短編小説:雨の中の出会い
頬が濡れた感触がした。
それは次第に広がっていき、腕も服も足も濡れていった。
ああ、雨降ったんだな。バッグから折りたたみ傘を出そうとしたがやめた。
何となく、雨に濡れていたかった。
土砂降りの中、家までの道を歩く。すれ違った人たちは、すれ違いざまに私をチラ見していく。
雨が降っているのに傘もささず、急ぎもしていないからだろう。
私はそんなことは気にせずに歩いた。
しばらくすると雨が止んだ。
あんなに土砂降りの雨が急に止むのはおかしい。
そう思い、上を見上げると傘が見えた。
傘の他に顔も見えた。そこには整った男性の顔があった。
私と同じくらいだろうか。
「あの、大丈夫ですか?」
男性は言葉を発した。どうやら私を心配してくれているようだ。
「良かったら、僕の家に来ます?濡れたままだと風邪ひきますよ。」
男性はそう言うと前に動いた。私は何も考えずについて行った。
「これで体拭いて下さい。あと、お風呂も沸かしますね。それと服は洗うので洗濯機に入れておいて下さい。靴は新聞紙を入れて乾かしておきますね」
そう言うと男性は洗面場から出て行った。
私はもらったタオルで体を拭き、服を脱いで洗濯機に入れた。
そしてシャワーを軽く浴び、沸いたお風呂に浸かった。
しばらく浸かっていると洗濯機の動く音が聞こえた。
それと共に声も聞こえた。
「服と新しいタオルここにおいておきますね。あと、シャンプーやボディーソープは勝手に使っていいですよ。」
私はお言葉に甘えてシャンプーとボディーソープを使わせてもらった。
洗い終わると、お風呂のドアを開けタオルを取り、髪と体を拭く。
ある程度拭き終わると、服を着た。服は男物のようで私には少し大きかった。髪にタオルを巻き、私は洗面場から出た。
廊下を歩き、リビングに出ると男性は私に気が付き話しかけてきた。
「ドライヤー使いますか?洗面場にあるので持ってきますね。ソファーに座って待っててください」
私は言われるがままソファーに座り、男性が持ってきたドライヤーで髪を乾かした。
「何かあったんですか?」
髪を乾かし終わりボーッとしていると、またも男性が話しかけてきた。
私は無言のまま男性を見つめる。
「話したくないなら、無理に話さなくて良いですよ。」
「私、失恋したんです」
勘違いして、告白して、振られたことを男性に話した。
話終わると、男性は何も言わず私を抱きしめた。
初めは驚き、固まっていたが、だんだんと体が震えてゆき、嗚咽を漏らした。少しすると落ち着き、私は男性からそっと離れた。
「あ、目赤くなっちゃいましたね。」
男性は私を見て申し訳なさそうに言った。
この男性は急に何を言い出すのだろう。そう疑問に思っていると、その疑問に答えるように男性は言った。
「外にいた時、あなたが泣いていたんです。雨にも濡れてるし、心配になって家に入れたんです。」
そういうことか、最初に頬が濡れたのは泣いていたからのか。
雨のせいで気付かなかった。
「お節介でしたよね。さっきも泣かせちゃいましたし。ごめんなさい。」
「いや、そんなことないです。むしろ、ありがたいです。お風呂まで入れて貰えて、話を聞いてくれて励ましてくれて」
「それなら良かったです」
そう言って男性は微笑んだ。その笑顔はとても素敵だった。
失恋したばかりなのに、また恋をしてしまいそうなくらい。
「もう少しここに居てもいいですか?しばらく雨止みそうにないので」
雨が止んでいなくても、傘があるのでそれをさせばいい話。
「もちろんです」
男性はそう言い微笑んだ。
その笑顔を見て申し訳なくなる。傍に居る口実で言っただけなのに。
でも私は自分の気持ちに嘘をつきたくなかった。だから、しょうがない。
そのせいで私は失恋したのだ。
「えっと、何か話をしましょうか。何もしなかったら、退屈だと思うので。まずはお互いを知るために自己紹介からしましょうか。今後会う機会あるかわかりませんが」
自己紹介ということは、男性の名前が知れるのか。
あとは何だろう。好きな食べ物とか、好きなことだろうか。
何でもいい。男性のことを知れるなら、何でもいい。
ああ、私はまたもや恋に落ちたのか。けれど、今回は上手くいく気がする。
まぁ、今までもそう思って告白して、振られてきたのだが。
いいや、そんなことを考えたら恋ができなくなる。
何も気にせず恋をしようではないか。そして、いつか報われる恋が来るかもしれない。もしかしたら、今回の恋が報われるかもしれない。
私という人間は、恋をせずに生きてはゆけないのだ。
さて、今回はどんな恋になるのだろうか。
少しの期待と少しの不安をつのらせ、私はこの男性との恋を始めるのだった。