8月25日 雷雨

食べきれない量の炒飯とウインナーを見つめながら、一口だけ飲むつもりだったお水を飲み干した。目の前の赤い炒飯と焦げたウインナーはついさっきの私が作ったものだ。


3人分はあろうお米をフライパンで炒めながら溶き卵を回し入れて、にんにくと豆板醤で味付けした。混ぜる度、あちこちに飛んで落ちていくお米やネギを見ながら静かに食欲がなくなっていく。


出来上がった赤い炒飯を大きなお皿に盛りながら、シンクに投げ捨てたい衝動を抑えた。この時点で食欲はもう無いのに、冷蔵庫からウインナーの袋に手を入れて掴んだ分、フライパンに落とした。パチパチ音を立てながら、焦げていくのをずっと見てた。

そうして、冒頭に戻る。
全く食べたくないと思いながら口に運んだその一口目を咀嚼していると、鼻の奥、胸の辺りが痛くなってきた。震える唇を噛み締めた。1人でご飯を食べている時、咀嚼し始めた途端、涙が溢れて止まらないこの状態が、病んでる時のお決まりだ。一人暮らしが始まった十数年前から突然やってくる。こういう時、食べ物を粗末に扱うことも、テーブルを荒らすこともなくなって5年は経っている。過ぎていき、形を変えても変わらないことの繰り返しだ。

今年に入ってから予兆はあった。生きてれば当然良いも悪いもあるもんで、私は私を責め立てるのがやめられない。脳内でいつもいろんな私が会話していて、仕方ないと全て片付けられたらいいのだけれど、8月に入ってからは無気力さと、今にも泣き出しそうな胸のつかえの矛盾が共存しているように思う。あぁいやだ。


長い。この状態が長すぎるのだ。いったい今、私は自分の中の何を蔑ろにして、何に目を背けているんだろう。はっきりさせたくない、これに対峙するのは今じゃない。泣きじゃくりながらスプーンを置いて、両手で赤い炒飯とウインナーを口に押し込んで飲み込んだ。




26日の今日は晴天で、今の私は洗濯物を取り込むことを考えている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?