聴く、ということは。
こういう日に限っていつも雨だ。
こういう日、というのは、なんとなく決まる気分の話。だからもしかすると雨が降るとこういう気分になるのかもしれない。
実際そんなことはどうでもよくて、なによりも、この暗澹とした薄暗い道がもう少し明るくならないものか、と信号を待ちながら俺は空を見上げてそう思う。片手にはレンタルショップで借りた4枚のCDをビニール袋に入れてぶらさげている。もちろんもう片方の手には傘だ。たまに右手で袋と傘の両方に持ち替えたりする。そういえば左手でどちらも持つことは無い。利き手が関係しているんだろうか。
そんなどうでもいいことを考えていたら、左側から車が動く音が聞こえて前を見ると信号が青に変わっていた。横断歩道を反対側から渡ってくる人がたてるびちゃびちゃという水音も聞こえる。靴の中にそろそろ水がしみこんできた。この感覚は気持ち悪くて嫌いだ。さっさと帰って靴下を脱ぎたい。そのまま風呂に入れたら最高だが、残念なことにうちはユニットバスだからシャワー以外の選択肢はなかった。
家に帰り靴を脱ぎ、靴下を洗濯機に放り投げる。そろそろ洗濯もしなければいけないな。とりあえず今日のところは無理そうだけど。
熱めのお湯でシャワーを浴びて冷えた身体を温めたあと、レンタルショップの袋を開ける。借りてきたCDからひとつを取り出しパソコンに挿入してヘッドフォンをつける。周りの音をシャットアウトした。さっきまで聞こえていたうっとおしい雨の音も聞こえない。マウスを操作し、CDプレイヤーを立ち上げた。一曲目から順に聴いていく。別段、好きなアーティストというわけでもないし、新曲であるわけでもない。
ただただ、雨の音から逃げたかった。そのために、学校帰りのレンタルショップに寄り、4枚のディスクと1枚の紙幣を交換したわけだ。ここまで、雨の音を嫌うのは、昔の事故を思い出すからだろうか。
それは中学2年生の頃だったとはっきり記憶している。いわゆる「中二病」にはかかっていなかった、と自分では思っている。まぁどこにでもいる少し内気な少年の1人だったが、そのとき人生で始めて、恋愛感情というものを抱いた女の子がいた。とにかく好かれることに必死で、好かれるためならなんでもやった。たとえば、(今思い出すとかなり回りくどく、はっきり言って気持ち悪いアプローチだったと思うが、)新学年のはじめに行われた自己紹介でその子に一目惚れした俺は、その子が好きだと言っていたアーティストをその日帰ってすぐに調べ、出ている曲をずっと聴き続けた。そしてそのアーティストが好きだと、本人以外に少しずつ話していくという方法をとったのだ。作戦は成功し、3週間ほどして好きな子から「同じアーティスト好きだよね!」と声をかけられた時は天にも昇る想いだった。
しかし、ある雨の日。忘れもしない。12月の15日だ。期末テスト真っ最中だった俺らの学校では、一週間の間、午前中で帰ることになっていたのだが、生憎の雨で、しかも猛烈に寒かった。俺を含むそこそこの人数が、家に帰るのを嫌がり、教室に残って勉強していた。別に進学校でも無かったし、みんなそこまで真剣ではなかった。しゃべりつつ、ゆるく勉強する、そんな雰囲気だった。あの子の席は窓際で、ある科目の教科書と資料集と課題集とノートを机の上に積んでいた。その科目はその日に終わった科目で、帰るときにかばんに入れ忘れないように置いていたらしい。当の本人は、仲の良い女友達三人と違う机で勉強していた。そして俺も友達と勉強していた。
1時間ほど経って、外が少し明るくなり、雨が止んだような気がした俺は窓から外を見た。その頃から視力が落ちていた俺は、細い雨の粒が見えず、本当に止んだような気がして、あの子の席の隣の窓を開けて確認した。これが最悪だった。窓を開けて手を伸ばし、まだまだ降ってるな、と確認したあと窓を閉めようと腕を動かした拍子に、あの子の机に積まれた教材にぶつかってしまったのだ。しかも最悪なことに一番上がノートだった。あっと声を上げたときには時すでに遅く、ノートは窓から3階分の高さを落下した。
俺は慌てて教室を飛び出し、1階まで降りてノートを回収しようとしたが、運悪く水溜りに浸かっていた。絶望した僕の頭に雨の音がうるさく響いていた。
それから、どんどんと仲が悪くなっていったというか、声をかけにくくなって疎遠になり、クラスも変わって廊下ですれ違っても挨拶もしなくなった。すれ違うたびに、俺の心が少し痛む、それだけになってしまった。
うるさいギターの音が耳に入ってきた。ああ、結局外の音をさえぎっても、自分の脳内で思い出してたら意味がないな。
なんとなく気分が変わって、ヘッドフォンをはずした。窓を開けるとベランダがある。あの中学校で、ベランダが普通にあったらよかったのに。生徒の落下防止の柵のようなものしか付いていなかった。この部屋からなら、ノートを落としても無事に拾えるのに。
すこしの間呆けて外を眺めていたら、ふと、あの子が好きだったアーティストの音楽を聴きたくなった。マウスを操作して探すが、パソコンの中には入っていなかった。
仕方がない。今から借りてこようか。
俺はさっき借りたCDを袋につめ、家を出た。
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