曲は「まらしぃさんが画面の向こうの初音ミクに会いたくて書いた」曲である。“宛先が君のラブレターはどこに出せば届くのかな”“一生のお願いがここで叶えられるなら 次元を超え笑い合いたいな”などの歌詞ゆえ、音楽仲間やファンには「曲はいいけど歌詞が…」と言われることもあるというのは有名な話だ。
といった経緯を説明しているうちからまらしぃは興奮を隠しきれない様子であった。その隣では、MCを聴きながら頷いたり嬉しそうに微笑んだりと反応をするミクがいる。
ミクによって切なげに歌唱された『空想少女への恋手紙』。愛おしげに目を細めながら伸び伸びと自らに向けられた思いを歌う。
“僕は君に会えないかとこんなにジタバタしてるのに”というフレーズを歌う時は、歌詞通り手をバタバタさせながらまらしぃの方を向く。「まらしぃがミクに会いたがる」だったのが「ミクがまらしぃに会いたがる」に変化した瞬間である。

“君に届け 出会ってくれてありがとう”という詞がミクからまらしぃに届いた伝説のような瞬間を経た次の曲、そのイントロに思わず耳を疑った。Perfumeの『チョコレイトディスコ』だった。振りも完璧にコピーしたキュートなミクに、まらしぃも微笑みを浮かべる。

ミクにかわり、リンが登場。疾走感のあるまらしぃのピアノに、元気のいいリンの声が乗る『天照ラセ』。頭のリボンを揺らしながら手や身体をメロディーに合わせて動かしつつ、ミクより幾分芯のある歌声を奏でる。ピアノとボーカルのシンプルな編成ながら、その力強さは原曲に劣らない。
まらしぃのピアノとリンの歌声が無邪気に駆け抜けるような『天照ラセ』から一転し、続いて歌われたのは『炉心融解』。原曲とは異なる落ち着いたトーンで鳴るピアノに合わせ、どこか柔らかさを感じながらも悲しげなリンの歌声が混ざる。まらしぃとリンの掛け合いでどちらかというとスローテンポに奏でられる『炉心融解』が会場を惹きこんだ。

『ロストワンの号哭』ではリンの早口なハイトーンボイスとまらしぃの装飾のような高音が混ざり、疾走感を生み出した。ハイトーンとはいえ、リンの声はボーカロイド独特のキンキンした要素がない。ミクも同様だが、ふくよかさを持ち合わせた声は感情のニュアンスを含めるようになったのだろう。『ロストワンの号哭』の歌詞は、攻撃的ではなく、ほんの少し悲しそうに響いた。

3曲続けて歌ったことで息切れをし、会場の笑いを誘ったリンは再びミクを呼ぶ。
次に歌うらしい曲のピアノアレンジをミクとリンが顔を見合わせて絶賛し、まらしぃが本当に嬉しそうな表情を浮かべながら「褒められた!」と言わんばかりに客席を見る。まさに次元を超えたやりとりの末、ミクが「最後の曲です」と『千本桜』を披露。
歌唱にはリンも参加する。まらしぃ、ミク、リンがそれぞれ顔を見合わせつつ気持ちよさそうに演奏する。手拍子も混ざり、青や緑、橙や黄色のサイリウムはミクたちの煽りを受けて上下に揺れる。まらしぃが最後の音を鳴らすのにミクとリンが動きを合わせ、会場は大きな拍手に包まれた。

ミクとリンはそれぞれ光に消え、まらしぃは大変満足そうに去っていった。

アンコールを求める手拍子ののち、姿を現したのはまらしぃとミクだった。ミク曰く、「リンちゃんは息切れしちゃったみたいだから、とりあえず私が」らしい。

ミクより、「次の曲は、まらしぃさんが先月発表したばかりの新曲です。まらしぃさん、曲の説明をお願いします」とバトンタッチされたまらしぃは「まらしぃさんが先月発表した新曲です!」と満面の笑みでオウム返し。その新曲とは、この日を意識して作られたという『霖と五線譜』だ。温かみのある伴奏にあわせて、会話をするような可愛らしい歌詞をミクがなぞる。ミクはまらしぃの方を向いたりなどしつつ、霖の憂鬱と恋の切なさを歌った。

まらしぃのMCとミクの反応が和やかなMCを経て、次元を超えたコラボは『夢、時々…』で締めくくられる。まらしぃがはじめて作曲したボカロ曲である。中盤からリンも再び姿を現し、2人で声を揃えて温かみのある歌声を響かせる。
“お願いねえ もう1度もう一度だけ あの日に戻って”で締めくくられる『夢、時々…』。まらしぃとミク、リンがコラボを果たしたこの日は、この曲でいう「夢」を過去でも未来でもない、現在の今この瞬間にしてみせた。

観客に手を振り、まらしぃとミクが消え手もなお一人取り残されたと知らずに手を振り続けるリン。しばし観客からの声援に応えていたが、ふと横を見て、ピアニストも青髪の少女もいないと気づき、硬直。やがて観客に向き直ると、「リン、まだ歌いたい。もう1曲、歌っていい?」。黄色や橙に染まった客席から歓声が湧くと、リンは伴奏のないまま、1人で『アマツキツネ』を歌い出した。リンの歌声のみが響く会場では、リンの息継ぎの音まで聞こえる。ゆったりと、語尾をビブラートで震わせつつ伸びやかな声で歌う。もちろん、声は鏡音リンそのものである―つまり機械らしさは十分にある―ものの、その場にいるのではと錯覚しそうになるような滑らかな動き、歌声。
ステージ袖からは静かにまらしぃが登場し、リンの歌に伴奏をつける。
歌い終えたリンは、アウトロが終わるのを待たずに消える。一人残されたまらしぃは、丁寧に弾き終えると、夢の時間に集まった客席にお辞儀をしたのち、去っていった。

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