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the hatch "shape of raw to come"リリースツアー郡山篇に同行した日記・その3

 郡山駅周辺の繁華街は、地元・旭川のそれにとてもよく似ていると思う。巨大な駅舎、ご当地の百貨店、年季の入った飲食店、絶妙なセンスの看板を掲げた風俗店などなど、街そのものが放つヴァイブスの”いなたさ”が近似している。初めて降り立った街だというのに、僕は妙な安心感と懐かしさを覚えていた。

 本日のライヴ会場であるstudio tissue★boxは、郡山駅からほど近いビルの3階にあるリハーサル・スタジオであった。店内に貼られたフライヤーを見ると、スタジオ・ライヴもよくやっているようで、吉田達也さんや大友良英さんなども演奏に訪れているらしい(検索したところによるとオーナーの方が大友さんと親交が深く、音源を共作したりもしているみたいだ)。今回のイヴェント"ON THE BEACH"は定期的に行われているスタジオ・ライヴ企画で、この日は主催のRebel One Excalibur、岡山のTHE NOUP、そしてthe hatchによるスリーマンであった。

 一時間近くかけて、入念なリハーサルを終えたthe hatchがセットリストについて話し合っていたので、『こんな直前でセトリ決めてんの?』と尋ねると『最近はずっとこんな感じ』とのことだった。リハーサル後にセトリが二度三度変更されることもあるそうだ。今日はスタジオ・ライヴで音が広がらないデッドな空間ゆえ、ビートの効いたソリッドな楽曲をメインに構成するとのことで、”ナルホド”と思った。

 リハーサルを終えると、空いていたスタジオを貸していただき、即席でthe hatchの物販会場を作り上げた。僕はこの日、頭にタオルを巻いていたのだが、『TOKIOの松岡はそんな巻き方しない。松岡は眉毛が隠れる位置でタオルを巻くんだ』とみどりによくわからないダメ出しされたのでタオルを巻き直した。気鋭のロック・バンドの物販スタッフというより、家系ラーメン屋の店員といった方がよほどしっくり来る風貌になった。『一口目はまずスープから飲んでください』とか指示してくる、ダルい方向に誇り高い系の。


ノリが家系ラーメン屋の店員


 さて、そんなこんなでイヴェントは始まったワケだが、まづ最初に感想を申し述べると、めちゃくちゃダンス志向の企画だと思った。三者ともベクトルやアプローチは違えど、糖度を低く設定したストイックなダンス・ミュージックに取り組んでいた。しかも楽曲構成自体に独自のアイデアがあり、これまでに踊ったことのないようなダンスを観客に促す、正しい意味でのオルタナティヴなダンス・バンドだ。

 そうした趣旨はお客さんにもシッカリと伝わっていて、定員40名の小規模なイヴェントでありながら全体の熱気たるや凄いものがあった。”踊るぞ!”という気迫に満ち満ちており、各々がじぶんの踊り方で踊っていた。こういう空気はなかなか滅多にあるものではない。ひじょうに有意義かつ野心と情熱に満ちた企画であると思う。

 各演者について順を追って話そう。まずトップ・バッターは、主催のRebel One Excaliburだった。僕は過去、二度このバンドを観ているのだが、相変わらず凄いライヴをやっていた。重く硬い”物質感”溢れるポスト・ハードコアだ。重心の低いリズムと金属的な爆音ギター、そして激情型のシャウト。と書くと何だかいかにもよくある感じに見えるかもしれないが、全然違う。こんなのそうそうあるモンじゃない。なにせブレイク→リスタートのキレが凄い。中断と開始による演奏の切断面が、異様な強度のグルーヴを生んでいる。それでいてしっかりダンス・ミュージックで全然普通に踊れる。ムチャクチャカッコエエ。

 で、二番手は我らがthe hatchである。ツアーによる怒涛のライヴ攻勢によって完全に仕上がり切っている彼らは、この日もやはりスゴい演奏を披露してくれた。スタジオ・ライヴということもあり、音作りなどもさぞ難しかろうと思っていたが、ちゃんとthe hatchの音を叩き出していた。もはやどんな環境下でもハイクオリティなパフォーマンスを見せる筋力が備わっているのだな、と改めて痛感した。今回のツアーでは1stの楽曲も多く取り入れているが、四年前とは比べ物にならない精度と重みがある。演奏における破綻や事故を難なく飲み込み、エンターテイメントへと昇華するのはジャズの属性であるが、the hatchには最初からそれが備わっていたし、どんどんどんどん、磨きがかけられている。彼らはずっと変遷の最中にあるし、いま現在だって変わり続けていると思うけれど、軸足がジャズであることは変わらないと思う。ジャズとはつまり、スポーティーでトランシーな、混血のダンス・ミュージックのことだ。

 んで、トリはレペゼン岡山のTHE NOUPだったが、マジで凄かった。本当に凄かった。マジの本気でリアルにガチで凄かった。“音源とか映像じゃ何も解らない”というのは使い古しのクリシェだし、そんなこと書いても真に受ける人もイマドキいないとは思うが、でも書く。音源や映像じゃ何も解らない。ライヴが異次元級にヤバい。ひとことでいってしまえばクラブ・ミュージックを経由したオルタナティヴ・ロック。なのだが、そんなひとことでは到底伝わるワケもない。数日前に音源やライヴ映像を初めて鑑賞して『おー、かっけー』などといっていたのだが、ライヴを観たらそれどころではなかった。『あああああ!! うわあああああああ!!! ヤバすぎでしょ!!! マジでかっけえ! マジで超かっけええ!!!』とリアルに叫んでしまった。そして隣で踊り狂っていたRebel One Excaliburのピロさんと勢い余って肩を組んでしまったほどだ。

 彼らのライヴ中、僕の中で湧き上がる感情は、ライヴハウスで感じたことのないものだった。それはこれまでクラブでしか味わったことのない感情だった。それもオールナイトのクラブ・イヴェントの最高潮の瞬間に訪れる、全細胞が悦びに湧くような途方もないエクスタシーだ。これほどすごい音楽を、たった三人の青年がマンパワーで鳴らしているという光景は、もはや非現実的ですらあった。演奏はポリリズミックできわめてミニマルなのだが、ちゃんと決まった回数をカウントして展開する。つまり、まったく”もってかれていない”のである。これが一番ヤバいと思った。

 ミニマルな音楽というのはリスナーだけでなく演奏者もトランスさせる。トライバルテクノや雅楽なんかが良い例で、こういった音楽のプレイヤーは自分の出す音に”もってかれない”こと、トランスをスポーティーにコントロールすることが何より重要なのである。雅楽の笙(しょう)などは、吹いても吸っても同じ音が出るゆえ、容易くトランスしてしまうため、大変な精神力を要する楽器であると聞く。話が少々スリップしたが、THE NOUPはめちゃくちゃトランシーなダンス・ミュージックをやりながら、決してもってかれることなく、きわめてクールに音をコントロールしていて、そのストイシズムがマジで堪らなかった。the hatchのメンバーもみんな興奮していて、リョウケンなどはギター/パーカッションの矢野氏に対し『ライバル出現かも…』といっていた。


 で、そんなこんなでライヴが終わって、撤収のために搬入などをやっていたワケなのだが、the hatchメムバが外で集ってマジメな話し合いをしていた。決してケンカとかではなく、『だれか一人に負担が集中するような状況が多いから、各々気をつけてそういう部分を改善していこうや』というごくごく建設的な内容の話し合いではあったが、とはいえ空気は結構シリアスな感じになっていて、僕は身を縮めながら黙ってそれを眺めていた。そんなこんなで話し合いも終わり、先ほどまでの空気をほぐそうとしたのか、気ィ遣いのザキヤマがちょっとおどけた調子で道路に転がった。

『っしゃ〜〜〜、こっから打ち上げだぁ〜〜〜〜い!!』

 その瞬間であった。

『ウワッ!!!!』

 寝転がったザキヤマが突如、短い悲鳴をあげた。彼の身に何が起きたのかと思って慌てて注視すると、ザキヤマのTシャツになんと、鳥の糞が命中していた。あんまりにもあんまりすぎるタイミングで起きたこの珍事、僕は思わず自分の目を疑った。だが、それはまぎれもなく、誰がどう見ても鳥の糞であった。

 たちまち場には何とも言えない気まずい空気が広がった。そりゃあそうだ。普段であれば奇跡的なハプニングとして処理されるであろう場面だが、つい数分前までシリアスな話し合いをしていた流れからの鳥糞ダイレクト・アタックは、あまりに急展開すぎて誰もついていけなかったのである。みんなが黙りこくる中、口火を切ったのは誰であろう、みどりであった。

『えっ? なに? なんか落ちてきた? なんだろうねコレ?』

 みどりが取ったフォローは”シラを切る”というものだった。歴史上、類を見ないほど凄絶なシラの切り倒し。事件解決に導くためのヒントを与えるときの江戸川コナンばりの白々しさ。いくらなんでも無理がありすぎる。誰がどう見ても鳥の糞なのに。そしてみどりはザキヤマを立たせ、『とりあえず着替えよ。着替えとか持ってる? 大丈夫?』と気遣いながら、トイレへと連れていったのであった。

 しかしその瞬間、僕は確かに見た。トイレへと向かう階段を登りながら、みどりがこちらを振り向き、不敵な笑みを浮かべていたのを……。ザキヤマの心優しさとムードメーカーぶり、そしてみどりのフォロースキルが露わになった瞬間であった。ありがとう。みんなありがとう。

 それからほどなく打ち上げとして近くの中華料理屋へ繰り出したワケだが、正直このへんからの記憶はかなり無い。僕はもうメロメロのデロデロに酔いまくっていて、ほとんど喋ることなくテーブルに突っ伏しっぱなしだったからである。なぜそんなに酩酊していたのかといえば、studio tissue★boxのバーカウンターで出しているハイボールが美味すぎたからである。studio tissue★boxが何もかんも悪いのだ。リハーサルスタジオがあんなに美味いハイボールを出していたら、バンドはとても練習どころではないだろう。

 まぁそんなワケで中華料理屋での打ち上げが終了したのち、僕はただちに付近の24時間サウナに直行してツブれてしまったのだが、聞いた話によるとこの後が死ぬほど面白かったようで、公園で酒を飲みながら真・三國無双のサントラでみんな踊り狂ったりしてそれは大変な騒ぎだったらしい。残念。

 メンバーもあとから同じサウナにやってきて泊まったのだけど、ここのサウナが凄くて、なんと猫が二匹いた。それも凄いエネルギッシュな子猫ちゃんで、オッサンたちがガーガーグーグー寝ている仮眠室をところ構わず走り回りまくっていた。猫飼ってる銭湯とかはたまに見るけれど、サウナの、しかも仮眠室にいるのはかなり見たことない。動物好きのリューさんなどは猫を愛でて写真を撮っていたが、猫アレルギーのみどりは『猫見た瞬間帰ろうかと思った』と言っていた。どこにだよ。あとサウナの入り口に”いびきがうるさい方はご来店お断りします”って書いてあったけど、その但し書き見て引き返す奴絶対いないだろと思った。あと仮眠室に置いてあるマンガが”パイナップルARMY”と”刃牙道”と”ピアノの森”のみという、まぁまぁ意味不明なチョイスだった。


 そして翌朝、というか翌昼、僕らが赴いたのは『枡はん』であった。そう、グルメハンターのみどりが『今まで食ったラーメンの中でいちばん美味い』と太鼓判を押したラーメン屋である。念願叶ってついに食べられた”枡はんの郡山ブラック”の旨さたるや、全く感動的であった。アホみたいな感想で恐縮だが、スープのコクが凄すぎる。内臓から力が湧いてくるような滋味。舌鼓をツーバスで連打。『食ったら無くなるのが唯一の弱点だね』などと言いながらスープまでしっかり全部平らげた。こんなラーメンが600円なんて完全にどうかしているとしか思えない(しかも最近値上げしてこの価格らしい)。”福島のメシは美味い”と聞いていたが、それが紛れもない真実であることを僕はまざまざ思い知った。仮にも北海道で十年間、農家をやっていた僕がいうのだから間違いない。

 そして腹一杯になった我々は車に乗り込み、魔都・東京へ向けて出発した。流れていた音楽はもちろん、ガンズ・アンド・ローゼズの『ウェルカム・トゥ・ジャングル』である。この曲は、ガンズがクイーンズ地区の学校の校庭で野宿しているときに、ホームレスに”お前ら、ここがどこだか解ってんのか? ジャングルだぞ! お前ら全員死ぬぞ!”と言われた体験をきっかけに書かれた曲だそうだ。アクセル・ローズはこの曲についてこう語っている。『要するにさ、ジャングルってのは”現実”のことなんだ』。



 こうしてthe hatch "shape of raw to come"リリースツアー郡山編は幕を閉じた。彼らのツアーはまだ終わっていない。彼らは金曜からまた旅に出るそうだ。あらゆる街でまだ鳴ったことのない、そして鳴らされるべき音を鳴らしに。the hatchのメンバーの皆、そしてRebel One Excaliburのピロさん、お世話になった方々全員、ありがとうございました。またいつか、こんな旅に出たい。

(了)


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