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耳の裏側の寂しいビーチリゾートから

1.料理
あたしはこの曲の本質的な意味は見かけこそにあるんだと思った。だって、ハリウッドの女優も、田舎娘も、脱がせれば本質的には変わらない。着せているものが大事なんだ。この曲には曲を作った人特有の洒落が効いている。というか、そのために作った曲なんじゃないかとすら思う。不倫も浮気も本質だけど、大切なことではないのかもしれない。あたしは、見かけばかりに囚われて、本質を見てくれない人を拒んでたけど、見かけが本質の場合もあるって、ジャック・ラカンは言ってた。でも、最後の「なぜか 腹が減る」からは少しだけ本質かもしれない。本質ってなんだろう。人間を解剖したら出てくる、ぐちゃぐちゃのことかもしれない。

2.ポリコ
あたしはこの曲が聞こえてきた時から、サビで音が低くなった時から、頭の真ん中辺りが竹串で刺されたように好きだった。ポリコが誰なのかは分からないけれど、パリコレって言ってるし、ポリコレみたいなもんでしょう。これこそ見せかけの問題を言ってるのかもしれない。「ファッション」「最近どう?」「言わない」そういった見かけばかりに囚われてるから、ずっとずっと足りないし、優しくされないし優しくできないのかもしれない。そういう人は、何これって思ったら、世界の言葉から逃げて、ここに来ればいい。

3.二人の間
揺れる波打ち際を見ながら聞いたこの曲のリズムはここの音楽に似ていると思った。今度は言葉が見せかけじゃなくて、言葉が音になった。言葉は音を伴っている。言葉を音としか認識できなくなると、人はそこにいられなくなる。だからこそ、「あ」と「うん」の意味を理解出来るからこそ、彼らは、あたしがもう居られなくなってしまった場所にいる人たちは二人で、そのままでいられるのだろう。それは、vice versaだ。

4.四季
このビーチリゾートには、雨季と乾季しかない。だから人々は、サロウとハッピーの間で生活できるんだろう。けれど、あたしが元いた国には、四季があった。四季には、いい思い出も、嫌な思い出もあった。でも、この曲はそういったあたしの思い出とは遠いところにあった。本当に、他人の物語を、ただ聞いてなぞっているだけのような心地良さがあった。あたしは春から夏にかけてのギターの音が気に入った。夏は好きだ。でもあたしは、自分が夏に似合う表情ができるように、何百回も、何千回も、鏡の前で練習した。バカバカしいと分かりながら。そんなあたしだから、四季から逃げないといけなかった。爽やかじゃないことを肯定したり、美しい初恋と結び付けられるような春を官能にしたり、そうやって、言葉と戯れることが出来れば、あなたはここにいたのかしらね。

4.愛す
ビーチリゾートの夜は、ヤシの木とあまりにも大きい月と、喪失感で成り立っている。もう少し、素直に生きていいんだなんてあの人は言っていた。あたしは、その言葉の意味がよくわからなかった。あたしの素直は、素直じゃないことなんだけど。この曲があたしがフランスマスカットを飲みながら月を眺めている時に流れてきて、本当に大事なことを言いたい時にこそ、別れはやってくるし、ご都合主義の出来事なんて起きないんだななんて思った。あたしには、尾崎世界観が歌っている「自分でその手を離したくせに」の意味がわからなかった。あたしは、離したりしない、ただ離れるだけだ。南国に咲く花の上を飛ぶ蝶のように。自己分析ができている人間に、この場所は必要ない。

6.しょうもな
ポスターの尾崎世界観があたしを見ている。そもそも、どうして耳の裏側の寂しいビーチリゾートに尾崎世界観のポスターがあるのかはわからないけれど、他の人の目と違って、彼はOBEYとは言ってこない。お前だけに用があるんだよ、それでいい、と言ってくる。従わないと生きていけないのはわかってるけれど、愛情を言葉で伝えるのと同じくらい、自明なことを言葉にするのはナンセンスね。だから、自明じゃないこと、あたしとあなたの間でだけ伝わる言葉で話すことを許可するってことは、世間様に伝えないといけない。象徴のことばで。

7.一生に一度愛してるよ
あたしは一生懸命何かを探してた。このアルバムを聴きながら。それはきっとこれだったんでしょう。言葉のさらに表面、文体があたしの心を奪った。それは内容や細かいレトリックや演奏の工夫じゃない。きっとあたしはこういう文体でもう一度ドキドキしたかったんだろう。でも、内容に潜った時、ここにいるあたしは、洋画に出てくるような、アイラインが目から飛び出たあたしじゃない。きっと、電車に載ってるような、あたしなんだろう。語り手が変わったんなら、相手だって変わるのは当然だ。

8.ニガツノナミダ
あたしの耳の裏側の寂しいビーチリゾートにいる小人たちは、この曲を聴いて喜んだだろう。それは、あなたもきっと同じでしょう。でも、あたしは違った。確かにあたしがいるのはキューバのヴァラデロのビーチリゾートのはずだけど、あたしはコマーシャルでこの曲が流れてるのを見た事がある。入れるべき要素の入った曲。でも、それを知らない人にも「いい曲」と言わせるんだから、あたしのセカイカンはこうでなくっちゃと思う。

9.ナイトオンザプラネット
ナイト、その単語だけで、海は黒く染まって、肌寒い夜風が体を通り過ぎる。あたしはこの曲の歌詞を聞き取らないつもりで大きすぎる月を見た。ここまで優しい、南国のヤシの木が風に揺れているような曲があるだろうか。あたしはこの他に聞いたことがなかった。どうしてここまで優しくなれるのか、分からない。歌詞を聞いてみると、なんとも言えない、昼寝から覚めた時のあの感じがした。過ぎた時間を取り返すことはできない。どの国にもある諺だろう。いつか、忘れていってしまう。だからあたしは、あなたとの思い出を棚から出して開いては閉じてまたしまって、それを繰り返してボロボロになった写真みたいになった思い出に縋ってる。だから、久しぶりにちゃんとした写真を見ると、なんか違って見えるのでしょう。

10.しらす
このビーチリゾートでは、海から日本と同じ魚が日本と違う名前で釣れる。あたしには最初、この曲が別の国の民族音楽に聴こえた。コーラスが綺麗だな、なんて思った。そしてどこか、料亭を思わせるメロディーラインに、久しぶりに日本料理が食べたくなった。それと同時に、田舎の子供の純粋な手と、その恐ろしさを感じた、田圃に反射したあまりにも赤く燃える夕焼けを思い出した。

11.なんか出てきちゃってる
世の中には許してはいけない人種がいる。世間は許すだろうが、俺とリュックについてるペンギンのシェイミーは許さない。なんて、あの人は言ってた。あたしはこの曲を聴きながらその言葉を思い出した。この曲にもその言葉にも、どこか厳しさと気遣いを感じる。突然曲調が変わったから、小人たちが振り返った。それが面白かった。あたしは、このエッチな小人たちに対して、そんな厳しさと気遣いを与えることはできない。

12.キケンナアソビ
ああ、この曲を聴いてると、気分が東京のアパートに戻ってきてしまう。いや、高校時代の校舎裏で、パンザマストが聞こえてきたあの時のことも思い出してしまう。あたしは夜風に髪をなびかせながら、フランスマスカットを飲んでいる、筈よ。萌子。自分に言い聞かせた。あたしは自分を安売りは絶対にしない。だけど、この曲を聴いてると、そういった姿勢に尊敬するものがある。そして、この曲を書いた人も、あたしと同じ立場だったんだろうか。パートごとに半音上がるメロディーライン、サビで後ろで流れるキラキラしたシンセサイザーの音、思考が分裂して戻ってくるみたいなコーラス。あたしは上手く練習したとおりに笑えているだろうか。

13.モノマネ
爽やかな曲調に安心する。サビの後の声の伸びが心地いい。人は関わっている相手に似てくると云う。だけど、その逆もある。一緒にいればいるほど全く違う人間であることが分かること。これほど寂しくて辛いことはないでしょうね。その人と過ごす時間がどれほど幸せで暖かくても、一緒にはいれないんですから。見てないこと、似てないこと、それは誰が悪いんでもない。ただ、あたしたちは違う人間だったってだけなんでしょう。だからもうあたしは、あちらへは戻れない。何千回も練習したけど、あたしは、モノマネを続けすぎて、自分がわからなくなってしまった。

14.幽霊失格
泊まっていたホテルで、あたしはひと目その人を見たくて、部屋中に花を飾った。あたしはそれを美しいことだと捉えた。その人はあたしの前に度々現れた。だけど、それが本当か分からなくなった。そこが、どこなのか、ビーチリゾートなのか、わからなかった。だから、撃つしかなかった。この曲の語り手も、もしあたしと同じなら、もうすぐこちらに来るかもしれない。大丈夫、ちゃんと綺麗にして、待っているから。

15.こんなに悲しいのに腹が鳴る
人間はどんなに美しい虚構になりたくても、排泄はするし、いびきはかくし、心臓は赤く動いてる。これはきっとどうしようもないことだ。だけど人は相手はきっとそんなことしないなんて好き勝手に投影する。それは人間が生命活動以外の場所で何かあっても死なないためだ。だから、決して自分で死を選んではいけない。それは、自分自身への冒涜だ。かくいうあたしは、絶対に汗をかかない。昔はかいていたかもしれないが、かかないように、自分で訓練した。美しくなるためなら、何日でも何も食べずにいられた。あの人の子供を殺すと、深夜に脅した。あの人を撃った。だから、あたしはここにいるんだと思う。ここは、寂しい。耳の裏側の寂しいビーチリゾートから、このアルバムを聴いている。少しだけ、自分が誰だったのかを思い出せそうになった。だから、何だっていうのよ。


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