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英語圏未訳SFの探求者・耿輝さんインタビュー part.2

テッド・チャンやケン・リュウをはじめ、日本未邦訳のSF作家の翻訳も数多く手掛ける気鋭の英中翻訳家・耿輝さん(Gěng Huī: 耿辉)にインタビューしました。Part.1はこちらです

本記事は、2020年7月に英語でメールインタビューしたものの翻訳となります。英語原文はこちらです。なお本記事で使用した画像は、耿輝さんからご提供いただいたものを引用しています(橋本輝幸)

Q1. 作家のオクタヴィア・E・バトラーについて、もう少し聞かせてください。彼女の作品に出会った経緯を覚えていますか?

A1. 何年も前にヒューゴー賞やネビュラ賞のリストを調べていた時に、彼女の短編小説を見つけてました。まず「血をわけた子供」を読み、彼女が悲劇的な死を迎える前に全集を読んでいました。受賞作の数々より、私は「夕べと朝と夜と」(※翻訳者註:SFマガジン1989年8月号に日本語訳の掲載あり。幹遙子・訳)が好きです。才能のある障がい者の主人公が、自分と同種の人々のコミュニティを築くために雇われる話です。バトラーのParableシリーズと似たような雰囲気を感じます。

Q2. バトラーのParableシリーズは、日本では2022年に出版される予定です。待ちきれません! あなたにとって、このシリーズの一番の魅力はなんですか? このシリーズをおすすめしていただけますか?

A2. 待つだけの価値は絶対にあります。シリーズのすべてが好きだと言ってもいいですか? 荒涼とした近未来の預言的な描写から、星々の間に根を下ろす夢に至るまでのすべてを。
 私が最も感銘を受けたのは、バトラーが、主人公ローレンが恐ろしい首輪をつけられ、奴隷にされたにもかかわらず、希望をあきらめることを決して許さなかったことです。もしホープパンク(Hopepunk)がトレンドになっているとしたら、このカテゴリにおいて本作は代表作になるのではないでしょうか。
 シリーズ第三作は未完ですが、それでもこの本の叙述には大きな喜びを感じました。遠く離れた惑星の人類の植民地と、そこに定住するまでの苦労が描かれています。ライブラリー・オブ・アメリカ(※非営利法人)のバトラー全集で読めるといいですね。

Q3. 英語から中国語への翻訳で一番苦労したことは何ですか?

A3. これといって具体的な例はないですが、いくつか挙げられます。まず、詩や詩の一節を翻訳しなければならないとき。あまり自信を持てないですね。ケン・リュウは短編小説の中で、エドナ・セント・ヴィンセント・ミレイ、エミリー・ディキンソン、T・S・エリオットを引用しています。オクタビア・E・バトラーは(老子の)『道徳経』に触発されて、Parableシリーズに作中作として『地球の種子:生の書』という架空の宗教的詩集を登場させました。これらの資料を翻訳する際には、経験不足のために、どこまで原文にこだわり、どこまで柔軟に意訳すべきか迷いました。ときどき編集者や作家、学者や同業者の翻訳者と議論して解釈しています。

 もう一つの問題は、英語では、単数形theyやその派生形がジェンダーニュートラルな単数代名詞としてひんぱんに使われるようになっていますが、中国語では単数形theyに対応する語がないことです。人間に使う三人称単数代名詞は男性か女性のどちらかになるので、完璧な対応方法はありません。応急処置的な解決策はあるんですが、やはり新しい漢字が必要だと思います。

他の中国人SF翻訳者/編集者/読者と英語SFについて議論したり、話したりしますか? ご回答がYESの場合、どのくらいの頻度かお聞かせください。「あまり」から「頻繁に」まで。

 ときどき読者から、作品の背景や作者について、それからどうしたら翻訳者になれるかなどについて相談を受けることがあります。私には親しい翻訳者の友人が何人かいるので、相互に翻訳の講評を頼むこともあります。編集者に(翻訳を)依頼されたものの、時間や興味がなかった場合は、他の翻訳者を紹介するようにしています。マッチングが成功して本が造られたら、とても嬉しいですね。

 気になる新刊があったら、書評を読むか実作を読むかしてから編集者に話してみます。もちろん薦めた本すべてを気に入ってもらえるとは期待していませんが、気に入ってもらえれば一緒に紹介(出版)を検討します。しかしながら私と編集者が気に入っても、中国の読者に受けるとは限りません。出版業には常に不確定性があります。

Q5. 今も中国のSFを読んでいますか? もし読んでいれば、劉慈欣以外に好きな中国のSF作家がいたら教えてください。

A5. 正直に申しますと、私は中国のSF作品を十分に読んでいないと思いますが、ケン・リュウの中国SFアンソロジーの日本語訳にも収録されている陳楸帆と宝樹の短編をお勧めしたいと思います。二人とも今年の夏にまた新しい作品集が出ます。機会があれば、ぜひ読んでみてください。

Q6. 翻訳する作品を選ぶときのコンセプトはありますか? 「流行っているから翻訳する」とか「中国の読者に好まれそうだから翻訳する」とか「あまり知られていない新人作家が書いたものだから」とか。

A6. たいてい、私は短い作品を選びます。メジャーなウェブジンには注目しています。面白い題名のものや馴染みのある作家の名前が目にとまれば、読んでみたいと思いますね。感銘を受けた作品を自分の翻訳プロジェクトに加えます。それから、中国語で出版できるかどうかを確認するために、編集者に売りこむ必要があります。編集者にも英語で読んでもらうか、私が内容を説明して、承認を待ちます。その後、翻訳したいという意向と報酬額について著者に知らせます。著者たちはおおむね翻訳を喜んで、出版を許可してくれます。長編小説の場合はほとんど編集者から選択肢を与えられるケースなので、もっと慎重に対応しなければなりません。新しい作家が中国で認知される助けになれるのには、いつだってワクワクしますし、達成感がありますね。時には書評や推薦作リストを頼りに決めることもありますが、基本的には自分の興味をもっとも優先させています。

Q7. 次に目指す夢、あるいは実現させたい企画はありますか?
A7. ごく近年までオクテイヴィア・E・バトラーの文の翻案作品は全然ありませんでしたが、ダミエン・ダフィーとジョン・ジェニングズのグラフィックノベル版Parable of the Sowerは大好きですね。自分で翻訳できたらすごく嬉しいなと思っています。複数の編集者と出版社を当たってみたのですが、今のところダメですね。

 自分が翻訳した短篇小説の中でよく思い返すのは、ダミエン・アンジェリカ・ウォルターズの”The Floating Girls: A Documentary”です。これは少女たちが不思議なことに浮遊して空へ消えて行ってしまうというお話です。彼女たちのことを忘れられない人たちはドキュメンタリーフィルムを撮り、この出来事を追おうとします。Covid-19のパンデミックの折、ダミエンは本作をThe Floating Girls: A Novelという名前で長編小説化しました。彼女は「浮遊した少女たちの裏側にある社会的事情に重心を置きました」と語っています。ぜひ本書を読んで、自分の翻訳プロジェクトにできたらと考えています。

ありがとうございました!

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