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つば甚@金沢 鍔一郎さん(昭52観)

石川県金沢市で最も歴史ある料理屋「つば甚」の創業は宝暦2年(1752年)。このお店を守り続けてきた鍔家の16代目・鍔一郎さんは立教高校、立教大学の卒業生です。(昭52観)200年以上もの歴史を受け継ぐ鍔さんはどのような人生を歩んできたのか、お話を伺いました。

━「加賀屋の小田さんみたいになれ」━

前田利家のお抱え鍔職人にルーツをもつ鍔家は、加賀藩成立以来金沢の地に歴史を刻み続けており、家としては400年以上の歴史を有する。鍔職人だった三代目が、鍔師の傍ら料理屋を始めたことが「つば甚」のはじまりだ。これだけ歴史ある由緒正しい家に生まれながらも、子どもの頃は後を継ぐつもりはなかったという。「理科か数学の先生になろうと思っていたんですよ」
そう話す鍔さんが、つば甚を継ぐのだと決心したのが中学2年生のとき。学校の教員になりたいという考えをお父さんに伝えたところ、ひどく怒られたあと、「加賀屋の小田さんみたいになれ。小田さんと同じように観光を勉強するために立教大学に入れ」と言われた。それが、高校から立教に進学することになるきっかけだった。当時から、加賀屋の小田禎彦さん(昭37営)の手による旅館の隆盛と、その小田さんが立教で学んだということは地元では有名だったのだ。
立教高校での濃厚な寮生活を経て、大学は父親の進言どおり、社会学部観光学科に進学した。原勉先生のゼミに所属をし、ゼミの一環としてレストランなどでの実習も行った。ゼミのメンバーの中には今も有名飲食店を経営している人もいる。
板橋区大山でアパート暮らしをしていたという鍔さんの家には、「いつも家の鍵をポストの上に置いていたので、家に帰ると友人の友人の友人が寝ていることがあった」と話す。実家から離れた場所での生活をとても謳歌していたようだ。

つば甚②

━つば甚で料理人たちを育てる━

つば甚の料理は味はもちろんのこと、見た目にもとても美しい。古くからの調理法を受け継ぐというよりも、時代に合わせて味も見た目も変化させることを大切にしている。その中でも、料理人は調理師学校を卒業した新卒しか採用しないのが、つば甚のこだわりのひとつだそう。つば甚流に若い料理人を一から育てたいという思いからだ。「将来的に独立したいと思って入社してくる人が多いんです。うちで5年~10年くらい修業して自分でお店を構えます。どのお店も繁盛店ばかりで、予約が取りづらいお店もあります。時々様子を見に食べに行くのが楽しみのひとつです」と、料理人たちの成長を嬉しそうに語る。つば甚を巣立った料理人は100人にものぼる。中には、つば甚で修業をするために九州から夜行バスでやってきた若者もいたとか。スタッフを募集しているタイミングではなかったが、熱意に根負けして採用した彼は今、九州で人気店を経営している。

つば甚③

━戦争の混乱期以来の休業 それでも、常に未来を見据えて━

昨年(2020年)は新型コロナウイルス感染症の影響で、4月7日から5月16日まで間休業する選択をした。休業をしたのは、戦時中、戦後の混乱期以来だという。現時点(2021年3月末)でもお客さまはまだ3、4割くらいしか戻って来ていない。しかし、鍔さんはこの状況も前向きに捉えている。
「スタッフの研修期間だと思っています。お茶や礼儀作法など、時間をかけて練習できたので、コロナ前よりもスタッフのレベルが上がっていますよ」若いときに苦労をしたからこそ、今の状況にうろたえてはいない。
「250年以上の歴史があるお店だけれども、不思議とプレッシャーは感じていません。今生きている世代は何百年も前のことを知りませんからね」と笑って話す鍔さん。これまでも今の時代にあったサービスの提供とは何か、いかに今の時代にあった経営をしていくかを柔軟に考えてきたのだ。400年以上続く鍔家の16代目は、常に未来を見据えている。

つば甚料理