見出し画像

「モバイルデータ通信」という表現に感じる微かな違和感

今週のお勤めも終わりました。ただただ開放感に浸っています。

さて、……

Androidでも同じ表示がなされているのかは不知だけど、iPhoneやiPadの通信方法には、Wi-Fiとモバイルデータ通信の2つがある。但しiPadのWi-Fi専用タイプでは、当然モバイルデータ通信が使えない。

実は、ずっとこの「モバイルデータ通信」という表現には馴染めてこなかった。これ、要は「携帯電話会社かそこから回線を借り受けた格安SIM会社が提供する電波を用いた通信」のことだと理解している。

固定の光回線を家に引いていても、回線終端装置にWi-Fiルーターを接続して家の中でWi-Fiを使用できるようにしている人もおられると思う。その場合はiPhoneもWi-Fiに接続する=携帯電話会社等の提供する電波は使用しないということになる。

以上を踏まえて、自分の感じる違和感が何に起因するのかを考えてみたい。

私がモバイルという言葉を最初に聞いたのは、モバイルコンピューティングという当時の流行り言葉の一部としてだったと思う。これは「携帯用小型コンピューターと通信回線を利用し、外出先で情報の処理や送受信を行う」ことであり、それをいち早く取り入れた人はモバイラーと言われた。

その頃は、灰色の公衆電話と小型コンピューターを短い電話線で繋ぎ、テレフォンカードを挿入して小型コンピューターから通信専用の電話番号に掛けてデータのやり取りをしていた。回線速度は今から考えると信じられないほど遅かったが、文字だけのやり取りならそれほど問題はなかった。

このような状況下でモバイルという言葉が私の脳内に定着した結果、自分の頭の中ではこれもモバイルデータ通信だと認識している。つまり私は、情報を送る行為に注目している一方で、情報の経路の種類には意を払っていないことに気付く。

分かりにくいかもしれない。ぶっちゃけ、Wi-Fiを使うことも、昔のような公衆電話を使うことも、外で情報機器のデータのやり取りをするなら全てがモバイルデータの通信に該当するという感覚なのである。

だからあえて「携帯電話会社かそこから回線を借り受けた格安SIM会社が提供する電波を用いた通信」だけを特別視する方がおかしい、つまり違和感を感じるということなのだ。

東海道新幹線車内ではWi-Fiが提供されている。これを使ってメールを送った場合はモバイルデータ通信ではない、でも、Wi-Fiをオフにしてキャリアの電波を使ってメールを送った場合はモバイルデータ通信だ、というのはどうしても違和感がある。

もしかしたら、アメリカで使われている言葉をそのまま訳したのかも知れない。しかし昔から使ってきた人間にはやはりその表現が合わないのである。例えば「携帯キャリア通信」の方が実態に近いと思うのだけど、どうだろうか。

そんなことをここで言ったところで今さらAppleが表記を変えることはないのも分かっているのだけど、自分の感じている違和感の根源をちょっと探ってみたくなった。

極めて個人的な趣味におつき合い頂き、そして記事をお読み頂き、ありがとうございました。

読んで頂いただけでも十分嬉しいです。サポートまで頂けたなら、それを資料入手等に充て、更に精進致します。今後ともよろしくお願い申し上げます。