見出し画像

近江屋洋菓子店@神田淡路町 吉田由史明さん(平26教)

 神田淡路町のオフィス街に佇む近江屋洋菓子店は、創業から今年で138年を迎える。5代目店主の吉田由史明さん(平26教)は、小学校から大学までを立教で過ごした。歴史ある洋菓子店の社長として大切にしていることは何か。学生時代の学びや経営者としての思いについて、吉田さんにお話を伺った。

「一番笑顔に近い仕事」

 吉田さんの「立教ライフ」は、小学3年の頃から始まった。「立教にはさまざまな物事に触れる機会が多くあり、視野が広がった」と当時を振り返る。吉田さん自身、小学生の時に参加したカナダ留学や、高校3年の時のドイツ語の授業が海外に関心を持つきっかけになったという。大学では教育学を専攻。社会に出て人を指導する立場になった際に、教育に関する学びが役立つと考えたからだ。そして大学卒業後、東京や岡山、スペインを渡り歩き、先代である父から近江屋洋菓子店を受け継いだ。

 近江屋洋菓子店は1884年(明治17年)に創業。「リーズナブルだけどチープでないものを」をコンセプトに、子供から大人まで誰が食べても美味しいと感じるお菓子を目指しているという。ショーケースの中に並んでいる洋菓子からは、どこか懐かしさを感じる。看板商品であるフルーツポンチや苺サンドショートなどのケーキはもちろん、パンも扱っており、その背景には、炭屋として創業してからパン屋、洋菓子店へと姿を変えていったお店の歴史がある。吉田さんは、洋菓子を作り、お客様に届けるという自身の仕事を「一番笑顔に近い仕事」と表現する。「どんなお客様もショーケースを眺めている顔は明るく、楽しそう。特別な日を過ごす時に、自分たちが作ったケーキが選ばれるのはとても嬉しいし、責任を感じる」と笑顔で語る。

苺をふんだんに使った「苺サンドショート」
果物たっぷりのフルーツポンチ

大学での学びを活かした職場づくり

 吉田さんが5代目として心がけていることは、「お客様だけでなく従業員も大切にする」こと。日本には値段が安くて美味しい食べ物がたくさんある。しかし、その裏にはサービス残業などといった従業員のブラックな労働環境があると吉田さんは指摘する。「劣悪な労働環境は、商品のクオリティの低下にも繋がる。だからこそ、従業員のワーク・ライフ・バランスは不可欠だ」。

 吉田さんの従業員を大切にする姿勢は、お店での教育方法にも表れている。吉田さんは、教育学科での学びを活かして、従業員への教育方法をまとめたマニュアルを作成。それまでお店になかった「従業員を育てる」システムを構築した。飲食業界では、誰かから教わることなく自分で仕事を覚えることが求められる風潮があり、教育体制が整っていないケースが多いという。だが、吉田さんは、雇用する側の管理不足が従業員の成長の機会を奪い、結果的に離職に繋がるのではないかと分析する。近江屋洋菓子店も、マニュアルの導入により離職率が低下。従業員にどのような指導をしているのか、吉田さんに尋ねると「従業員は道具ではない。だから、誰に対しても生きた人間として接するよう必ず伝えている」と答えてくれた。

苦難乗り越えつぎは世界へ

 人がいないと成り立たない仕事だからこそ、人を大切にする。近江屋洋菓子店のこのスタンスは、新型コロナウイルスの流行という未曽有の事態においても貫かれた。オフィス街に立地していることから、お店の商品はビジネスシーンの手土産として選ばれることが多かったため、テレワークが主流となったコロナ禍の影響は大きかった。また、併設する喫茶コーナーの休止も余儀なくされた。「お店が潰れちゃうんじゃないかと本気で悩んだ」と吉田さんは話す。しかし、そんな苦しい状況においても従業員の待遇にできる限り影響が出ないよう、努めていたという。そしてTwitterやnoteなどを駆使し、お店の魅力を発信することに力を入れたり、経営戦略を練り直したりしてなんとか活路を見出していった。

喫茶コーナー(2022年7月現在休止中)
レトロな絵柄のオリジナル紙コップ。喫茶コーナー休止に伴い数量限定で配布している

 
 苦難を乗り越えた近江屋洋菓子店。今後の展望について吉田さんに尋ねると、2つの大きな目標を語ってくれた。1つは、従業員のワーク・ライフ・バランスをこれからも考え続け、従業員がより良い待遇を受けられるようにすること。そしてもう1つは、フランスの高級住宅地であるパリ16区に店を出すことだ。その夢に向けて、まずは10年以内に47都道府県で近江屋洋菓子店のケーキが買える体制を作り、20年以内に東南アジアに店を出すことが目標だという。

 取材後、筆者も苺サンドショートと焼き菓子を頂いた。一口食べると、素朴ながらも上品な甘みが口いっぱいに広がり、たちまちほっこり幸せな気持ちで満たされた。優しくて、心を温めてくれるような洋菓子たち。それは、お客様にも従業員にも寄り添うことを大切にしている近江屋洋菓子店だからこそ作り出せるのだろう。
 
学生ライター明石理英子/文
学生カメラマン霧生美穂/写真
 


<店舗情報>

近江屋洋菓子店

〒101-0063
東京都千代田区神田淡路町2丁目4